パムゥゲーム開幕
ケビンの襲撃騒動から一夜明け、雲一つない清々しい朝を迎えた。外でスポーツをするのに絶好の日和だが、屋外とは別の場所で徹人は熱戦に挑もうとしていた。ファイモンチャンピオンシップ全国大会。全プレイヤーの頂点を決める試合がいよいよ始まろうとしているのだ。
騒ぎがあったせいか、徹人は目が冴えてなかなか寝付くことができなかった。朝日が昇る頃でも大あくびをしていたのだが、本番が近づくにつれ不思議と頭がはっきりしてきた。
「テト、調子はどう」
「緊張してるけど、問題ない。ライム、お前も緊張してるか」
「う~ん、私緊張なんて概念ないからな」
「久しぶりに聞いたな、その文句」
談笑を交わしたことで、胸のしこりがいささか和らいだ気がした。備え付けの時計を入念に確認し、徹人は会場へと足を運ぶのであった。
幕有メッセは既に人だかりができていた。地区大会と同じく、アニメの主題歌ライブなどの企画も用意されているため、とてつもない数の観客が集結しているのだ。まともに並べば入場まで一時間以上かかるだろうが、徹人には特別入場口という裏技がある。
「優先入場とかずるい」
殊更真に羨望の眼差しを向けられた。彼女が権利を獲得していてもおかしくなかったため、余計恨めしいのだろう。
「私たちとはここでお別れになるけど、妙な動きがあったらいつでも連絡して」
「分かった。じゃあ、いってくる」
観客席への列に並ぶ綾瀬たちに別れを告げ、徹人は優先入場口へと足を運ぶのであった。
選手控室として通された一室。本来であれば試合に出場する同志たちが待ち構えているはずであった。だが、先客はあまりにも意外な人物だった。
まず、明らかに子供ではない。下手したら徹人の二倍は生きていそうな男たちであった。しかも、どこかで見覚えがある。
「待っていたよ、伊集院徹人君」
その声を聞き、徹人は確信した。
「ミスターST。いや、田島悟さんですか」
「いかにも。娘のことといい、君には何かと世話になっているね」
ファイモンの神。チーフプロデューサーの田島悟である。アバターでは幾度となく対面しているが、リアルではほとんど接触したことはない。東海大会の際に目にしたぐらいだが、それでも顔を覚えているのはゲーム雑誌のインタビューで露見しているからだ。
全国大会まで勝ち抜いた選手へのサプライズとして控室で待ち構えていた。と、いうわけではなさそうだ。平生を装っているようで、表情には陰りが生じている。第一、試合開始まであまり余裕がないのに、参加選手が徹人しかいないというのがおかしい。もっと言うなら、主催者がこんなところで油を売っているという時点で異常を疑うべきだ。
徹人が身構えていると、田島悟と一緒にいた男、プログラマーの秋原が進み出た。
「君をどうこうしようというつもりはないから安心してください。むしろ、僕たちもまたしてやられた仲間というべきでしょうか」
「してやられたって、まさかケビンに」
「ああ。大会直前に悪質なウイルス付きのメールが送られてきてな。強制的に大会の運営システムを乗っ取られてしまったのだ」
さりげなくとんでもないことを白状する。聞けば、トーナメント表の管理や対戦システムのメンテナンスに関わるシステムにログインできなくなっており、大会を開催することすらおぼつかないという。
「異常事態を受け、君たちに大会の中止の連絡を入れようとした。だが、ユーザーへの個別メッセージ機能さえも制御不能になっていた」
その点は合点がいった。ケビンは特定ユーザーへのメッセージ機能をハイジャックし、大会出場者宛てに人形を送りつけていたのだろう。更に、田島悟宛てに「予定通り大会を開催しろ」と脅迫文を送信していたというから、嫌らしいほど用意周到である。
「まったく、パムゥゲームだなんてふざけたことを考えますよね」
「運営側にもメッセージが来ていたんですか」
「ああ。堂々と大会を乗っ取ると宣言してきた」
大会をジャックしようとしているのなら、運営側にも介入していると考えるのが自然だ。田島悟は拳を壁に叩き付けた。並の子供なら怖気づくほどの迫力があった。無論、徹人も例外ではなく、つい体をびくつかせてしまった。
「もうすぐ大会開始なのに他の選手がいないということは、もしかして軒並みケビンにやられたってことでしょうか」
「有り得るな。奴は出場者を選抜すると言っていたし」
口ぶりからすると、田島悟は昨夜の出来事を把握していないようだ。なので、ケビンが放った人形に襲われたことを教えると、渋面を強めた。
「君の話だと、下手をするとケビンに対抗できるのは君だけかもしれませんね」
「運営として、こんな願いをするのは情けないと思っている。だが、あえて言わせてくれ。この大会を救えるのは君だけだ。ケビンの野望を打ち破ってくれ」
「もちろんです。あいつの好きにはさせませんよ」
両肩に手を置かれた徹人は、力強く宣言する。時計の針は大会開始時間である十時を刺そうとしている。
騒動を知らない観客たちは最大の決戦を今か今かと待ちわびていた。そして、会場の照明が暗転し、いつものように司会のファイモンマスターが現れる。だが、噴煙と共に出現したのは最悪の人物だった。
「ごきげんよう、愚鈍なる者たちよ」
黒ずくめのスーツにサングラスを掛けた男。東海大会で好き勝手暴れた際のケビンのアバターだった。予想外の人物の登場に観客たちはざわめきたつ。追い打ちをかけるように、ケビンの隣に神々しい羽を広げた少女が降り立った。彼のパートナーのパムゥである。
「どうやら、この私がいきなり現れたので戸惑っているようだな。もしくは、運営側が仕掛けた演出だと思っているかもしれん。しかし、残念ながらこれは道楽ではない。全国大会は我が目的を達成するために掌握させてもらう」
「今ここに、パムゥゲームの開催を宣言するのじゃ」
パムゥは高々と両手を掲げたが、投げかけられたのはブーイングであった。さもありなん。日本最大級の大会が訳の分からない人物によって占拠されてしまっているのである。
次回はあいつも登場します。




