ライム死す!?
「愚かな。我が体内には致死量レベルの猛毒が流れておる。我と同質の貴様が触れれば、即座に感染するぞ」
「そんなの承知の上だよ。それに、私の心配をしている暇はあるのかな」
ライムは口角をあげる。すると、キラーはけたたましい悲鳴をあげた。先ほどまで肉体に変調はなかったのだが、急激にノイズに蝕まれていく。
残り時間は十秒ほどだが、キラーの肉体崩壊は予想を上回る速度で進行している。
「くそ、我が野望が潰えるとは。だが、遺恨は決して消えることはない。いずれや貴様らに復讐を果たそうぞ」
それが最後の言葉だった。分裂四散するというグロテスクな光景を見せつけながら、キラーは完全に消滅した。直後、つけっぱなしにしていたテレビから「緊急告知」とアナウンスが流れる。
息を呑みながら、先の展開を見守る。グレドランがナレーションを務めながら、ファイモンの劇場化が告知される。ドクロ団のシャレ・コーベが超科学で復活するという前情報通りの内容だ。
全体で三十秒ほどであったが、体感的に数倍以上の時間が経過していたように思えた。そして、最後に「まさかのあいつらも登場!?」という煽りとともに三人のシルエットが映し出される。ただ、ファイモンをやりこんでいれば正体は自ずと明らかだった。もちろん、ライム、朧、ノヴァたちであることは言うまでもない。
ずっと画面を注視していたのだが、特に不調をきたすことはなかった。遥か昔に問題となった光の点滅も使われていなかったし、サブリミナルが仕組まれていた形跡もない。急転直下で事が進んだため、未だに実感が沸かなかった。しかし、確定した事実が一つだけある。
「キラーの野望を防ぐことができたのか」
抜け殻になりつつあった体に次第に熱が籠る。溢れんばかりの歓喜を抑えきることができず、テト達は雄たけびをあげた。
念には念を入れて、しばらく番組を注視し続けた。だが、問題なく後番組に引き継がれ、テト達の誰も体の異変を訴える者はいない。SNSのアニメ実況を探ってみても、視聴して具合が悪くなったということはなさそうだ。
喜びに浸っている中、ライムは微笑を浮かべる。そして、ゆっくりと床に倒れ伏した。
「ライム!?」
自らのパートナーの異変を察知し、テトは慌てて駆け寄る。ライトたちも続いて彼女を取り囲んでいく。
「テト、やったよ。キラーの企みを阻止したよ」
「ライム、お前大丈夫なのか」
「う~ん、正直やばいかも」
「やばいって。そもそもお前、キラーに対して何をしたんだ」
「簡単だよ。キラーは自分の体内構造を弄ってキライムに対抗してたんでしょ。だから、私がもう一度構造を変更させて、キライムを受けたら即死するようにしたの」
あっけらかんと白状するが、キラーと同質のプログラムを有していないと成し遂げられない所業であった。おまけに、相手がバトル後で消耗していたからこそ、肉体構造の変更という禁忌に干渉できたといえる。
しかし、キラーも言っていたように、猛毒に侵されている相手と直に密着して無事なわけがなかった。風邪をうつされたと表現すれば可愛いが、キラーが感染していたのはスペイン風邪並の極悪病原菌。そして、キラーと同様のプログラムを内包するライムもアルティメットキライムの効力を受けてしまう。
とどのつまり、ライムが最後の最後に特攻したということは、
「キラーと相討ちになったってことかよ」
やりきれなさに、テトは彼女の肩を揺らす。ライムは弱々しくも微笑むだけだった。
「羽生さん。アルティメットキライムを消すプログラムもあるんでしょ。早くライムに……」
「いや、そいつは無理だ」
必死の形相で訴えかけるテトを、羽生は無情に退けた。追い打ちをかけるように田島悟やレイモンドも顔を背けている。
「アルティメットキライムを完成させるだけでもギリギリだったんだ。そいつを打ち消すプログラムを用意している余裕はない。作ることはできるが、それこそ数日はかかるだろうな」
もはや間に合わないと吐露しているようなものだった。
うろたえている内にも、ライムの肉体の消滅は進行していく。元は即効性の猛毒なのだ。感染してからここまで持ちこたえられたという方が奇跡であろう。
どうにかあがこうとテトはスキルカードの「対抗」や「無効」など相手の効力を打ち消すカードを連続で掲げる。しかし、バトルに発展していない以上、いかに強力なカードも紙切れ同然だった。
「ねえ、テト。最後にこれだけ言わせて」
自らがもう長くはないことを悟っているのか、ライムは弱々しくテトの手をとる。すがるように握り返すが、空虚な感触が直に心に響いてくる。
「冗談だろ。最後なんて言うなよ」
「いいや、今回ばかりは本当にやばそうだからさ。心残りがない様に伝えておきたいの」
体を動かすのも億劫になっていたが、持てる力を振り絞りライムはテトへとすり寄っていく。華奢な彼女の体を抱きかかえようとするが、胸の内にぬくもりがないのがもどかしい。視覚からしても全身の節々が透過し、ノイズへと変換されていっているのが分かる。
声もまたかすれつつあったが、ライムは精いっぱい微笑むとそっと囁いた。
「今までありがとう。本当に大好きだったよ」
「ライム……ライム―ッ!!」
無機質な空間にテトの絶叫がいつまでもこだました。彼が抱いていたはずのか弱き存在はもうそこにはいなかった。
自分で自分を抱きしめる格好となったテト。その姿勢のままずっと動けずにいた。声をかけようとしてもかけるべき言葉が見つからない。ただ心配そうに見守るしかないのがもどかしかった。
確かに数千人単位のアニメ視聴者たちを救うことができた。しかし、代償として支払ったものはテトにとってあまりにも大きかった。一般理論からすれば、たった一つの「プログラム」を犠牲にしたことで数千人が無事だったという美談となるだろう。
だが、テトにとってライムはそんな一言で片づけられるような存在ではなかった。美少女形態の彼女と出会う以前、ネオスライムの時から歴戦を共にしてきた相棒なのだ。
四つん這いになったまま、テトは顔をあげられずにいる。嗚咽を漏らし、次第に瞼には涙が溜まっていく。慰めたくも、彼にかけるべき言葉が見当たらなかった。アルティメットキライムをまともに注入されたので、完全に消滅してしまったのは間違いない。復元させるなんて、現実世界で死者を蘇生させろと強要しているようなものだ。
「綾瀬さん、どうにかならないの」
「い、いや、日花里ちゃん、なんでもかんでも私に振られても困るわよ。今度ばかりはどうしようもないわ。履歴すらも完全消去されてしまったプログラムを復活させるなんて出来っこないじゃない」
無情だと承知しながらも綾瀬は突き放す。助力したくても、技術力に限界があるのは認めざるを得なかった。もどかしくも、無責任な希望を抱かせるわけはいかないのだ。
本来なら祝福に包まれるはずなのに、絶望に支配されている一同。だが、羽生がおもむろに口を開いた。
「もしかするとだが、ライムを復活させる手段があるかもしれん」
真っ先に反応したのはテトだった。顔を涙でグチャグチャにしながらも、羽生が映るウィンドウにしがみつく。涙声に圧迫されてまともに発声できなかったが、方法を求めているのは明らかだった。
とんでもない場面ですが、今年度の更新はこれで終了です。
1月の上旬ごろの完結を見込んでいますので、最後まで楽しんでもらえると幸いです。




