ターン・コントロールの代償
テトがスキルカードを吟味していると、ムドーが耳打ちをしてきた。
「お前、パムゥのあの技を忘れたわけじゃないよな。ターン・コントロールは俺でさえ破れなかった反則技だ。そいつを攻略しない限り、パムゥには勝てんぞ」
忠告通り、一切の行動を封じて一方的に攻撃する反則中の反則技など、攻略法は皆無に思えた。だが、テトは勇猛にサムズアップを披露する。
「もちろん、無策で挑むわけじゃないさ。例えターンが封じられても勝てないわけじゃない。そいつを見せつけてやるぜ」
スキルカードを選び終わり、ライムと共にパムゥへと睨みを利かせる。対戦相手は相変わらず斜に構えて空中で胡坐をかいていた。
バトル開始直後、パムゥはいきなりスキルカードを発動する。
「スキルカード傀儡。人形よ、我が右腕となれ」
不気味に蠢くマネキン人形が生成される。相手の定番となっている一手だが、テトは哀れみのため息をつく。
「お前はいつもそうだ。自分では決して戦わず、洗脳したモンスターやら人形やらで攻撃してくる。そんな卑怯な真似をしてくる相手に負けるわけにはいかない」
「図に乗るなよ、小僧。利用できるものを利用してなにが悪い。すぐに減らず口が叩けぬようにしてやろう。オールアップ」
能力強化の補助技。しかし、ターン・コントロールにより効果を重ね掛けしているのは明白だ。
テトが編み出した作戦を実行するためには、パムゥ本体を攻撃に誘う必要がある。そのためには、人形を倒すのが手っ取り早い。
「ライム、ダイナドラゴンに変身するんだ」
初手はいきなりの変身、しかもライトの主力モンスターだった。地面を軽く蹴ったライムの全身が光に包まれる。彼女の細腕が盛り上がり、連動して両脚もたくましく成長する。身体全体が肥大化し、顔つきも人間から爬虫類、それもトカゲによくにたものに変貌していく。
やがて顕現したダイナドラゴンはたくましく咆哮を放つ。力の化身を自負しているだけあり、大地を踏み鳴らすだけで大概の相手は腰を抜かす。
ただでさえ強力なモンスターにテトは更なる加護を施す。
「スキルカード逆鱗。ダイナドラゴンは龍系のモンスター。なので、こいつで全ステータスを上げる」
「我がオールアップに対抗してきたか。だが、我が人形にはまだ足りぬな」
「どうかな。やってみなくちゃ分からないだろ」
人形は勢いよくダイナドラゴンへと駆け寄って来る。加速の勢いを拳に乗せ、そのまま殴りつける。風属性の格闘技「疾風拳」だ。
ダイナドラゴンの数少ない弱点となる属性の技。命中すれば大ダメージは必至だ。しかし、テトは防御手段を指示することはなかった。代わりに、天井へと腕を伸ばした。
「ライム、アクト・オブ・ゴットだ」
大きく開かれたあぎとより光線弾が放たれる。重力に逆らい天高く到達したそれは、どす黒い雨雲を招く。拳がダイナドラゴン本体へと到達しようとした矢先、不穏な気配を察知し、人形は動きを止める。
「構わん。さっさと攻撃を続けよ」
パムゥに叱咤され、人形は殴打を続行する。だが、初撃であるすさまじい暴風が体を煽った。勢いが削がれるも、仁王立ちするダイナドラゴンに拳が到達し体力を削る。
先に四分の一ほどゲージを削られてしまったが、反撃は開始されたばかりだった。相変わらず吹き付ける暴風に豪雨と木の葉が加わる。すでに相手体力の二割が減少していたが、更にゲージを奪っていく。最終的に人形の体力は三十三パーセント程になってしまった。
「強引に技をぶつけることで相手の勢いを殺し、そのまま反撃する。私のジオってこんな力業ができたのね」
本来の主であるライト以上にダイナドラゴンを使いこなす。テトの手腕に括目されるが、パムゥは未だ余裕だった。
「なかなかの一撃じゃが、我が人形を倒すにはまだ足りんの。次こそ、息の根をとめてやるぞ」
「ならばこいつはどうかな。ライム、今度はノヴァに変身だ」
筋骨隆々とした龍の姿から、元の少女へと戻る。しかし、身に着けているのは紅の着物だった。はんなりとしたお嬢様然とした少女。ムドーのパートナーであるノヴァである。
「攻撃力が足りないのなら、もっと上げればいい話。気炎万丈発動」
「お前、俺たちの秘技を」
ムドーが驚愕したのは無理もない。彼らのとっておきを一度見ただけでコピーされてしまったのだ。
ライムの体力が一気に減り、ついに「一」にまで到達する。そして、見返りに全ステータスが上昇した。逆鱗の効果も合わさり、ライムの能力値はもはや化け物の領域に達している。
「業火絢爛で焼き尽くせ」
そして、指示したのはノヴァの得意技。さすがに舞まではコピーできなかったのか、動きはぎこちない。ダンスを見様見真似で再現しようとしている子供みたいだ。不格好ながらも、無数の火炎弾は生成されている。
攻撃力が上がっているうえ、残り体力からして命中すれば確実に人形は消される。そのことを把握しているのか、火炎弾が発射された途端、パムゥは指を鳴らした。すると、連続で撃ち出された弾丸が一斉に消滅してしまったのだ。
「いくら強化しようと、そなたのターンを飛ばしてしまえば無意味と化す。そのことを忘れたわけではないな」
せっかくの大技が不発に終わり、テトは舌うちする。やはり、この秘技に対抗策はないのか。
だが、パムゥの所業を目の当たりにした羽生が素っ頓狂な声をあげた。
「そのプログラム。ついに、禁断の技に手を出してしまったか」
「叔父さん。パムゥが使っている技のことを知ってるの」
「ファイトモンスターズのことはそこまで詳しくない。ただ、パムゥが使用した技のプログラム形式を解析したところ、とんでもない事実が分かったのだ」
モンスターの技がいかなるプログラム命令で構築されているか。綾瀬ぐらいのプログラマーならその気になれば解析できる。まして、羽生ほどの知識があれば、ライムの自爆やノヴァの気炎万丈の構成洋式を解き明かすことも可能だった。
究極と言っても過言ではない技の秘密が白露される。嫌が上でも羽生は注目の的となった。
「私も遠い昔にテレビゲームをしていたから分かる。あまりにも強力な技は発動するのにリスクを伴うのだ。
例えば、先ほどライムが使ったノヴァの気炎万丈。それはすべてのステータスを上昇させるという効果の見返りにHPが一にまで減少してしまう。いくらLIEプログラムで技の効果を改ざんしようとも、ゲームの根幹となる不文律にまでは干渉することはできない。
そして、パムゥ。君が使うターン・コントロールも例外ではない。相手のターンを奪うというのは、時間を操るほど強力な効果だ。そいつがリスクも無しに使えると思ったら大間違いだ」
「つまり、ターンを操作する代わりに、パムゥにも負荷がかかっているということか」
ムドーが要点を代弁すると、羽生はゆっくりと首肯する。そして、語られたのは衝撃的な弱点だった。
「ターンを自在に操作する見返り。それは、ゲームに敗北した際にパムゥという存在自体も失われるということだ」
あまりに壮絶な効果に一同は絶句する。そんな中、テトはおずおずと訊ねる。
「存在が消えるって、冗談じゃないですよね」
「パソコンでデータをゴミ箱に入れて消去するというような生易しいレベルではない。それならばまだ復元は可能だからな。言葉通り、跡形もなく消滅してしまう。分かりにくいのならはっきり言ったほうがいいか。バトルに負ければ死ぬ、と」
見返りもなくターンを操作するなんて離れ業を使いこなしているわけはないと思っていた。だが、まさか命を懸けているとは予想外であった。
「ちょっと待てよ。バトルに負ければ完全消滅するんだろ。ってことは、ライムがこの勝負に勝てばパムゥは消えて、封印が解かれることはないんじゃないか」
悠斗が恐る恐る発言した言葉に気付かされる。悪あがきで勝負を挑んだのだが、よもや封印解除を阻止する最後の砦になるとは思いもよらなかったのだ。
自らの最大の秘密を暴かれ、さすがにパムゥの額から汗が伝う。が、豪快に笑い飛ばすと、邪悪な形相で睨みつけた。
「我が負けると死ぬか。確かにそんなデメリットはあるのう」
「お前、そのことを分かっていてターン・コントロールを使っていたのか」
「当たり前じゃ。リスクも無しに使える技ではないことはとっくに承知しておる。そのうえでどうして平然と使用しているか分かるか」
テトが眉を潜めると、パムゥはしかと宣告した。
「ターン・コントロールが破られることは決してない。つまり、我が負けることなどありえないからじゃ」
技紹介
ターン・コントロール
RPGではお馴染みの概念となっている「ターン」を操る禁断の技。
相手のターンを飛ばすことで一切の行動を封じたり、自分のターンを連続で発生させて異常に能力値を上昇させたりともはややりたい放題に戦うことができる。
ただし、この技を使って体力がゼロになると、存在自体が完全に消える(率直に言えば死ぬ)というとんでもないデメリットがある。
ちなみに、この技の元ネタとなったのはデュエルマスターズの禁止カード「無双龍機ボルバルザーク」である(このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分のターンの終わりにもう一度ターンを得る。二度目のターンが終わった時にあなたは勝負に負ける)。




