ケビンからのプレゼント
改めてケビンからの伝言を話すと、お茶らけた雰囲気が一変し、一同は神妙な面持ちとなる。今更ではあるが、日花里たちにケビンからの通信は届いていない。受信していたら、ブラジャー丸出しで張り合うなんて馬鹿な真似をするはずがなかった。
「関東大会に乱入してきたことからして、ケビンとパムゥは本気でライムを奪いに来ているようね」
「しかも、全国大会まで乗っ取ろうだなんて。パムゥゲームなんてふざけたもの企画して。ドラゴンボールに出てきた人造人間のつもりかしら」
どうやらその人造人間も似たようなゲームを開催したらしく、元ネタはそれであろう。
明日の大会当日に仕掛けを施しているのは間違いない。だが、まず気になることは別にあった。
「ケビンはプレゼントを用意していると言った。ならば、このホテルを攻撃してくるかもしれない」
真の推測は尤もである。何を仕掛けているかは予想できないが、ろくでもないということは確かだ。
「あんたらの目的は大体分かったわ。私に先回りしてケビンが仕掛けたプレゼントを特定してほしいって言うんでしょ」
「話が早くて助かります」
「あっちからちょっかいを出してくるなら都合がいいわ。うまくいけば、あいつの尻尾を掴めるかもしれないし」
早速やる気になったのか、綾瀬はパソコンを操作する。ブラジャー騒動があったこともあり、ケビンの伝達から三十分を過ぎようとしていた。ファイモンのアクセス障害は解消されているようだが、未だ動きはない。選手を動揺させ、明日の試合を有利に進めるという心理作戦とも考えられた。だが、ケビンほどの食わせ者がそんなチンケな真似をするはずがない。
綾瀬がキーボードを叩く音だけが室内に響く。すると、彼女の顔がゆがんだ。高速で動いていた指がピタリと止まる。不穏な空気を醸し出され、一同に緊張が走る。
「まずいわ」
「まずいって、どうかしたんですか」
「やつが来る。ファイモンのサーバーを色々探ってたら不正なプログラムを察知したの」
そう言った直後だった。エラー音が響いたかと思うと、強制的にファイモンのバトルが開始される。対戦相手に指名されたのはもちろんテトだった。他の面々のアバターは観客席に移動させられる。
闘技場に引っ張り出されたテト。彼の前に徐々に対戦相手が現れる。ただ、そいつは異様な風貌をしていた。一言でいえば人形であった。人間と似たような恰好をしているのに生気が感じられない。そして、未見の相手というわけでもなかった。
「こいつは、傀儡人形か」
ケビンが多用しているスキルカード傀儡。モンスターの体力を犠牲に意のままに動かすことのできる人形を作りだし、相手を攻撃する。パムゥが仕向けたのなら、彼女自身がフィールドに出てきて然るべきだった。だが、挑んできたのは人形単独である。
「選手諸君、約束したプレゼントを届けに来たぞ」
どこからともなく響く少女の声。その正体はパムゥであった。
「我が名はパムゥ。先ほど通信したケビンの使いである。諸君らの前にいるのは我が分身。我らがふざけたことを言っているのではないという証明に、その人形と戦うとよい。さすれば、己の無力さに絶望するであろう」
人形は両腕を上げて唸っている。強制的にフィールドに引きずり込まれてもなお、あ~やんは逆探知を続けていた。それでも表情が晴れることはない。
「駄目だ。どこからアクセスしてきているのか見当がつかない。でも、その人形は明日の大会の出場者を察知して送られているってことだけは分かる。妙なウイルスが仕込まれているかもしれないけど、対処するなら順当にバトルして勝つしかなさそうよ」
「そういうことなら任せてよ」
ライムが腕を振りながらフィールドに降り立つ。目標を定めた人形はじわりと距離を詰めてきた。
先手必勝とばかりに、ライムはバブルショットをぶつける。のろのろと放浪する人形相手であれば、命中させるのは容易い。そう思われたのだが、予想外の俊敏さで弾丸を躱してしまう。すぐにまたのろまな動作に戻ったので、錯覚かと勘繰る。しかし、再度弾丸を放つも、これまたスカに終わってしまう。
唖然としているライムに人形は肉薄してくる。そして、間髪入れずにアッパーカットをお見舞いした。変哲のない直接攻撃のはずだが、体力は四分の一を減らされる。
「この人形、なかなかのやり手だぞ」
「私、前にパムゥが仕向けた人形と戦ったことあるけど、無限に体力を回復するなんてデタラメな技を使ってきたわ。きっとそいつも細工がしてあるはず」
「っていうか、傀儡のスキルカードで生み出している人形なら、まともに戦うことはないんじゃない」
シンの指摘を受け、テトは気が付く。スキルカード傀儡に対しては有効な手立てが確立されている。律儀に茶番に付き合う道理もなく、さっさと勝負を終わらせてしまおう。
「スキルカード対抗発動」
スキルカードの効力を打ち消すカード。これをぶつければ即座に人形を消滅させられるはずだ。
だが、カードからの光がぶち当たるが、人形は平気な顔をしている。テトが使用したカードは間違いなく発動成立したはずだ。何度もカードを見直すが、特におかしなところはない。
「くそ、どうなってんだ」
「おそらく、ケビンの仕業よ。対抗なんて明らかな弱点を放置しているはずがないもの。データを弄って無効化できるようになっているんだわ」
「そんなのインチキじゃん」
あ~やんの分析にアイが不平を述べる。やはり、あっさりと決めさせてはくれないようだ。
絶望に追い打ちをかけるように、人形の頭上にカードが浮かび上がる。力こぶが描かれておりテトも恒常的に使用するカード。攻撃力を上昇させる「強化」であった。
「あいつ、意図的にスキルカードまで使用するのか」
人形は腕の筋肉を隆起させ、両手に雷を宿らせる。そして、そのままライムへと殴り掛かってきた。なんとか急所は外したものの、完全には回避できなかった。そんな状況でも、体力値は半分以上削られてしまった。
「あの技はライムの弱点となる雷属性のサンダーパンチ。攻撃属性を自在に変更できるってか」
「しかも、すごい攻撃力だよ」
相手にろくにダメージを与えていないのに、既に窮地に追い込まれてしまっている。九死に一生に頼りたいが、ケビンのことである。相手のアビリティを無視するなど細工をしてある可能性が高い。なので、無碍に攻撃を受けるわけにはいかないのだ。
「ライム、まずはあいつの攻撃を回避するのに専念するんだ。そして、ここぞというタイミングで自爆による一撃必殺をお見舞いする。あいつに安全に勝つにはこうするしかない」
「どんな攻撃もよけるって、ノヴァちゃんのアレを試すんだね」
「こいつ相手にやるなんて癪だが、仕方ないだろう。どのみち、ムドーと戦うなら、アレを習得しないと話にならない」
ムドーとパムゥの無敗伝説を支える大技神眼。相手のいかなる技を回避してしまう。言葉で言うのは簡単だが、実現するには緻密な計算が必要となる。
モンスター紹介
傀儡人形
光属性
アビリティ なし
技 ファイアパンチ、サンダーパンチなど
パムゥがスキルカード「傀儡」により生み出した人形。
本来なら何ら特殊能力はないのだが、改造により特定のスキルカードを無効化したり、攻撃属性を変更できたりする。
更に、基礎ステータスも上昇させてあるため、余程の実力者でないと打ち勝つのは難しいだろう。




