ライムVSドラゴフライヤー
チャンピオンシップ那谷戸地区予選も迫りつつある日の休日。徹人はテトとしてバトルフィールドに立っていた。相手はトンボのモンスターであるドラゴフライヤー。ライムさえも圧倒する素早さで攻撃を仕掛けてくる強敵だ。
相手はスキルカード「風力」で風属性の技の威力を上昇させ、スラッシュエアを発動させる。羽ばたきから生じる空気の刃がライムを襲う。
「テト、お願い」
「スキルカード強化」
対して、攻撃力を上昇させたライムは指先から炎を発生させる。幾たびの戦闘により、テトの攻撃命令のパターンは学習していた。相手が風属性の場合、九十七パーセントの確率で火属性攻撃であるヒートショットを選択する。今回も間違いではなく、テトは火の玉を見ても特に否定することはない。
スラッシュエアを迎撃するようにヒートショットが放たれる。正面衝突した二つの技であったが、軍配はヒートショットに上がった。自慢の技が打ち砕かれたことに動揺したか、ドラゴフライヤーは空中でうろたえている。
「そこだ、当たれ」
過たずして、ライムのヒートショットが命中し、ドラゴフライヤーの身体が燃え上がった。素早さの高いモンスターの性か、ドラゴフライヤーもまた防御力があまり高くない。おまけに弱点を突かれているため、HPゲージが気持ちのいいほどに削られていく。そして、ついには底をつき、ライムの勝利が確定した。
ホログラムフィールドが解除されると、一目散にライムはテトに抱き付いた。
「やったよ、テト。これで、えっと」
「六連勝だな。相変わらずとんでもない強さだな、お前は」
二重の意味であきれ顔をする徹人。ほおずりまでされても全く実感がないというのは未だに慣れることはなかった。
学校も休みということで、朝から徹人は全国対戦に興じていた。ライムにせがまれたというのもあるが、他にやることがないというのも事実だ。ネオスライムがライムに変化する前も、朝からファイトモンスターズで遊ぶことはそれほど珍しいことではなかった。大抵、母親に「ゲームばっかしてないで勉強しなさい」と叱責されて強制終了させられるのだが。
次の対戦者が見つかるまでの間、ライムは踊るようにベットの上で飛び跳ねていた。バトルしたばかりなのに、そんな戯れをする余裕があるのが羨ましい。ライム曰く「『疲れる』って概念がない」だそうだ。
「なあライム。どうやったら疲れないか教えてくれ」
「知らないわよ、そんなの。ググれば」
「ググっても出てこないから聞いてるんじゃないか」
「そうね。疲れないためには、お風呂の栓を抜くか、沢庵を作らないようにすればいいんじゃない」
「どうしてそこでお風呂と沢庵が出てくるんだ」
「どちらもつかれないでしょう」
「なぞかけしてんじゃねえよ。それに、漢字が違うから」
浸かれないと漬かれないでは全く参考にならない。
もはや日常茶飯事となったライムとの漫才を披露していると、対戦相手を発見したとのメッセージが表示された。気を取り直して、徹人はパソコンを操作し、相手の情報を確認する。
ミスターSTなる相手は、目元をパピヨンマスクで隠し、マントを羽織った紳士だった。そして、名前と共に表示されたランクに、パソコンを操作する手が止まる。
「全国ランク三十位だって。いきなりそんなのと当たるなんて」
ここのところ連勝が続いているが、元々ランク八万位だっただけに、現在は六千位止まりだ。全国対戦モードは基本的に自分と近いランクの者と対戦するように設定されているが、あえて高ランクのプレイヤーに挑んで一気に順位を上げるという裏技も存在している。プレイヤーランクは、バトル後に対戦結果によって得られるポイントの総数で決定され、自分よりもランクが高くなるほど、獲得ポイントは比例して高くなる。ただ、高ランクプレイヤーはモンスターの能力値を限界まで育てており、珍しいスキルカードを惜しげもなく使用してくるため、下剋上を果たすのは至難の業だ。
ライムが「もっと強いのと戦いたい」と言うので、なるべく高ランクの相手と当たるように設定して挑んでいたのだが、ここまで上位の相手は予想外であった。全国ランク数十位といえば、現実世界を捨ててゲームにのめり込む、いわゆる廃人プレイヤーではないかと噂される存在だ。ネオスライムを使っていた時に偶然全国五十七位の相手と戦ったことがある徹人だが、その際は一発も攻撃を当てられずに敗北した覚えがある。
とはいえ、ここまでの強敵に勝つことができれば、莫大なポイントが手に入る。もしかすると、千位を切ることも夢ではないかもしれない。
「相手はけっこう強そうね。どする、テト」
「正直、勝つ見込みは薄いだろうな。でも、やってみなくちゃ分からないだろ。やるか、ライム」
「そうこなくっちゃね」
徹人は意気込み、試合開始のボタンを選択する。部屋にフィールドホログラムが展開し、闘技場が形成される。テトのアバターとともに、ライムがいつものワンピース姿で一回転する。
「なるほど、そいつがライムか」
「こいつのことを知っているのか」
ライムが出現した途端、対戦相手のミスターSTよりチャットメッセージが届けられた。
「気にするな。ちょっと小耳に挟んだだけだ。さあ、始めよう」
もっと追及したかったのだが、徹人が口を開くより先にミスターSTはモンスターの召還を開始する。魔法陣が展開され、そこから出現したのはなんとも無機質な存在だった。
全体的にサソリを模しているようであるが、その脚はクレーンのアームのようであった。尻尾の先にはドリルが装着されており、両腕の先には巨大なハサミが備え付けられていた。
「サソリのロボットみたいなやつね。テト、知ってる」
「いや、知らない。最近配信されたモンスターかな」
「お察しの通り。こいつはゼロスティンガー。君たちがまだ知らないモンスターだよ」
いわくありげにそう紹介すると、ゼロスティンガーはハサミを振り上げて威嚇する。動作の度に機械音が鳴らされるので、正直やかましい。
互いのモンスターが対峙したところで、能力値補正により、ステータスが上昇する。テトとミスターSTは両者とも場に出ているモンスターのみで勝負するようだ。そして、スキルカードを選択し、いよいよバトルが開始される。
「見慣れぬモンスターだけど、あの見た目からして機械系だろう。それならば十中八九雷属性だ。ライム、土か自然の属性の攻撃を頼む」
「土の技ってあまり好きじゃないのよね。じゃあこれでいこっかな。マシンガンシード」
右手の指先が発光するや、そこから無数の弾丸が発射される。それは植物の種の形をしていた。その名の通り、植物系のモンスターが得意とする遠距離攻撃技である。
雷属性のモンスターは風と水の属性に強い一方、土と自然の属性に弱い。なので、この技が命中すれば大ダメージは必至だ。とはいえ、相手はランク三十位。簡単には攻撃を通してくれないはずだ。
徹人はそう警戒していたのだが、ミスターSTは特に指示を出すことはない。あっけなくマシンガンシードはゼロスティンガーの胸部に全弾命中する。それとともに、HPゲージが半分近く削られる。
「あら、そんなに強い相手じゃなさそうね」
「そ、そうだな」
呆気なく攻撃が通じてしまったことに、むしろ徹人は動揺していた。策があってのことか。それとも格下の相手に対するハンデか。
モンスター紹介
ドラゴフライヤー 風属性
アビリティ スナイパー:技が急所に当たりやすい
技 スラッシュエア
高い素早さを誇るトンボのモンスター。アビリティを活用して先制でクリティカルヒットを狙う戦法が主流。
スミロドスやギルシャークといった速攻型のモンスターが人気のためか、全国対戦での使用率は高い。




