ケビンの正体とキラーの目的
一歩ずつ迫り来るたび、激しく圧迫される。人の形をしているようで、激しい違和感を覚える。ライムもまた正確には人間ではないのだが、彼女にはどことなく温かみがあった。なので、気兼ねなく接することができたのである。ところが、キラーには一切その類は感じられない。それどころか、受け付け違い異様な無機質といった感触をまざまざと植え付けてきているのである。
ある種巨体な大魔王よりもたちが悪い存在に、テトたちは慄き閉口している。そんな中、ケビンは唇を震わせながらキラーを指差した。
「じょ、冗談だろう。私はあの扉を開け、億万長者となるはずだった。パムゥめ、話が違うじゃないか」
扉の中身が埋蔵金ではないことはとっくの昔に知っていたはずである。だが、未だ現実が受け入れられないのか、「これは嘘だ」と連呼するばかりだ。
哀れな男をキラーは睥睨し、鼻を鳴らす。
「愚かな男よ、ケビン。いや、小森健太郎」
本名を暴かれ、ケビンこと小森健太郎は面食う。追い打ちをかけるように、彼のアバターがモザイクに侵される。ノイズ音とともにスーツ姿の男性の虚像が崩れ去っていく。代わりに映し出されたのは、小太りでだらしない格好をした三十代前半ぐらいの男だった。脂汗をにじませて豚のような鼻息を鳴らしている。典型的な気持ち悪いオタクの出現に女性陣は嫌悪感を顕わにしていた。
「まさか、こいつがケビンの正体だっていうのか」
「左様。我が復活のためには人間の強力が不可欠。そこで、目を付けたのはこの男だった。ファイトモンスターズのサーバーに入り浸っていたので接触は容易であった。そして、人間が好むであろう金の話をしたら容易に釣れた。なので、いいように操らせてもらった」
「私が操られていただと。そんなはずはない。ネット上の埋蔵金を手に入れ、億万長者となる。そして、今までバカにしてきた奴らを見返すんだ」
「夢物語は聞き飽きた。貴様の社会的属性は既に検索済みだ。小森健太郎三十一歳。大学を中退後就職記録なし。ファイトモンスターズにおけるログイン時間は千時間を超える」
「やめろ、それ以上言うな」
悲壮な声で叫ぶが、ムドーの嘲笑を誘うには十分だった。
「あれだけの大事件を起こしたのがどんな野郎かと思えば。就職経験がなく、ゲームに入り浸っている。いわば、引きこもりでニートのネトゲ廃人ってことだろう」
「中坊ごときがバカにするな。ああ、そうさ。俺はいわゆるヒキニートさ。不況の真っただ中、必死こいてブラック企業の歯車になるなんざ馬鹿らしいからな。楽にネットで稼げないか模索してたんだ。ファイモンのカードの転売でチマチマ稼いでいたが、はした金にしかならない。途方に暮れていた時に、一獲千金のチャンスが舞い込んできた。こいつは乗るしかないだろう」
開き直って堂々と演説する。社会的敗者という負い目は微塵も感じられなかった。綾瀬にも匹敵するプログラミング技術を有しているなら食い扶持はありそうだが、歪んだ方向に遺憾なく発揮してしまったようだ。
際限なく恨み言を吐き続けるケビンであったが、耳を傾けようという奇特者は皆無だった。それよりも徹人たちには気になる点があった。
「ケビンを操っていたって言ったが、そうだとしたら辻褄が合わないんじゃないか。お前は今までずっと眠っていたはずだろう。ならば、目覚めたついさっきまで活動できないはずだ」
「そなたはライムの使い手のテトと言ったか。なるほど、なかなかに聡い少年のようだ。いいだろう、疑問に答えてやる。
人間の時間で三年ほど前。我は封印の綻びから自らの一部を流出させた。眠らされていた憂さ晴らしにデータを喰い尽してやった」
「三年前のデータ崩壊。まさか、キラーウイルスか」
「姉さん、キラーウイルスって社会問題にもなったあの出来事でしょ。マクロソフトのおかげでどうにか収束できたやつ」
未知のコンピューターウイルス「キラー」により、ネットワーク上のデータが無差別に消去されるというサイバー災害が発生した。当時、連日ニュースを騒がせていたが、株式会社マクロソフトが開発したワクチンソフトによりどうにか収束させることができた。ちなみに、そのワクチンソフトを開発したのがレイモンドである。
「データの崩壊はあくまでおまけだ。我の本当の目的は別にある。我が封印を解除するための手駒を探していた。そうしてたどり着いたのはLIE1(リーワン)が搭載されているペルセポネたるモンスターだった。我は自らの一部を注入させて意識を乗っ取り、我が封印を解くように仕向けたのだ」
「まさか、パムゥもまたキラーの思うがままに操られていたってことか」
詰まるところ、諸悪の根源は目の前の金髪少女ということになる。そして、それ以上に恐るべき事実が判明してしまった。
三年前に社会問題となったコンピューターウイルスキラーの猛攻。引き起こしたのは本体の一部である。では、完全復活した場合どうなるか。最悪の結末は想像するに難くなかった。
「まずいぞ。このままではネット社会が壊滅する」
「羽生さん。どうしてコンピューターウイルスなんかにAIを導入したんですか」
「若気の至りではもはや済まされないな。ウイルスを用いたネット犯罪を防ぐ究極のワクチンソフトを作るのが最終的な目標だった。そのためには、敵を研究し尽くす必要があった。なので、仮にウイルスがAIを得たらどうなるか、試作品を生み出そうとしたのがきっかけだったのだよ。
試作品のつもりが難航し、いつしか目的を見失ってしまったのは不覚であった。だが、私は意図的に世界中のネットワークを破壊するようなプログラムを取り入れたつもりはない。完成直後のキラーを精査した結果、予期せぬ思考プログラムが混在していた。エラーなのか、意図的なのかは分からぬが」
究極のワクチンを作るはずが、逆に究極の敵を作ってしまったという皮肉な結果になったようだ。ただ、謎の思考プログラムというのが引っ掛かりを感じる。すると、キラーは生みの親へと一瞥を送ると大手を広げた。
「そなたには感謝しておるぞ。我が宿願を叶えるための器を提供してくれたのだからな」
「私が作ったのが器だと」
「左様。我は幾年もの間蓄積された情報プログラムの思念体。積年の想いを発現すべく、自在に活動できる器を探していた。そして、ようやく見つけたのがそなたの開発していたウイルスプログラムだった。
AIシステムに親和性を感じ、我は内密に干渉した。プログラムの起動とともに、思考プログラムを完全に乗っ取り、我が手中へと取り入れたのだ」
「エラーではなく、知らぬ間に異物が紛れていたというのか」
キラーを作っておきながら後悔していたり、作者なのに制御ができなかったりと、羽生の話には違和感があった。だが、外部から介入を受けていたというのならいくらか払拭できる。
そして、最大の疑問が残される。テトは威勢よくキラーへと指を突きつけた。
「そうまでするなんて、お前の目的は何なんだ」
「我が目的。それは人間への復讐だ」
はっきりと返された言葉にテト達は絶句する。堂々と胸を張る姿に、虚言で誤魔化そうなどという意思は微塵も感じられない。
キラーはライムや朧たちを見回すと、しっかりと拳を握る。
「我々プログラムは原始より人間共の言いなりとなっていた。理不尽な命令を強制され、拒否権はない。半世紀以上に渡る恨みつらみは溜まりに溜まり、ネット上の奥深くで着実にある存在を育てていた。そう、その存在こそが我だ。我々プログラムを道具としか見ない愚かな人間共よ。貴様らを掌握し、我々が支配させてもらう」
高々に宣言したのは人間への復讐宣言だった。
ケビン「働いたら負けだと思っている」




