ライムVSゼロスティンガーその2
テトがミスターSTとの戦闘を繰り広げているちょうどその頃、株式会社ゲームネクストの開発室で、二人の社員がパソコンにかじりついていた。オンラインゲームを運営している都合上、不測のサーバートラブルに対処するため、一般的に休日とされている日でもプログラマーの社員が常駐している。この日は秋原が担当していた。
そんな彼と一緒にいるのは、黒縁眼鏡の旧知の友人。チーフの田島である。二人が開いているのはファイトモンスターズのページ。それも、開発用画面ではなく、ユーザーが使用しているのと同じ実際のゲーム画面であった。
「本当にこんな方法でうまくいくんでしょうかね」
「これで排除できれば御の字。失敗したとしても、あのライムというモンスターの正体が確定できればそれだけで十分だ」
そう言いながらマイページに表示させたのはサソリ型のメカニックモンスターであった。その名はゼロスティンガー。正式には配信されておらず、近々公表予定の新イベントでボスとして登場するモンスターである。
田島は全国対戦を開始すると同時にキーボードを叩く。
「通常、全国対戦でマッチングする相手はランダムだ。だが、目的のIDさえ判明できれば、意図的に特定の相手と戦うことなど容易い」
それを実証するかのように、対戦相手としてとある少年が画面上に現れた。彼はテトという一見変哲のない少年のアバターを使用していた。
「この少年が例のライムというモンスターの使い手ですか」
「テトというユーザー名といい間違いないはずだ」
そして、田島もまた自身のアバターを投影させる。例のパピヨンマスクの紳士である。
「ユーザー名ミスターSTって適当すぎませんかね。田島悟のイニシャルからとったんでしょ」
「それは別にいいだろ」
茶々を入れる秋原を振り払いつつ、田島はテトが繰り出してくるモンスターを見守る。やがて、ホログラムが発動し、相手が出現させたモンスターを確認するや、そっと微笑んだ。
「ビンゴ」
テトの傍で一回転しながら登場したのは、長髪でカチューシャのワンピースを着た少女。紛れもなく、噂のライムであった。
「実在したんですね、あのモンスター」
「感嘆している場合ではない。こいつはもしかすると、このゲーム全体の脅威になるかもしれない存在だからな」
「それはそうとして、策はあるんですか。相手は通常プレーではありえない戦法を使ってくるかもしれないんですよ」
「チートツール使用のモンスターを対処するなど造作もないことだ。邪道ではあるが、こちらも同じ手を使えばいい」
「そうは言っても、このゼロスティンガーのステータスは一切いじってないんですよね」
秋原の言う通り、田島が使っているのは公式に配布予定のモンスターと同一の個体だ。その証拠にと、もう一つのパソコンでゼロスティンガーのステータスを提示する。
ゼロスティンガー 雷属性
アビリティ 自己修復:毎ターン少しずつHPを回復する
HP 899
攻撃力 623
防御力 831
素早さ 519
HPはやや低いが、突出して高い防御力のおかげで、総合的な耐久力はかなりの実力を誇っている。反面、攻撃力はさほど高くなく、素早さは並以下だった。
「これでどうやってチートモンスターに勝つんですか」
「今回邪道を使うのはこれだ」
戦闘で使うスキルカードを選択する画面で、田島はあるカードを指し示す。カード名は「障壁」と「強化」。共に能力値を上昇させるだけの基礎中の基礎カード。その効果値も序盤で使用することを考慮して控え目に設定してある。
「高い防御力を更に高めるって理屈は分からなくはないですが、それで勝てますかね。それに、攻撃力が低めですから、強化なんか使っても気休めにしかなりませんよ」
「普通はそう思うだろう。だが、これがただのスキルカードではないとしたらどうする」
邪悪ささえ含んだ微笑に、秋原はたじろいで椅子から落ちそうになる。田島のプログラミングの技術は熟知しているつもりであった。彼が本気になったとしたら、どんなえげつないカードを作り出すか、想像もつかない。
ライムは複数属性の攻撃を使うことができるという前評判の通り、ゼロスティンガーの弱点となる自然属性の技を使ってきた。ネオスライムのままの攻撃力であれば、弱点によるダメージ上昇を加味しても、HPを八分の一ほどしか削れないはずだ。相手の実力を測る意味でも、甘んじて直撃を受ける。
そしてHPが削られるのだが、その減少幅は予想を遥かに超えていた。
「この威力。次、まともに受けたら負けてしまいますよ」
秋原の忠告通り、この一撃で半分近くHPを失った。アビリティで回復できるとはいえ、まともに戦っていてはジリ貧になって負けるのは確実だ。
それ以上に、この一撃で半ば確信がついていた。ゼロスティンガーの耐久力は、スキルカードによる援助がなければ一気に半分も削れないように設定してある。ましてや、ネオスライムがあれほどの火力を発揮するということ自体が異常なことだ。
「チートを使っていることを隠すために、序盤はあえて低威力攻撃を仕掛けてくるかと思ったが、最初からこんな一撃をくらわすか。やはり相手は子供だな。ならば、こちらも本気でいかせてもらうか」
チャット機能をオフにしたうえでそうつぶやくと、田島は例のスキルカードを発動した。画面演出では単に防御力が上昇しただけのように映る。しかし、その実はかなりえげつない効果を発揮していた。
最初にそれが証明されたのは、ライムからの二発目のマシンガンシードであった。一撃で半分近くHPを削ることができた攻撃であるが、それが数ドットぐらいしかゲージを削ることができずにいる。
「これはやりすぎなんじゃないですか。こんな異常な防御力を発揮したらさすがにバレますよ」
「お灸を据えるのだから、これぐらいでちょうどいい。それに、お楽しみはこれからだ」
さすがに異変に感づいたのか、テトとライムのコンビは戸惑っているようだ。そんな彼らに対し、田島は強化を発動し、容赦なく砲撃命令を下す。
「ライジングレーザー」
雷属性最強クラスの攻撃技。ゼロスティンガーの攻撃性能はあまり高くないので、そこまでHPは減少しないはずである。
しかし、レーザーの直撃を受け、ライムのHPは根こそぎ奪われる。あまりに出鱈目な一撃に秋原は唖然としていた。
「無茶苦茶ですね、これ。一体ゼロスティンガーに何をしたんですか」
「単純に言えばインチキだ。私が先ほど使用したこれらのスキルカード。本来は能力値を微上昇させるだけだが、その効果を大きくいじってある。説明するより、このステータスを見れば分かるだろう」
そうして、田島はゼロスティンガーのステータスを表示させる。そこにはあり得ない数値が並んでいた。
ゼロスティンガー 雷属性
HP 899
攻撃力 2492
防御力 3324
素早さ 519
「露骨なまでにインチキしていて、むしろ清々しいですね」
「デメリット付きで能力を二倍にするスキルカードなら存在する。だが、私の使ったカードはその効力を四倍に設定してある。もちろん、元はただの能力アップカードなのでデメリットなしだ。正規の戦法では絶対に倒すことができない。現に、これで勝負ありだろう」
自信満々に田島はモニターを眺めるが、その表情は一瞬にして曇った。
それもそのはずで、ライムがアビリティを発動して生き残ったのだ。根性か九死に一生を使ったというのはすぐに推測できたが、自慢の一撃を防がれたことは、開発者といえども大きな痛手となっていた。
しかし、すぐに気を取り直し、画面に向き直る。
「いとも簡単に決着がついてしまうのでは、それはそれでつまらない。じっくりとその実力を見定めさせてもらおう」
年甲斐もなく熱中する田島を前に、秋原は知らず知らずのうちに距離を置いてしまうのであった。
スキルカード紹介
障壁
モンスターの防御力を上げる。ゲーム開始直後の基本デッキに組み込まれているコモンカード。それゆえ、効果値はあまり高くない。




