反撃の狼煙と遥の正体
前回は鬱展開でしたが、今回は重要な秘密が明かされます。
無情にも試合終了のブザーが鳴らされる。テトにとっては信じがたい光景だった。ライムが倒された。それもケビンに。
フィールドのホログラムが解除され、徹人は四つん這いとなり、頭を垂れた。いつもならライムが無邪気にじゃれあってくるはずであった。しかし、底なしに元気な声が聞こえない。
落胆する徹人とは対照的に、ケビンは不気味に肩を揺らす。
「フハハハ。ついに、ついにやったぞ。もはやライムには対抗する力は残されていまい。ついに私の手中に収める時が来たのだ」
「ふざけるな、あんな反則技を使っておいて。お前なんかにライムを渡してたまるか」
腹から絞り出すようにケビンへと刃向う。しかし、徹人の最後の闘志を奪うべく、最悪のカードが突きつけられた。
「スキルカード洗脳」
召還された脳みそから魔手が伸びる。為すすべなく頭を掴まれ、ライムは強制的に直立させられた。
「この野郎、ライムを返せ」
徹人は魔手へと飛びかかる。しかし、ホログラムで構成されているが故に、いくら手を伸ばそうと透過してしまう。ライムは虚ろな目をしたまま棒立ちしているばかりだった。
やがて、魔手が自然消滅すると、徹人はライムの肩をしかと握った。ライムもまたホログラムであり現実世界から干渉はできないのだが、それでも彼女の目を覚まさせようと体を揺らす。
すると、ライムが口を開く。表情を晴らす徹人であったが、紡がれたのは彼を奈落の底に突き落とす一言だった。
「気安く触るな、下賤なものよ」
口調といい言葉遣いといいライムとは似て非なるものであった。呆然とする主を置いてけぼりにし、ライムはケビンへと近寄っていく。そして、あろうことか彼の前でかしずいたのだ。
冗談だと思いたかった。ふざけてこんな真似をしているのだと。きっとすぐにあっけらかんと、「うっそでした~」と徹人にじゃれついてくるに違いない。
夢遊病者のごとく、徹人はライムへとふらふらと近づく。だが、陰険な眼光に射抜かれ、徹人は足を止める。彼女があんな邪な表情をするとは思いもよらなかった。
パムゥは空中浮遊すると、ゆったりと両腕を広げた。
「さあライムよ。我らが計画に必要な『奴ら』を捕獲してくるがいい」
空中に漂う四枚のカード。それらを託されたライムはまずノヴァへと歩み寄った。
「なんやあんさん。やる気かいな」
「スキルカード洗脳」
有無を言わさずスキルカードを発動する。虚を突かれたノヴァは魔手の餌食となってしまう。
束縛から逃れようと四苦八苦する彼女に視線が集まる。その隙にライムは一旦ネットの世界に退避。回線を通して観客席へと具現化した。出現した場所は日花里や真がいる辺りだ。
いきなりライムが目の前に現れ色めき立つ。だが、我関せずという態で二枚のカードを立て続けに発動させる。
「洗脳」
ライムの両肩のあたりに出現した脳みそから魔手が伸ばされる。迷うことなく掴んだのは朧とジオドラゴンだった。
よもや、ライムが味方に反旗を翻すなど、思いもよらなかった。パムゥの元へと帰還すると、彼女は指を鳴らす。その音が誘い水となり、吸い寄せられるようにノヴァたちが集結していく。パートナーたちは必至に呼び止めるが、彼女らの耳に一言たりとも届いていなかった。
そして、パムゥを先頭に五体の精鋭たちが並び立った。いずれもファイモンにおいて最強の実力を持つ者ばかりだ。
「これで手駒はそろった。いよいよ計画を実行に移す時。パムゥよ、彼の地へと赴くぞ」
「承知した。愚者どもよ、宴を盛り立ててくれ感謝している。我らが宿願を果たす時を指をくわえて見ているがいい」
パムゥが翼を広げるとともに、虚ろな表情のライムたちも浮かび上がる。徹人は天へと手を掲げるが、掴めるのは空気だけ。声を嗄らさんばかりの絶叫がいつまでもこだましているのだった。
舞台の上で呆然自失としている徹人。そんな彼の元に日花里たちが駆けつけた。
「大丈夫、徹人」
呼びかけるも返事はない。すっかりもぬけの殻となってしまったかのようだった。
「相手が何枚も上手だったわね。本気を出せないように仕向けたうえに、初見じゃ破るのがまず不可能な戦法で攻める。いくらライムでもあんなのは勝てっこないわよ」
綾瀬が慰めるも依然うなだれたままだった。口々に声をかけるが、彼の心の扉を開けるものはいなかった。
ここまで落胆するのも無理はない。ライムことネオスライムは徹人にとって唯一無二のパートナーである。彼のファイトモンスターズでの戦歴は、そのままライムと過ごした日々の記録と言い換えても過言ではない。もはや、どうにもならないのか。
誰しも諦めかけていたが、ふと真が彼の前で膝を折った。冷たい瞳で見下ろすが、徹人は依然うつむいたままだ。すると、いきなり襟をつかんで無理やり顔を上げさせた。
そして、呆けている彼の頬に、強烈な張り手をお見舞いしたのだ。雑踏で騒々しくなっている会場に、ひときわ大きく殴打音が響いた。
理不尽な暴力にうろたえていると、真は襟をつかんだまま何度も体を揺らす。
「うぬぼれてんじゃない。ケビンの被害に遭ってるのは私も同じ。私だって朧を奪われたんだから」
唐突に手を放され、徹人は尻もちをつく。いきなり女に手を出され、黙ったままでは男がすたる。なので、反論しようとするが、言葉は喉に詰まったまま発せられることはなかった。
なぜなら、真が瞳に大粒の涙を蓄積させていたからだ。つられるように、日花里も嗚咽を漏らす。二人の光景を目の当たりにし、徹人は思い知る。パートナーを奪われたのは自分だけではない。それどころか、この会場にいる同士全員がケビンの魔の手にかかっているといってもいい。
更に発破をかけるように、武藤が仁王立ちで立ちふさがった。
「俺を破ったのがこんな腑抜けだったとは、正直ガッカリだ。リベンジしたいどころだが、ノヴァがいなくては話にならん。お前のモンスターのせいでこうなったんだ。最後まで責任を果たしてもらおうか」
高圧的な態度にむしろ逆効果になるのではと懸念された。しかし、素直に引き下がるほど徹人は軟弱な男ではない。自らの力で立ち上がると、武藤へと拳を突きだした。
「いつまでも落ち込んでちゃライムに笑われるよな。ケビンなんかに好き勝手やらせて堪るか。ずっとあいつのターンなんて糞くらえだ。これからは僕たちのターンだぜ」
会場のあちらこちらから喝さいが沸き起こる。テト達ほどではないにせよ、多くのプレイヤーはケビンによって主力モンスターを再起不能にされるという被害を被っているのである。滅するべき悪に対抗する同盟体が結束された瞬間であった。
しかし、追跡しようにも全く手掛かりが残されていなかった。ネット上の埋蔵金なる謎の存在を追っていることは確かだが、都市伝説の域を出ないものを追い求めるなど、雲をつかむような話であった。ネット上の掲示板では早くもケビンの行き先を推測するスレッドが立っているようだが、有力な情報は上がってきていない。
「まさか、こんな事態になるなんてね」
途方に暮れていた徹人の元に、一人の少女が近寄ってきた。歩みごとに揺れるツインテールに相変わらず露出の高い格好。東北地方代表の遥である。
突然現れた謎の美少女に気さくに話しかけられたことで、日花里と真の冷たい視線を受ける。正体がハルカだと説明したことで、どうにか日花里の理解は得ることができた。
「本当なら大会が終わった後にゆっくりと話そうと思っていたんだけど、こうなってしまっては仕方がないわね」
「そういえば、僕に話があるって言ってたよな。それってライムに関係があることなのか」
「大ありよ。っていうか、もしかしたらこの状況を打開できるかもしれないわね」
「本当か」
勢い任せに肩を掴まれ、さすがに遥は顔をそむける。
この時点でも顎に手を当てて懐疑的な態度を取っていた真は、耐え切れなくなったのかつかつかと詰め寄ってきた。
「あなた、東北地方の代表らしいけど、徹人と馴れ馴れしすぎ。イチャイチャしたいだけなら後にして」
「失礼ね。そっち目的なら時と場所をわきまえるわよ。こんなところでイチャつくほど色ボケじゃないわ。まったく、ライムに関する重大な秘密を教えようと思ったのに。ついで言うなら、あなたがたのパートナー、朧やノヴァの秘密にもつながるかもしれないわね」
「ライムだけじゃなくて、朧とかの秘密も知っているって……。君は一体何者なんだ」
含みのある発言を連発され、徹人まで懐疑的な態度に陥る。まともな戦力を有していない今、敵対者だけはご免被りたい。
すると、遥は距離を取りにこりとほほ笑んだ。
「単刀直入に言うわ。私はライムを開発した男の姪。来るべき時が来たら、ライムの秘密を明かすよう叔父さんから頼まれていたの」
爆弾発言に、徹人は開いた口が塞がらなかった。どや顔をしている遥を、恐る恐る指差す。
「開発者の身内って、冗談で言ってるんじゃないよな」
「この一大事に大嘘言ってどうするのよ。せっかく助太刀しようと思ったのに」
頬を膨らませる遥に、徹人は両手を合わせて謝る。だが、武藤は腕を組んで目を細めていた。
「ライムの秘密を知っているなら、ダイナドラゴンの事件の際にとっとと明かしてもよかったじゃないか。こうなるまで隠匿していたとなると疑わしいな」
「ごもっともね。できれば、もっと早くに教えたかった。でも、ネット上でチャットをした場合、誰に傍受されるか分からない。念には念を入れて、リアルで会った時に直接伝えたかったの。全国大会はタイミングとして丁度良かったわ」
「とりあえず、今はどんなことでも情報があるに越したことはない。さっそく教えてくれないか」
「では……と、言いたいところだけど、ここでは場所が悪いわね。それに、話すにあたって、あなたたちにどうしても会って欲しい人物がいるし」
「会ってほしい人物?」
徹人がオウム返しをすると、遥は腰に手を当てた。
「ライムを開発した当人。羽生英世よ」




