無限の戦術を打ち破れ! VSキラーその2
言葉の暴力というものが実在するのなら、徹人たちはまさにハンマーで砕かれたような心地だった。すべての技を好きなように使えれば最強なんて、小学生の戯言としか思えない。ランダムで技を繰り出す技というのが存在しているので、近しいことはできる。だが、あくまでランダムであり、てんで的外れの技が繰り出されることがほとんど。ネタの領域を脱することはできない。
ところが、キラーは理想論でしかない戦法を現実に用いているというのだ。ブラフにより戦意を削ごうという作戦かもしれない。だが、ターンが進むにつれ楽観論が徐々に崩壊していく。
ライムがバブルショットを放つや、相対する雷属性のサンダーボールで跳ね返される。朧が真の太刀大蛇で攻めるや、シャインソードでつばぜり合いに持ち込まれる。ジオドラゴンのガイアブラスターに対してはブレイズブレスで迎え撃つ。そして、ノヴァの業火絢爛をダイダルウェイブで押し返した。
矢継ぎ早に相反する属性の攻撃を繰り出してくる。それだけではなく、合間に「ちからをこめる」で攻撃力を上げてきたり、「クイックステップ」で回避率を上げてきたりしてくる。四体がかりで絶え間なく攻撃しても、一向にキラーの体力が削られる気配がないのだ。
加えて、別の異変が苦戦に拍車をかけていた。テトが「強化」のカードで攻撃力を補強しようとしたところ、「天邪鬼」により逆に弱体化させられる。とはいえ、これによりキラーは五枚のスキルカードすべてを使い果たした。カードを使ってこないとなれば幾分戦法を狭まる。
なので、真はエンチャントスキルカード「村正」で攻勢をかける。朧は先の攻防で傷ついているので、大幅に攻撃力をあげることができる。また、ライトもジオドラゴンに「逆鱗」を使用する。超絶強化された二体による猛攻にキラーは晒される。
しかし、矢面に立たされた彼女が繰り出したのは、
「スキルカード無効」
いかなる攻撃も無効にするカードであった。壁に阻まれ、渾身の攻撃は阻害されてしまった。
反撃のチャンスが潰されたことは痛いが、それ以上に明らかな不正を見逃すわけにはいかなかった。
「俺たちの目をごまかせると思ったか。貴様は六枚目のスキルカードを使った。この時点で反則負けだ」
ムドーが高らかに指摘する。しかし、キラーはすまし顔で反論してきた。
「四対一で戦っておいて、スキルカードの数まで制限するとは虫が良すぎるのではないかな。まあ、そうしないと勝てないというのなら、以降はカードを使わずに戦ってもよいのだぞ」
「ふざけるな。貴様如きに情けを掛けられてたまるか」
いきりたって立てついたものの、ムドーらしからぬ失策だった。キラーの理論上、四人分、二十枚のカードを駆使するつもりだ。自在に技を扱えるうえ、スキルカードまで規格外の枚数を繰り出されたらさすがに対処のしようがない。
決定打を与えられないまま時間だけが過ぎていく。試合に夢中になって気に掛ける余裕はなかったが、つけっぱなしになっているテレビからの音声で嫌でも自覚させられた。あろうことかと言うべきではないが、掛山ノブヒロが歌うファイトモンスターズのアニメ主題歌が流れてきたのだ。
「まずいわ。アニメの本編が放送開始された」
「落ち着け。問題の時間まで二十分はある。通常の対戦なら二試合ぐらいはできる」
ムドーは宥めるが、内心焦りを感じていた。口には出していないが、徹人や真も同様だった。まさか、アニメが始まってほしくないと思う日が来るとは夢にも思わなかった。
裏を返せば試合開始から十分は経過しているのだが、戦況は膠着していると言っていい。なにせ、テト達の陣営は四体もいるのに、一体も戦闘不能にされていないのだ。そして、キラーの体力も半分すら削られていない。この状況を鑑みて、テトは恐るべきことに気が付いた。
「もしかして、キラーのやつ時間稼ぎをしているんじゃないのか」
ちょっとした懸念のはずであった。ただ、相手の動向からするにテト達を積極的に攻めようという気概は感じられない。技を繰り出してきているものの、専らライムたちの攻撃を防ぐために使われている。
それに、戦闘に至っている背景を考えれば堅実な戦法であった。キラーにとっては、約二十分後に特殊映像を流すことができれば目的は達せられる。テト達は阻止するために時間内でキラーを倒さねばならない。速攻で四体すべてを倒すのが無理と判断した場合、取るべき手法は自ずと絞られる。
「やっぱりそうだ。こいつ、時間切れを狙ってるぞ」
テトが歯噛みすると、キラーはほくそ笑んだ。
相手の思惑が露呈されたことで、ムドーは躍起になって大手を広げる。
「徹底して防御するというのなら、全力で攻撃して突破するまでだ。スキルカード炎力。そして、業火絢爛」
威力を上げた火炎弾がキラーを襲う。しかし、「渦潮の舞」と呟くと、キラーは渦巻を発生させながらステップを踏んだ。渦巻く海流が火炎弾を受け止めていく。弾丸が止んでも海流にはまだ余力はあった。だが、反撃に転じることなく攻撃を終了させてしまう。
見せつけるかのような防御優先のプレイイング。相手の方針が確立したものの、打破する手段がないというのがもどかしい。
アニメ本編は前回のダイジェストが終わり、サブタイトルがコールされる。いつもならテレビに釘付けになるところだが、今は雑音にしかならなかった。
「別々に攻撃していても埒が明かない。一か八かみんなで連携するんだ」
「簡単に言うけど、当てはあるの」
「成功する保証はないけど、やってみなくちゃ分からないってな」
テトは自信満々にブイサインする。彼が虚勢だけでこんな提案をするわけがないというのは認識していた。突破口が開けるのであれば賭ける他ない。
まず飛び出してきたのはノヴァだった。翼を広げる怪鳥よろしく、着物の袖を大顕わにしている。両腕を大きく振るうや、熱気を伴った突風がキラーを襲った。炎と風の二属性を持つノヴァならではの技「フレイムウィング」だ。
「一辺倒な」
哀れみを込めて目を細めると、キラーは天空に次元の裂け目を生じさせ、岩石の雨を降らせた。ゲンのメガゴーレムが得意としている「レインストーン」である。炎と土では前者の分が悪い。炎の突風は本体に到達する前に下火になっていく。
だが、キラーの呼び出した岩石も耳をつんざく咆哮により粉砕される。おまけに、暴風を伴った大雨が降り注ごうとしていた。長髪をたなびかせながら眼光を飛ばすと、ダイナドラゴンへと昇華したライトの相棒があぎとを開いていた。
自然、風、水の三属性で連撃するアクト・オブ・ゴット。自然属性攻撃である咆哮弾を防御に用いたとしても、風と水の属性を内包する大嵐が残っている。
一瞬後ろ足を引いたが、即座に指先から目がくらむような光を発生させる。それは一直線に伸びるレーザー光線となり、豪雨の発生源である黒雲を貫いていく。
「ライジングレーザーって何でもありね」
嘆息する日花里。彼女の父親が操っていたゼロスティンガーが得意とする雷属性の攻撃だ。水と風は両方とも雷に弱い。最強クラスの技を前にしても冷静に最善手を選ぶなど、並外れた胆力と思考力の持ち主だ。むしろ、機械的に思考したからこそ導き出された一手ともいえる。
最強クラスの技を凌いだとしても、キラーに安息は許されなかった。大嵐が目くらましの役割をも果たしており、気づかぬままに朧の接近を許していたのだ。ダイナドラゴンへの融合を果たしたことで体力を回復させたライトとは一転、真はあえて朧の体力を瀕死寸前に保っている。なぜなら、彼女が握っているのは体力が少ないほど威力を上げる妖刀「村正」だからだ。
キラーはライムへのカウンターとして武装解除カードを使っており、村正を破壊する術はない。そして、朧が繰り出しているのは防御を捨てて大ダメージを与える「諸刃斬り」だ。体力が尽きかけている局面、多少防御力が下がったところで支障はない。
慢心により隙が生まれてもいい頃だが、キラーは抜刀するような仕草を披露する。挙動に合わせ、彼女の右手には閃光放つ長剣が握られていた。
「エクスカリバー。体力が多いほど攻撃力が上がる。そなたらなら既知の武器かな」
村正とは対となる光属性の宝刀。そして三日月を描くような太刀筋で朧の剣戟と交じり合っている。剣を使った技でも上位クラスとなる「三日月のロンド」である。
両者、ダメージを与えられないままつばぜり合いに持ち込むが、体力面で不安がある朧が早々に引き上げた。「他愛ない」とキラーはつまらなく吐き捨てた。
流れからして、次に攻撃してくるのはライム。彼女は水属性なので、自然属性の技が適当。しかも、さほど威力が高い技でなくとも対処できるだろう。ほんのわずかな交戦データからキラーは次の一手を組み立てる。
そして、狙い通りライムが飛びかかってきた。内心では高笑いしつつも、外面は冷静さを保つ。彼女の手の内で育てているのは「マシンガンシード」発射のためのエネルギーだ。バブルショットなど容易く打ち破ってやる。
だが、跳躍している彼女が内包しているエネルギー量は明らかに異常だ。たかがバブルショットを放つにしては仰々しすぎる。なにせ、彼女が過ぎ去った後の時空にノイズが走っているのだ。
もしや、バブルショットではないのか。僅かな懸念を抱いた時には遅かった。
「ライム、自爆だ」
「ドーンと行くよ」
溜めに溜めたエネルギーを暴発させる。空間すらも傷つける必殺技にはマシンガンシード如きでは太刀打ちできるわけがなかった。
各々の属性の最大威力技で攻撃するというブラフを貼っておき、最後にライムが水ではなく炎の必殺技でトドメを刺す。相手に誤解を与えるのと、ライムがエネルギーを蓄積させるのとで二重の時間稼ぎが必要な作戦だ。四体で挑んでいるからこそ可能になったのである。
ようやくまともにダメージが入ったうえ、ゲージは残り四分の一となっている。通常の相手なら一撃必殺できる自爆で生き残るということは、体力値も異常だということだろう。とはいえ、決定打を与えられたのは大きい。アニメ本編はそろそろAパートが終わろうとしているが、このまま押し切れば時間内に倒せる見込みはある。
モンスター紹介
キラー 無属性
アビリティ 超越神:すべてのアビリティを自在に扱える
技 すべての技を自在に扱える
厳密にはモンスターではなく、人工知能を搭載したコンピューターウイルス。
ファイトモンスターズのアカシックレコードにアクセスすることで、すべての技、アビリティ、スキルカードを任意のタイミングで使用できるという反則的な能力を得た。
コンピューター独特の類まれなる計算能力で、その時々で最適な技を選択して戦う。陳腐ではあるが、最強最悪のモンスターといっても過言ではないだろう。
ちなみに、元々ファイモンのモンスターではないので、属性相性の概念を受けることもない。無属性なのはそのためである。




