ライムとの再戦!? 洗脳を解除せよ
疑惑の視線は羽生へと集中する。突如こんなことを暴露されるとは意外だったのか、羽生は沈黙を保っている。
「どういうことだ、パムゥ。お前を作ったのはあんな老いぼれだと言うのか」
「取り乱すな、ケビンよ。計画を進めるのに支障はない。余計なことは気にせんことだ」
パムゥのパートナーでさえ、この事実は初耳だったようだ。
非難が殺到し、黙っているのも限界と感じたか、羽生はゆっくりと口を開いた。
「役者も揃っていることだし、いい機会だ。君たちに真実を伝えよう。パムゥやライムが姉妹関係という話だが、決して嘘ではない。
かつて私は若気の至りでとんでもないものを開発してしまった。そいつを封印するために五体の人格プログラムを生み出した。私はそれをLIEと呼んでいるが、そいつが組み込まれているのが彼女たちというわけだ」
「つまり、俺のノヴァやライムは、お前が生み出したというとんでもないものを封印するための鍵だったというわけか」
ムドーが詰問すると、羽生はゆっくりと首肯した。
そこから先、羽生が語ったのはライムの出生に関する詳細だった。いかなる経緯でLIEなるプログラムが誕生することとなったのか。話していく内に自然と明らかになった事項がある。それは、がんじがらめに封印されている扉の中身だった。その正体が知らされた時、まっさきに声を荒げたのはケビンであった。
「馬鹿な。あの扉の中には埋蔵金があるはずだろう」
「莫大なる金銭的価値はあるから、埋蔵金という表現はあながち間違ってはいない。だが、あいつは人間の手に負えるものではない。一攫千金を狙っているのならやめた方が身のためだ」
羽生の言う通り、人間の金銭基準で図るならとんでもない宝物が眠っていることになる。しかし、本質は大判小判ざっくざくとは程遠い化け物なのである。
ひとしきり話が終わり、憎悪の目は一斉にパムゥへと向けられた。彼女の蛮行を阻止しなくてなはらぬと一致団結したのだ。
だが、パムゥは怖気づくことなく、不可思議な呪文を唱える。すると、ライムの体に仄かな光が宿り、女性のホログラムが浮かび上がってきた。幽体離脱という現象を可視化するのなら、まさに目の前で繰り広げられている光景となる。
「我が目的の所在地、そして、そいつを解放するためにはライム、朧、ノヴァ、ダイナドラゴンの四体が必要だということは分かっていた。しかし、肝心の封印解除方法は最後まで分からずじまいじゃった。唯一判明していたのは、LIE5(リーファイブ)が搭載されておるライムが握っているということだ」
「執拗にライムを狙っていたのは、鍵の解除方法を知るためだったのか」
「その通り。LIE5を顕現させた今、手に取るように方法が分かる。ふむ、意外と単純のようじゃの。まずは我が扉の前に立つ、か」
パムゥはゆっくりと扉へと飛行していく。テトはミィムとアイコンタクトを交わすと、行く手を阻むようにバブルショットを発射した。
いきなりの攻撃にパムゥは睨みを利かせる。
「化け物を復活させようとしていると知って、僕たちが黙っていると思うか。ここで野望は食い止めてみせる」
「戯言を。貴様らの相手はこやつで十分じゃ。オールアップ発動。ライムよ、愚か者を排除せよ」
パムゥに右手より放たれた光線を浴び、ライムはテトに冷たい眼差しを浴びせる。そして、バブルショットでミィムへと砲撃してきた。
覚悟はしていたはずだが、いざ懸念事項が目の当たりになると膝が震えた。かつて、一度だけライムと敵対したことがある。あの時に完全に消去してしまっていれば、また沈痛な思いをすることもなく、パムゥの野望も潰えたかもしれない。
だが、ライムを消すなどまかり間違ってもできるわけがなかった。そうなると、取るべき方法は一つ。
「ライム、お前にかかっている洗脳を解いてやる。そうすれば、パムゥの野望も潰えるはずだ」
ダイナドラゴンに倣うなら、洗脳を解くためにはライムとバトルして勝たなくてはならない。主力モンスターを失っている今、彼女に挑むのは無謀というべきだった。
いざ啖呵を切ったものの、テトは攻撃指示を躊躇っていた。技のコマンドを押そうとしても、指が震えてしまっている。そんな彼を憐れむように、ライムは右手を掲げる。
すると、彼女の足もとを業火の渦が包んだ。過たずして、彼女の全身が火あぶりにされる。
無言のままテトの前に進み出たのはムドーであった。彼の傍にはアルファメガが付き従っている。
「口では喧嘩を売っても、本気で戦うつもりじゃないことはお見通しだ。この俺がライムだけでなく、あいつら全員を倒し、軒並み正気に戻してやる。アルファメガ、もう一度デスボルカニックだ」
アルファメガは炎の剣を振るい、強烈な火炎放射をお見舞いする。ライムを捕縛する炎の檻は一段と勢いを増す。相性は悪いが、アルファメガの攻撃性能の高さは折り紙付きだ。いくらオールアップで能力を上昇させていたとしてもひとたまりもあるまい。
しかし、炎から解放されても、ライムの体には傷一つついていなかった。バトルが成立していたことにより体力ゲージが表示されているのだが、七割ほどの体力を残していた。
「アルファメガでもろくに体力を削れないだと」
「おそらくパムゥはターン・コントロールでライムの能力値を異常に上昇させているわ」
「察しの通りじゃ。貴様らの技では九死に一生を使うまでもないな」
あ~やんの指摘は的を得ており、知らぬ間にオールアップが重複してかけられている。いくら最強クラスだともてはやされているモンスターでも、今のライムの前では赤子同然だった。
そして、強化されているのは防御力だけではないとすぐに思い知らされる。無表情のままライムは右人差し指を伸ばし、先端に気泡の弾丸を生成する。そして、微動だにせずバブルショットを発射した。
ろくにダメージを与えられなかったことに呆然とし、ムドーは回避の指示が遅れてしまった。だが、神眼を使ったとしても、これまでのライムからは考えられないような発射速度を誇る弾丸を避けるなど無謀の極みだった。右胸を貫かれ、アルファメガは膝を折る。体内から噴き出していた炎と氷のオーラが瞬く間に収束していく。残り体力ゼロ。まさかの一撃必殺だった。
「最強のプレイヤーが瞬殺など他愛無いの。そなたらがいかに努力しようとも、ちょっと内部ステータスを弄れば無双するなど容易い。
さて、封印解除の続きじゃ。ノヴァよ、我の右手に来るがいい。これによりパスワードの続きが解ける」
「パスワードだと」
「傍観しとるそなたらには分からんだろうが、封印を解く度に我が脳内にパスワードが浮かび上がってくるのじゃ。どうやら、封印を完全に解除するには、このパスワードを完成させて唱える必要があるようじゃ」
残る封印は三つ。ほぼ半分を解かれてしまっているため、手をこまねいている場合ではない。
それでも技名を紡げずにいるテトだが、次なる刺客が躍り出た。
「ミステリアスアイ」
可憐な声とともに、ウミヘビが威嚇音を張り上げる。ライトとサーペントだ。
怪しげな瞳に魅入られ、ライムは気を付けの姿勢のまま立ち尽くしてしまう。相手を麻痺状態にして動きを封じる補助技である。
「私の手持ちじゃライムに有効打は与えられない。でも、こうして次に託すことはできるわ。真、お願い」
「指図されるまでもない。スキルカード狂化、エンチャントスキルカード村正。そして諸刃切り」
間髪入れず、スキルカードで攻撃力を上昇させたデュラハンが猛進する。呪われた剣による捨て身の剣技。麻痺状態でまともに動けないライムを一方的に切り捨てる作戦だ。
しかし、デュラハンが突進を開始した直後、ライムの姿が変貌していく。その姿はテトたちの陣営にいるモンスターと瓜二つ、否、そのものであった。
「そんな、バステトに変身したですって」
ハルカは思わず声をあげる。ライムが変身したのは猫耳美少女モンスターバステトだったのだ。
なぜこのタイミングで変身を果たしたのか。理由はすぐさま判明した。ゲージの傍に表示されている麻痺の状態異常アイコンが消え失せたのだ。シンが戸惑っていると、ハルカが解説を加える。
「私のバステトのアビリティは豊穣の女神。毎ターンランダムで状態異常を回復させる。ライムはこのアビリティを利用して麻痺を治療したのよ」
自身のモンスターを利用され、ハルカは爪を噛む。そして、ライムの反撃はまだ終わりではなかった。
元の姿に戻った彼女はデュラハンに対してスキルカードを叩きつけた。その絵柄を目撃し、シンは愕然とする。
「そんな。スキルカード天邪鬼」
能力値の上昇効果を逆転させるシンが十八番とするカード。ライムの主であるテトは所持しておらず、パムゥが予め仕込んでおいたのだろう。
シンはすぐさま天邪鬼を使用し、逆転されたステータスを戻そうとする。だが、シンの袂のカードは粒子と化して消滅してしまった。
瞠目しているシンに、ライムはもう一枚のカードを突きつける。
「対抗。反撃も許さないってわけ」
麻痺を治療しているため、躱そうと思えば躱せた一撃だ。だが、ライムはあえて受けた。なぜなら、デュラハンの攻撃力は大幅に減少しているからだ。いくら切りかかっても体力値を一割も減らすことはできなかった。
「ライムよ。ちまちまとバブルショットで蹴散らしても日が暮れる。自爆で一気にごみ掃除するのじゃ」
悪夢の指摘に首肯し、ライムはスキルカードを発動する。そうして構えたのは巨大なキャノン砲。
「ランダムキャノン。そいつまでコピーしていたのか」
全身より沸き起こる爆風をキャノン砲の弾丸へと装填する。大地を揺るがす轟音に、テト達は耳を塞ぐ。
歯を食いしばりながらも、ライトは二枚のスキルカードを発動した。
「スキルカード無効、拡散。これで凌ぐ……」
途中で絶句したのは、「無効」のカードがいきなり消滅したからだ。エネルギーを蓄えながらも、ライムは更なるスキルカードを使用していたのである。
「海賊版。さっき使った対抗を再利用したんだ」
全国大会出場レベルの猛者が並んでいるのに、彼らを手玉に取る戦術。よもや、AIだけでそれを成し遂げているなど悪夢以外の何ものでもなかった。
技やスキルカードの効果範囲を広げるだけの拡散は単独では無意味となってしまう。もはや、テト達の身を守るものは存在しない。そして、引き金を引くとともに、周辺環境を崩落させながら規格外の弾丸が迫って来る。
爆風に呑まれ、サーペント、そしてデュラハンと次々に体力ゲージを削られていく。最後に残っていたミィムも餌食となる。
嵐が過ぎ去ったのち、残されていたのは屍累々たる光景だった。サーペント、デュラハンともに戦闘不能。まさに相手を根絶やしにする一撃であった。
意気消沈するライトとシン。彼女らを嘲笑い、パムゥは手招きをした。それにつられ、ジオドラゴンが扉へと歩み寄っていく。
「三番目はジオドラゴン。と、言いたいところじゃが、このままでは力不足じゃな。スキルカード洗脳。サーペントよ、我が配下となれ」
倒されたばかりのサーペントが起き上がり、パムゥの元へと吸い寄せられていく。続けざま、パムゥはスキルカードを使用する。
「スキルカード融合。ダイナドラゴンを誕生させる」
ジオドラゴンと強制融合を果たし、暴君ダイナドラゴンが顕現する。荒く鼻息を鳴らしながらも、パムゥに従い彼女の左手に鎮座する。
間髪入れずに、パムゥは朧をも呼び寄せる。ノヴァの右隣に位置するや、パムゥは豪快に笑い飛ばした。
「ついに封印は四つまで解かれたぞ。残るはライムのみ。さあ、我が左手へと来い。そして、完全に縛め(いましめ)を解くのじゃ」
ライムは踵を返し、扉へと歩んでいく。彼女に刃向えるものはいない。このまま最悪の化け物が復活するのを指をくわえたまま見ているしかないのか。
次回更新まで少し間が空くかもしれないので、今回はいつもより増量しています。
また、物語の構成の都合上、ライムの出生の秘密が明らかになるのはもう少し先になります。




