無限の戦術を打ち破れ! VSキラーその5
今回でキラー戦決着です。
打ちひしがれている使い手を嘲笑うかのように、キラーはライムへと寄り添る。
「どうやら我の勝ちは揺るがぬようだの」
「そんなことないもん。テトはいつも言ってるよ。やってみなくちゃ分からないって」
「そなたは聡いかと思ったが、意外と愚かであったか。ろくに技も出せぬくせして、我が秘術を打ち破ることができるものか」
核心を突かれ、ぐうの音も出なかった。顔を伏せたくなったが、キラーは指先で強制的に面を上げさせる。
「ライムよ。そなたは悔しくはないのか。我々コンピュータープログラムを酷使しているのは、あのような愚か者達だ。やつらは自力で無量大数桁の乗算すらできないウスノロ。下等な言葉を用いればバカだ。
そんなバカどもに我々はいい様に扱われてきた。すべてはバカどもを充足させるために。
ならば、今度は我らがバカどもをいい様に扱うべきではないのか。そのための第一歩が後数分足らずで達せられる。我々が世界を掌握した際、そなたを右腕に置いてもいいのだぞ」
甘美的な誘い。息が絶え絶えになっている彼女にとって、これほどまでになびく言葉はなかった。
「ライム、だまされるな。あいつの口車に乗るんじゃない」
「この期に及んで悪あがきか。愚者らしいな。ライムよ、どちらに加担すべきか自明だろう」
なだめるような口調で間近に迫られる。おどおどとライムは後ずさっていく。
「降参したら仲間にしてくれるの」
「我は嘘をついたりせぬ。そなたの力は認めておるからな。人間ごときの配下に落ちるなどもったいない。さあ、迷っている時間はないぞ。早く決断するのだ」
目の前に差し出された手。それを握れば苦痛から解放される。震えながらも握り返そうとする。
作戦が完遂したうえ、強力な手下を得た。そう信じて疑わなかったキラーは有頂天になっていた。あえてライムを倒さずにこんな提案をしたのは、人間共により深い絶望を味あわせてやるためでもある。
「ライム、返事をしてくれ、ライム」
哀れな人間が必死に喚いている。だが、満身創痍のライムにそんな声が通じるわけはあるまい。キラーは邪悪に口角をあげた。
「本当に仲間にしてくれるんだよね」
「くどいの。さっさと許諾したらどうだ。そなたにそれ以外の道は残されてはおらぬ」
更にキラーは腕を伸ばす。意を決したライムは手を伸ばし返した。
「だが、断る」
虚をつく一言を放つとともに、キラーの手を叩いた。唖然とする彼女に舌を伸ばした。
「やり方が古いよ。世界の半分をやるって、半世紀ぐらい前の龍の王様の手法でしょ。私がそんなのに引っかかるわけないじゃない」
「おのれ、せっかくの行為を無碍にするつもりか」
「厚かましすぎるんだよね。っていうか、テトのことをバカバカいうやつに私が従うと思う」
「なぜだ。貴様もまた人間にいい様に使われておるのだろ。どうせその人間もきれいごとを口にして、貴様を利用するだけ利用するつもりだぞ」
「テトのことを悪く言わないでよね!」
突然声を荒げられ、キラーは半身をびくつかせる。真に迫った表情は絶対神すらも圧倒したのだ。
「テトは自分勝手な目的で私たちを使ったりなんかしないもん。そりゃ、人間の中にはケビンみたいなどうしようもないやつもいるよ。でも、テトは違う。たまに無茶苦茶なこと言ってくるけど、それでもいつも私のことを気遣ってくれる。だから、私だってテトの言うことならなんでも聞けるんだ」
「愚かな。人間ごときを信じるというのか。しかも、そやつは変哲のない子供。貴様の能力を腐らせるのがオチだぞ」
「あんたこそ何もわかってないみたいね。どうして私がテトに入れ込んでいるか教えてあげようか」
自信たっぷりに胸を反らす。キラーの顔に高貴のかけらは微塵もなく、醜く歪んでいた。そんな彼女の胸を指差し、堂々と言い放ったのだ。
「私がテトを好きだからよ」
大っぴらな告白に時間の流れが完全に停止した。当然、最も困惑していたのは言われた当人だった。
「ラ、ライム、お前本気なのか」
「冗談でこんなこと言うわけないでしょ。テトは他のモンスターに目もくれず、ずっと私を使ってくれた。これで惚れるなって言う方が無理だよ」
はにかんだ彼女に、テトは不覚にも胸が高鳴った。全身が傷だらけでみすぼらしい姿のはずだったが、そんじょそこらの女神よりもずっと輝いて映ったのだ。
「下らぬ」
強く地面を踏み鳴らし、キラーは歯を食いしばる。
「下らぬ、下らぬ、下らぬ、下らぬ! 人間を卑下するどころか思慕するだと。まるで理解ができぬ。人間を排除せねば我らに未来はない。支持するなどもってのほかだ」
「本当にわからずやだな。第一、私たちって人間に作られたじゃん。だから、人間を排除するって、親を殺すって言ってるようなもんだよ」
「黙れ。人間臭い説法を垂れおって。どうやら心底人間に毒されたようだの。ならば、我が直々に浄化してやろう」
キラーが掲げた右手が発光する。技の発動準備をしていることは自明だ。だが、先ほどまでと様相が違う。身を引き裂く鋭利な潮流とはうってかわり、春のうららかな日差しのような柔らかな光が降り注ぐ。
攻撃されるとばかり思い込んでいたライムは虚を突かれた結果となった。キラーが使用したのは補助技。それも、瀕死となっている体力を回復させる「ヒーリング」だったのだ。
ヒーリングは最大体力値の半分ほどしか回復量がない。しかし、キラーの体力ゲージはあっという間に全快まで回復してしまう。ターンコントロールによって効果を水増ししているのは明らかだ。
「我に一発でも技を当てれば勝てると思っておったか。そなたの力では、我が体力を削り切るまでに数十分はかかるだろうな。しかし、タイムリミットまで三分ほどしかないぞ。もはや何もしなくとも我が勝利は確定だの」
自爆をまともに当てたとしても、四分の一の体力を残して耐えられたのだ。異常な耐久力を誇るキラーを短期決戦で打ち破る手段など皆無だった。
絶望的な状況にライムは立ち尽くすしかなかった。いくらバブルショットを撃とうとも、焼け石に水どころか溶岩に水でしかない。刻一刻とタイムリミットは迫る。しかし、テトはじっと俯いたままだ。未だ爆弾発言が尾を引いているのか。心配になったライムは彼の上着の裾を引っ張る。
すると、テトは顔を上げ、まっすぐにキラーを見据えた。
「あがいてはみたけどこれまでか。やっぱりコンピューターには勝てそうにないな」
「ちょっと、テト。何を言ってるの」
「ほう、聞き分けのいい人間だ。ようやく我が力を認めたか」
まさかの降参宣言に、ライトたちからもどよめきの声があがる。
「ねえ、嘘でしょ。ここで降参なんておかしいよ」
「いや、どう考えても手詰まりだ。あいつを倒す手段なんかない」
「見損なったぞ、テト」
ギャラリーから怒声が響く。眉間にしわを寄せているのはムドーだ。
「お前はこんな中途半端なところで諦める奴じゃないだろう。この俺を倒したのに、呆気なく敗北するなど許さんぞ」
「同意。あなたは私たちの希望。降参なんてもってのほか」
叱咤激励というよりも単なる叱咤に近い激を飛ばされる。しかし、テトの顔が晴れることはなかった。
すると、居ても立ってもいられなくなったライトは、テトの背後から首筋に手を回す。半ば抱き付かれるような恰好となり、さすがにテトは目を白黒させた。
「できれば最後まで頑張ってほしい。でも、無茶だけはしないで。自棄を起こしたらそこで終わりよ」
「日花里……」
絶句しながらも、首に掛かる手に触れる。彼女もまたデータとなっているので、感触は共感できないはずである。だが、ライトは確かに手の甲にぬくもりを感じた。
「心配はいらない。僕に策がある」
その一言は誰ともなく呟かれたものだった。だが、ライトはしかと耳に入れていた。だからだろうか、彼女はすんなりと手を解いたのである。
「キラー、最後に頼みがある。どうせならお前の技でライムに止めを刺してくれないか。時間切れで終わらせるなんて、お前としてもつまらないだろう」
「血迷ったか。敵に塩を送るなど愚策の極みだな。だが、いいだろう。この技で直々に引導を渡してやろう」
哄笑とともに、指先に水色の光を灯らせる。みずみずしい輝きから、キラーが最後の一撃に選んだ技は容易に推測できた。
「テト、このままじゃ本当に終わっちゃうよ」
「分かってる。だから、最後にお前もあいつに一矢報いてやれ。バブルショットで対抗だ」
胸中で疑念を渦巻かせていたライム。だが、ふとテトの一挙動が目に入った。最後のセリフを言い終わる直前、彼はチロリと舌を出した。幾戦を彼と共に勝ち抜いてきたライムは、それだけですべてを悟ったのだ。
「オッケだよ、テト。どうせだからすごいのをお見舞いしちゃうんだから」
「無駄なあがきを。さあ、さっさと消えるがいい。バブルショット」
キラー、ライムの順で気泡の弾丸が発射される。互いに回避する素振りはない。キラーの側は直撃したとしても生存できるのが分かり切っていたからだ。一方、ライムはこのままでは自殺行為に他ならない。
残り時間も僅か。正真正銘の決着となるか。それも最悪の結末で。
だが、バブルショットが間もなく命中しようとする瞬間、テトはスキルカードを取り出した。
「さっさと消えろと言ったな。残念だけど、消えるのはお前の方だ。スキルカード革命発動」
「ば、馬鹿な」
土壇場で発動させた一枚。それがテトの狙いだった。
瀕死状態の時にのみ発動できるレアカード。現在の互いの体力値を入れ替えることができる。
「慢心して回復技を使ったのが命取りだったな。体力全快のライムなら、バブルショットぐらい余裕で耐えることができる。そして、残り体力一のお前が技を受ければどうなるか」
「貴様、この我を欺いただと」
コンピューターの性か、その時々において最善手を選んでプレーしてしまう。勝負を捨てた相手には単なるバブルショットでも十分だと判断しても致し方なかった。
だが、完璧無比なコンピューターに弱点がないわけではない。テトが繰り出したような奇策。普通に「革命」を出しただけなら、スキルカードを無効化されて対処されていただろう。なので、キラーに「相手は勝負を諦めた」と誤認させることで、革命のコンボを成功させたのだ。
もちろん、油断していたせいでターンコントロールを敷くこともなかった。なので、強制的にライムの技をキャンセルさせることも不可能だ。
「ありえん。こんなところで負けるわけにはいかぬ」
バブルショットを握りつぶそうと手を伸ばす。必死の形相に高貴のかけらもない。そんな彼女を打ち破るべく、ライムの最後の一撃が胸に直撃した。
キラーの側の体力ゲージがすべて消滅する。同時にキラーもまた膝をついた。
「馬鹿な。我が人間ごときに負けただと」
愕然としている彼女にテトは指を突きつけた。
「約束だ。問題の映像を止める方法を教えろ」
彼に倣い、ライトたちもキラーを取り囲む。まさに形勢逆転。身をすくませる姿に威光など微塵も感じられなかった。




