ライム敗北!?
今回、なろう小説においてタブーとされる展開を実施しますので、ご容赦ください。
完全に視界を奪われて数秒。テトが最初に目にしたのは乱れた髪を直すライムであった。単独相手にぶつけた自爆よりは大人しいが、それでも彼女の周りの床がめくれあがっている。
一息ついたライムは、キャノン砲を支えにすると膝から崩れ落ちた。自爆の反動ダメージを耐えるのにもかなりの体力を消耗する。連戦していた彼女には相当な負担がかかっていたはずだ。
「悪いな、ライム。でも、あんなのを喰らったらパムゥといえどひとたまりもないはずだ」
「そうだね。さすがに疲れたよ」
拳をぶつけ合う両者。だが、風が完全に止んだ時、彼らは絶望を味わうこととなる。
地面に倒れ伏す対戦相手。ではなく、パムゥは涼しい顔で髪を揺らしていた。人形もまた相変わらず不気味に放浪している。強がりで立っているだけと思いたかったが、パムゥの体力ゲージが淡い希望を打ち砕いた。パムゥ、人形共にゲージは七割を残していたのだ。
「無傷というわけにはいかんかったか。もしや、今のが本気とは言うまいな」
挑発してくるパムゥに、テトは開いた口が塞がらなかった。歴代の強敵を一撃で葬り去ってきたライム最大の攻撃技自爆。それを以てしても体力値を半分も削ることができなかったのだ。
「くそ、いくらなんでも防御力が異常すぎるだろ。どんなカラクリを使ってるんだ」
「いきなりカラクリを疑うとは失礼だぞ、少年よ。まあ、秘密を教えてやらんでもないがな」
あっけらかんと不正を用いたことをほのめかすケビン。
「気を付けろ、テト、ライム。あいつらが言う秘密に俺たちもやられたんだ。自爆を防いだのも間違いなくそいつのせいだ」
ムドーが声を張り上げて助言を送る。彼の神眼と同等、下手したらそれ以上の秘技を有しているのは確定的だ。泰然と人形を差し向けるパムゥに、ライムともども及び腰になる他なかった。
人形は左右に高速移動しながら接近してくる。そして、軽快なフットワークを味方につけたジャブを繰り出してきた。防御するわけにはいかないライムはランダムキャノンを手放すと、必死に相手の動きを追った。身軽になったおかげでどうにか見切っている。だが、操られるがまま無尽蔵に攻撃してくる人形に対し、ライムは息が絶えつつあった。時折、拳を躱しきれずに体力が僅かに減少してしまっている。
テトはスキルカード「回復」で支援するが、肉体的疲労を癒せるわけではなかった。
「避けてばっかじゃ仕方ない。一か八か、もう一度大技を放って勝負をかけるぞ」
「でも、自爆なんてやったらそのまま倒れちゃうよ」
「自爆が駄目ならダークショットだ。相手の弱点を突いて少しでも威力を上げるんだ」
体を転がし、放棄したランダムキャノンを拾う。距離を詰められる前に、急いで漆黒の弾丸を込める。
反撃へと転じようとしているライムだが、パムゥは天へと人差し指を掲げた。
「悪いが、そなたらには攻撃する権利はない。冥途の土産に我が秘技を披露してやろう」
ライムが引き金を引いたのと、パムゥが指を鳴らしたのは同時だった。銃口の真正面に人形が位置していたこともあり、弾丸がクリーンヒットするはずであった。
しかし、人形の体力値は一向に減ることはない。それどころか、ライムが銃弾を発射した形跡すらなかった。
「そんな、不発かよ」
ランダムキャノンは四分の一で攻撃がミスする仕様になっている。スカを引いたと思い込み、今度はキャノン砲を介さずダークショットを撃つように指示する。
フリーとなっている左手の指先に灯る暗黒の光。しっかりと標準を人形へと定め、射的の要領で撃ち抜く。
今度も発射と同時にパムゥは指を鳴らしたのだが、会場内の面々は決定的瞬間を目撃する羽目になる。なぜなら、弾丸がライムの指から離れた途端に消滅したのだ。
相手が技を発動した形跡も、スキルカードを使った様子もない。単なる指パッチンで技を打ち消す。もはや手品としか表せない所業であった。
何かの間違いかと思い、テトは再度ダークショットを指示する。だが、発射の瞬間にまたもや指を鳴らされる。勢いよく飛空していたはずの弾丸は突如神隠しに遭って消滅してしまう。女神だけに神隠しとは言い得て妙だが、喰らった当人は冗談ではなかった。
「無効もなしに技を消すなんて、マジでどうやってんだ」
頭を抱えるテトを嘲笑うかのように、パムゥは翼を折りたたんだ。
「そろそろ種明かしをしてやるか。そなたら、『ずっと俺のターン』というネットスラングを知っておるかの」
「いや、知らない」
「え~知らないの。インセクター羽蛾をフルボッコにしたやつじゃん」
未知の作品の固有名詞を出されて余計混乱したテトだが、どうやら三十年以上前に放送されたカードゲームを題材にしたアニメのことらしい。
相手のライフポイントが尽きているにも関わらず攻撃を続けている場面が話題になったようだが、それが先ほどの謎現象とどう結びついているかよく分からなかった。
「ファイトモンスターズに限らず、テレビゲームやカードゲームには『ターン』という概念がある。我が攻撃したらターンは終了し、次はそなたらに攻撃権が移る。通常ならばその繰り返しで勝負が続く。ここまではよいな」
「そんな当たり前のこと、説明されなくても分かってる」
「だが、もしターンを掌握できるとしたらどうなるかな」
パムゥに代わってケビンが示唆する。その言葉でパムゥが働いた蛮行が垣間見えた気がした。
「まさかだが、ライムの攻撃ターンを強制的に終了し、技の発動を打ち消したとでもいうのか」
「物分かりがいいのう。その通りじゃ。我は自分自身、および相手のターンを自在に操ることができる」
「この技を習得するのは骨が折れたがね。なにせ、ゲームの対戦システムそのものを操っているに等しいからな。名づけてターン・コントロールとしておこうか」
半笑いでケビンはテト達に絶望を突きつけてきた。最悪の能力が露呈すると共に、傀儡人形の異常な強さも納得がいった。パムゥはオールアップを使用した際、ターン・コントロールも発動していたのだ。証拠はいつの間にか一枚減っていたケビンのスキルカードが物語っていた。
たった一度オールアップを使用しただけなのに、人形は相手を一撃必殺できるほどの攻撃力を得ていた。攻撃性能が低めのペルセポネを素体にしていてはあまりに不可解だ。だが、ターンを操作できるのであれば話は別である。
実は、知らずの間にパムゥのターンを水増しし、オールアップを複数回使用していたのだ。テトからすると一回だけしかオールアップを発動していないように見えて、実際は数倍もの効果がかかっていたことになる。
同時に複数体の人形にオールアップをかけるのも、ターン操作で短期間に技を連続発動させれば可能になる。そして、術者の能力値が下がるというデメリットをカバーできるのがスキルカード不変。対象のモンスターに生じている能力値変化をすべて打ち消してしまう。昨夜の場合はこのカードを挟むことで、無限にオールアップを唱えることができたのだ。
そして、この戦いにおいてもパムゥはこっそりと減少した能力値を元に戻している。もし、不変を使用していなかったら、人形ともども喰らった自爆で人形と同ダメージというのはありえないのだ。あの瞬間、本来の防御力を取り戻していたパムゥはターン操作でホーリーシールドを複数回発動。防御力が異常上昇している人形と同程度の耐久値を得ていたのである。
ムドーのような優れたプレイヤーでも、自分のターンを飛ばされて一方的に攻撃されたら勝てるわけがない。あまりに規格外の能力を目の当たりにし、テトの手からスキルカードがこぼれ落ちた。
「さて、余興はここまでにしておくかな。パムゥよ、とどめを刺すがいい」
そこから先は戦闘というよりも処刑であった。反撃の機会も許されず、一方的に人形から嬲られていく。テトはどうにか「無効」のスキルカードを割り込ませることができたが、そんなのは気休めにしかならなかった。無残に殴られ続ける相棒をただ見ているしかできないのである。
更に性悪なのは、サレンダーすら許されないということだった。サレンダーは攻撃コマンドの代わりに選択することで発動可能になる。自分のターンが回ってこないのでは、降伏すらも宣言できないのである。
苦し紛れに発動している九死に一生で耐えているが、限界が近づいているのは明白だった。そんなライムの調子を分かってか、パムゥは人形に攻撃を停止させる。ようやく暴行から解放され、地面に横たわるライム。そんな彼女が目撃したのは、天空に浮かぶ巨大な十字架であった。
「我らが手中に落ちるがいい、ライムよ」
ライムは悟っていた。九死に一生を発動するどころか、動く気力もない。諦観に満ちた彼女の瞼から涙がこぼれ落ちた。
「ごめんね、テト。私、ここまでみたい」
「嘘だろ。畜生、バブルショット、バブルショットで対抗してくれ」
テトの絶叫も虚しく、天空の十字架は強烈な光を放つ。
「ライム、ライムウウウウウウウウウウウウウウウウウウ‼」
テトの悲痛な叫びが会場内にこだました。こらえきれず、ケビンは哄笑を響かせる。十字架型のレーザー光線はライムを呑み込み、最後の頼みの綱となっていたライフゲージをも消し去った。




