ライムVSゼロスティンガーその1
ミスターSTは顎に手を当てると、「なるほどな」とだけ呟く。スキルカードの援助もなしに体力を半分近く削られたにも関わらず、いたって落ち着いた様子だ。その反応が逆に徹人へ威圧感を与えていた。そして、追い打ちをかけるように、ゼロスティンガーの全身がほのかな光に包まれる。
「アビリティ発動、自己修復。毎ターン少しずつHPを回復する」
「なんだって」
ゼロスティンガーのアビリティにより、僅かではあるがHPゲージが上昇する。声を上げるテトに対し、ミスターSTは、
「驚くことではない。上位の機械系のモンスターなら珍しくもないアビリティだ」
そう冷静に言い放つ。更には、手持ちのスキルカードを展開し、その中の一枚を発動する。
「スキルカード障壁。これにより、ゼロスティンガーの防御力を上げる」
カードから放たれる光に包まれ、ゼロスティンガーの周囲にぼんやりとしたオーラが浮かび上がる。
その名前からして、防御力を上げるスキルカードだ。しかし、テトは違和感を覚えていた。同じ防御力を上げるスキルカードであれば、硬化の方が効果は上である。素早さが下がるデメリットがあるものの、機械系のモンスターは元来鈍足のことが多いため、特に気にする必要はない。それに、上位プレイヤーがこんなゲーム序盤ぐらいでしか役に立たないスキルカードをわざわざ使用する意図が分からなかった。
それを言うなら、テトが頻繁に使用している強化も雑魚カードに分類される一枚であるが、ライムが高威力の複数属性の技を使いこなせるという特徴をもっているため、単純に攻撃力を上げられるという普遍性を評価して使用しているのだ。実際は、特定属性の攻撃の威力を高める炎力などの方が効力は上である。
「自己修復にバリア。相手は耐久型の戦法みたいだな。ライム、これ以上補助技を仕掛けられたら厄介だ。速攻で決めるぞ。スキルカード強化」
テトもスキルカードを使用し、ライムの攻撃力を高める。そして、先ほどと同じくマシンガンシードを放つ。お互いにコモンクラスのスキルカードで能力値を上昇させているので、最終的な差異はほぼゼロ。つまり、この攻撃が命中すれば、残り体力数ドットまで追いつめることができる。
相手もそのくらいの簡単な計算はできるはずだが、今回もあえて回避や防御の支持を出すことはしない。不気味なほど悠然と構えるゼロスティンガー。徹人は、カウンターのスキルカードが発動するのを危惧し、対抗のカードに手を添える。このまま発動を宣言すれば、相手のスキルカードの発動を阻止できる。
しかし、ミスターSTはスキルカードに手を伸ばす気配がない。ただ、一心にゼロスティンガーを見つめている。そして、ライムの放ったマシンガンシードがゼロスティンガーのボディに炸裂する。
これにより、勢いよくHPゲージが減少する。そう思われたのだが、事態は予想外の方向に動いた。
「そんな、そんなはずはない」
徹人が焦燥しているのも無理はない。攻撃が全弾命中したにも関わらず、HPゲージが数ドットしか減少していないのだ。
「ねえ、テト、どうなってんの。私の攻撃が全然通じてないよ」
「それは僕の方が知りたいよ。相手は障壁しか使ってないはず。あのカードにここまで防御力を上げる効果があるわけがないんだ」
狼狽しているテトとライムをよそに、ミスターSTは新たにスキルカードを選択し発動する。
「スキルカード強化」
テトが愛用している攻撃力上昇の基礎カード。普通に考えれば雷属性の技の威力を上げる電力の方が効果は上なのだが、わざわざこんな初歩的なカードを使うというのは解せなかった。
警戒する徹人を尻目に、ミスターSTは片手を上げる。それを合図に、ゼロスティンガーは両手のハサミを広げ、その合間にエネルギーを充填開始した。漏電した際に火花が弾ける音を響かせ、標的をライムへと定める。
並々ならぬ重圧に、テトはライムに回避を命令しようとする。だが、判断が遅れた隙を突き、ゼロスティンガーの攻撃準備が完了してしまう。
「ライジングレーザー」
落ち着いた声音で、ミスターSTは発射を宣告する。それとともに、ゼロスティンガーのハサミより、稲妻を纏ったレーザー光線が照射される。光速に近い速度で放たれるため、スキルカードの援助でもないと回避はほぼ不可能だ。そのうえ、威力もなかなかに高いため、機械系のモンスターの主力武器とされている一撃であった。
直撃を受けてしまったものの、テトは一縷の望みを抱いていた。防御力が高い耐久型のモンスターであれば、反面攻撃力が低めに設定してある場合が多い。いくら攻撃力を高めて最強クラスの技を使ったとしても、そこまで実害はないはずだ。
だが、そんなテトの儚い希望は無残に打ち砕かれることになる。レーザーが過ぎ去った後、残されたのは全身のあちこちに焦げ傷をつくったライム。真っ白なワンピースのあちこちに黒いすすがこびりついている。そして、目をつむったまま、ゆっくりとうつぶせに倒れ伏す。
「ライム」
叫びながらテトはライムの傍に駆け寄る。透過してしまうのをお構いなしに、その体を揺り動かそうとするが、全くもって反応がない。「ライム、ライム」と必死に呼びかけるも、一向に顔を上げる気配はなかった。
「どうやら見込み違いのようだな。勝負は私の勝ちだ」
勝利を宣言し、踵を返そうとするミスターST。だが、一歩目を踏み出した時にある違和感に気が付いた。
お互いに単体同士で戦っていたので、ライムが敗北したのであればそれで試合終了のはず。それならば、なぜゼロスティンガーの実体化が解除されない。
よもやという懸念を抱き、ミスターSTは向き直った。
「ちょっと、誰の勝ちですって」
それとともに、信じられない声を聞いた。それはテトも同様であった。
「勝手に私を殺さないでよね」
テトに肩を預けながらも立ち上がったのは、紛れもなくライムである。しかも、その憎まれ口も健在だった。
「ありえん。あの一撃で確実に葬ったはずなのに」
取り乱すミスターSTに、ライムは「チ、チ、チ」と指を振った。
「悪いけど、私のアビリティを発動させてもらったわ」
「おい、また九死に一生を使ったのか」
「九死に一生だと。そんなアビリティを持っていたなんて」
その証拠に、ライムのHPゲージは雀の涙ほどのドットが残されていた。HPを半分ほど残している相手と比べると絶望的状況であるが、それでも心理的に相手に与えたダメージは絶大だった。
首の皮一枚で繋がったわけであるが、テトが苦境に立たされているのは変わりなかった。相手の攻撃をまともにくらえば即死。ならば、相手に反撃を許す間もなく倒すしかない。だが、得意属性の技でさえも、僅かなダメージしか与えることはできない。まさに八方塞がりであった。
それに、テトにはある疑念が生じていた。相手は高い防御力と回復のアビリティを持っていることからして、耐久寄りのステータスのはず。それなのに、単調な攻撃技でライムを一撃死させかけたのだ。まさか、運営側がすべての能力値が高いというインチキモンスターを投入するとは考えにくい。そうなると、考えられる可能性は一つ。
「まさか、何らかのツールで能力値を上げているのか」
ランキングに上位に入るために、不正ツールであり得ない強さのモンスターを作り出す。ランク二桁台の中にはそんなプレイヤーが紛れていても不思議ではないとされており、目の前にいるミスターSTもその一人という可能性はなくはない。それに、まだ一般的に配信されていないモンスターを使っているのも妙だ。
そんなテトの憶測であるが、事実は当たらずも遠からずといったところだった。
モンスター紹介
ゼロスティンガー 雷属性
アビリティ 自己修復:毎ターン少しずつHPを回復する
技 ライジングレーザー シザーアーム
サソリを模した機械系のモンスター。チャンピオンシップ開催直前のゲーム内イベント「機械帝国の襲撃」でボスモンスターとして出現する。
HPは低めだが、非常に高い防御力を持っており、生半可な攻撃だとアビリティで回復されてジリ貧になってしまう。
余談であるが、このモンスターのモデルとなったのはレイスティンガー(爆走兄弟レッツ&ゴーで土方レイが使うミニ四駆)である。




