源太郎の手のひら返し
「今回も神回じゃないか」
視聴し終わり、開口一番飛び出した感想がそれであった。愛華もまた激しく首肯している。前回の出来が良すぎると、その分次回のハードルが上がるものだが、軽々と高クオリティの代物を放映してきたのである。興奮冷めやらぬままネットを開くと、アニメの実況コメントが殺到していた。
主に、短文投稿専門のSNSのものだが、
「演出、ストーリーともにやばすぎるだろ」
「ダークネクロス、本当に何者なんだ」
「ソウルコネクションってのは意外だった。こんなの攻略できるのか。アニメに夢中になったのはいつ以来だろ」
「相変わらずマドカたんカワユス」
「カイの再登場に感動した。あいつはマジでいいキャラだからな」
「今期の覇権アニメ決まったんじゃね」
などと、絶賛の嵐であった。
「ダークネクロスをどうやって倒すんだろうね」
「不死身の相手だろ。多分、継続ダメージとかを使うとは思うけど。でも、カイの再登場とか予想の斜め上を突いてきたからな。予想もつかない方法を使うと思うぜ」
愛華と感想を話し合っていると、ホログラムが起動しライムが実体化してきた。楽しそうに会話する両者を遠巻きに眺めている。
あまりに夢中になりすぎて、ライムがその場にいることに気づいていないようだ。なので、
「テートッ!!」
と、大声で呼びかけた。
「誰かと思えばライムか。悪いな、ついおしゃべりに熱中していた」
「まったくだよ。この私を忘れるなんて許さないぞ」
胸を強調するセクシーポーズを繰り出す。不覚にもテトは一瞬どぎまぎしてしまう。つい最近、勢い任せに押し倒してしまった余波であろうか。
妹の手前、だらしない顔は見せられまいと頬を叩く。パートナーの悩殺に成功したのに気を良くしたのか、ライムは勢いよくソファへと腰掛けた。
「またアニメのファイモンに夢中になってたんでしょ。まあ、つまらなくはないけど、騒ぎ立てるような内容かな」
「おいおい、ライム。お前の目は節穴かよ。どっからどう見ても神回だろ」
「え~そうかな。私には、前とそんなに変わらないように思えたよ」
「おにぃ、ライムは故障してるんじゃないかな」
「ちょっと、故障って人を機械みたいに言わないの」
メっとデコピンする真似事をする。自我を持つコンピュータープログラムは機械の範疇に入るのか。そんな哲学的テーマを議論すると際限ないので脇に置いておく。
「少なくとも、私はそこまで面白いとは思わなかったな」
「お前、源太郎みたいなこと言って。まあ、感性の違いだろうからとやかく責めるつもりはないけど。でも、僕が今回も神回だと思ったのは譲れないからな」
「分かったよ。あのゴリラさんみたいに張り合うつもりはないからさ。でも、変だな。ネットでみんなこぞって面白いって言ってるよ」
「面白いのは確実なんだから、不思議でも何でもないだろ」
ライムの疑念はすぐさま一蹴される。徹人はアニメまとめサイトの内のひとつを確認しただけだが、その他のサイトも軒並み好評で埋め尽くされていた。不審に思ったライムがありとあらゆるサイトを調べ尽したので間違いない。むしろ、批判しているコメントを探すのに骨が折れた。
興奮冷めやらぬまま次の日に学校に行くと、案の定アニメのファイモンの話題で持ち切りであった。やはり、面白いと絶賛する声ばかりだった。
「よお、徹人。昨日のファイモン見たか」
「もちろん。やっぱり面白かったよな」
「ああ。ダークネクロスがあんな秘密を持っていたなんて、予想外だったぜ」
「カイも再登場したしな」
「そうそう。ギルアンコウと対戦した回も面白かったけど、やっぱり最近の話の方が最高だぜ」
悠斗とアニメの感想で会話に花を咲かせる。夢中になっていた徹人は気づく余地もなかったが、アニメの余波は意外な所に広がっていた。
真面目に次の授業の準備をしていた日花里は、すぐ近くの席の女生徒から声をかけられた。普段よく話をする、気の置けない友人である。
「ねえ日花里。昨日のファイトモンスターズってアニメ見た?」
「え、見たけど」
素っ頓狂な返答をしたのは、いきなりファイモンの話題を振られたからだ。少なくとも、女友達の間で率先してその話題になったことはない。それどころか、彼女が興味を持っているなんて初耳なのだ。
「私も見た見た。今、すっごいブームになってるんでしょ」
「ガキっぽいかなと思ってたけど、案外面白いのよね」
便乗してほかの女生徒も混ざって来る。開口一番、飛び出してくるのはファイモンのことばかりだ。
徹人たちの影響もあり、半信半疑で日花里も視聴していた。最初は懐疑的だったのだが、物語が進むにつれ、次第に画面に釘付けになっていたのだ。クラスの男子たちが熱中するのも分かる気がする。
ただ、「ハヤトって子のワンちゃんが可愛かった」だの感性の違いは不可避のようだ。おそらく、ライガオウの融合素材として召還されたバーナードのことを言っているのだろう。セントバーナードをモデルとしているので、可愛いと言われれば可愛い。
うってかわって、ずっとアニメの感想を語り合っている徹人たちの元に源太郎が近寄って来る。迫り来る巨体に胡乱な眼差しを向けた。
「どうした、源太郎。用でもあるのか」
存外に扱う徹人。さりげなくライムが顔を覗かせている。挑発された形になるが、一向に刃向う様子はない。喧嘩は友達なガキ大将にしては珍しい反応であった。
無言を貫いたまま源太郎は机に両手をつく。あまりの剣幕にさすがに徹人は引きつった。彼に恨まれるようなことはしていないはずだ。強いて言えば昨日のアニメファイモンについてのやり取りぐらいである。
様々な懸念が渦巻く中、源太郎が口を開く。
「すまなかった、徹人。俺が間違っていた」
いきなり源太郎は額を机にぶつけた。
徹人がうろたえていると、源太郎は颯爽と顔を上げて破顔する。
「俺も見る目がなかったな。昨日のファイモン滅茶苦茶おもしれえじゃねえか」
突然の手のひら返しに開いた口が塞がらなかった。悠斗もまた同様である。ポカンとしている両者をよそに、源太郎は熱弁を始める。
「ダークネクロスとハヤトとのバトルとかマジですごすぎるだろ。ブレイズレオを圧倒するとか、イモータルの強さを見直したぜ。俺も今度使ってみるかな。
そんで、ネクロスの強さの秘密がソウルコネクションってのも意外だったな。単なる不正とか思ったが、ドクロ団の秘密兵器だったなんてよ。そんなもん、誰が予想できるかよ。
意外といえばカイの再登場か。あいつが出てくるってのがある意味一番の予想外だったかもな。
あ~、思い出すだけで胸がうずいて仕方ねえ。録画しとかなかったのが悔やまれるぜ」
「なんだかんだで真剣に見てるんだな」
悠斗が素直に感想を漏らす。内容としては徹人と二人で語りつくしたことともろかぶりだったが、筋肉ダルマに批評家めいた一面があったとは意外であった。
頑なに否定していた源太郎が手のひら返しをしたのに、徹人は若干の違和感を覚えてはいた。だが、アニメが面白いのは確かな事実ではあるし、心変わりするのも不思議ではない。加えて、あるデータがそんな考えを裏付けていた。
そういえば、今の子供たちに人気のアニメって何でしょうね。2016年のヒット商品ランキングでおそ松さんを抑えてかみさまみならい秘密のここたまが上位に来ていましたが。




