決戦の地幕有メッセ
第5章真実編スタート。
忘れられがちですが、この物語は2035年の近未来という設定です。
厳しい冬を経て、草木が芽吹くうららかな春となった頃。全国のファイモンプレイヤーにとって憧れとなる大会が開催されようとしていた。ファイトモンスターズバトルシップ全国大会。文字通り、ファイモンの日本一を決定する大会である。
数か月に渡って開催された地区大会が終了し、各地区よりトップとなった八人が集結する。そのうちの一人、東海地区大会の優勝者徹人は今まさに那谷戸を旅立とうとしていた。
「みんな、忘れ物はない」
JR那谷戸駅。リニアモーターカーのホームで綾瀬が呼びかける。まるで引率の先生だと、徹人たちはげんなりとしていた。この日集結したのは大会に参加する徹人、応援に駆け付けた日花里、真、愛華、悠斗とレイドボスイベントの際と同様のメンバーだった。
本来であれば徹人の両親が付き添いに来るのが筋だが、仕事の都合でどうしても家を離れることができなかった。なので、東都への参戦も危ぶまれたが、大学生の綾瀬が引率を申し出たことでどうにか決行したのだ。綾瀬曰く、「どうせ私も行かなくちゃならないなら、ネズミ大国をダシにしてもよかったじゃない」である。
ゲームの大会に参加するということもあり、気分としては遠足と大差ない。なので、浮足立ってもおかしくないのだが、徹人たちの表情には陰りが生じていた。かつてない強敵と交戦することに対する恐れ。それもなくはない。なにせ、最強と評されているムドーが参戦しているのだ。だが、下手をしたら彼を上回る曲者が参加してきてしまっている。
徹人たちに戦慄を走らせた関東地区大会。この大会で圧倒的な実力を発揮し優勝したのはあろうことかパムゥであった。しかも、ケビンが表舞台に出ず、AIである彼女が単独で成し遂げてしまったのである。
「まさか、パムゥが参加してくるなんて思わなかった。ひょっとすると、ケビンの正体は私たちと同じ中学生?」
「どうだろ。あいつの目的ってネット上に隠されている埋蔵金だろ。僕たちと同じ中学生が真面目にそんなのを狙おうとするかな」
「っていうか、俺たちと同じ中学生なら堂々と参加してくりゃいいのに」
「多分、悪いことしたから、出てきたら逮捕されると思ったんじゃない」
「じゃあやっぱり大人なのかな。年齢すら分からないって、本当に食わせ者よね」
真、徹人、悠斗、愛華、日花里の順にケビンについて話し合う。その後も正体について口々に推測を述べるが、犯人像を特定するには至らなかった。結局出した結論としては、「ぶっ倒して白状するしかない」である。
そうこうしているうちに、東都行きの列車が到着する。白い流線型のボディに青のラインがまっすぐに入っている。那谷戸と東都の品山とをわずか四十分で結ぶ超特急だ。とはいえ、徹人たちにとってはそれが当たり前の感覚だった。むしろ、学校の授業で「昔は東都まで数時間かかった」と聞いて驚愕したぐらいである。
リニアモーターカーに乗り込み、他愛ない話をしている内に品山へと到着する。その後、山手線で東都に行き、都葉線に乗り換えれば、大会が開催される海浜幕有へと至る。途中の米浜でネズミが支配する夢の大国を通過し、女性陣が浮足立っていたが。
「これが全国大会の会場か」
宿泊施設へと向かう前に、大会が開催される幕有メッセを下見することにした。アーティストのライブの他、歴代のゲームやホビーの大会の会場にもなっていた。ついに明日、この大舞台で決戦が行われる。この時ばかりはケビンのことを忘れ、武者震いする徹人であった。
「実際に見てみると圧巻だな」
「あなた、参加しないのにシミジミしてるんじゃない」
「いいだろ、別に。こんな時でもなけりゃ、幕有メッセなんて行く機会ないからさ」
勝手に寛悦している悠斗に、真の辛辣なツッコミが炸裂する。ただ、悠斗の気持ちが分からないでもない。地方のプレイヤーにとって、全国大会が開催されるこの場所は半ば聖地となっていたのだ。
宿泊施設として用意されていたのは、海浜幕有駅近くのビジネスホテルだった。豪奢なホテルも存在しているが、さすがにそれを予約できる程ゲームネクストに金銭的余裕はない。
「まあ、大人の事情ってやつでしょ。ここでケチったお金を開発費に回したいってことなんじゃない」
と、ゲームネクストでバイト経験のある綾瀬が論じていた。規模はともかく、宿を用意してもらえるだけでめっけもんと思うべきだろう。
男性陣である徹人と悠斗で一部屋。その他女性陣でもう一部屋に泊まることとなった。徹人がベットに腰を下ろすや、待ちわびていたようにライムがパソコンを通して飛び出してきた。
「ようやく出られたよ。あれ? そぼろちゃんたちは」
「僕たちとは別の部屋だ。さすがに一緒に泊まるわけにはいかないだろ」
「え~つまんないな」
「悪かったな、男ばかりの部屋で」
「うぬ、全くだ」
年季の入った声が混じり、一同の視線が集中する。そこにはいつのまにかワイルドなおっさんが鎮座していた。不審者、ではなく、日花里の手持ちモンスタージオドラゴンが人化した姿である。
「ジオ、お前どうしてこんなところに居るんだ」
「うぬ、あっちの部屋で実体化し、開口一番こう言ったのだ。『なんだこのハーレムは』と。それだけなのに、いきなり追い出されてしまった。まったく、横暴ではないか」
「それはお前が悪いと思うぞ」
不服そうに腕を組むが、同情する者は皆無だった。
「せっかく遊びに来たんだからさ、予行練習やろうよ」
「構わぬが、本気の力は出せんぞ。主に頼まぬとサーペントは使えんからな」
「結局、日花里はサーペントをゲットしたんだ」
パムゥのせいではあるが、ジオドラゴンはサーペントと融合することによりダイナドラゴンになる力を得ている。これは日花里のジオドラゴンに特有の機能のようで、悠斗が持っているジオドラゴンで試してもエラーが出るだけだった。全国対戦に出場してくるモンスターのレベルからすると、ダイナドラゴンと手合せしたいところだが、それは難しそうである。
「仕方ないな。そんじゃ、俺とバトルするか」
「え~、相手になるかな」
「ライム、そりゃ失礼だろ。俺だって色々と修行してるんだからな。行け、ギガンダーにへドラゴン。グランバイパー」
「それって、私が決勝トーナメントで戦った相手の詰め合わせじゃん」
「う、うるさい。こんだけ豪華な面子なら勝てるかもしれないだろ」
苦笑しつつ、徹人は対戦モードを起動する。ホテルの一室がバトルフィールドへと変換され、ライムは準備体操をしながら登壇する。悠斗の一体目は巨大ロボのギガンダーであった。
「こいつは相手のアビリティを無効化する。しかも、ライムに有効な雷属性だ。九死に一生に頼ろうたって、そうはいかないぜ」
「もう予習済みなんだけど」
ライムの言葉を体現するように、ランダムキャノンと強化で威力を上げたマシンガンシードであっさり葬り去る。奇しくもゲンと戦った時にギガンダーを沈めたのと同じ方法であった。
その後も苦戦することなく残りモンスターを撃破し、徹人の勝利となった。練習になったかどうかは分からないが、とりあえず暇つぶしにはなったようだ。
何事もなく時は過ぎ、夜を迎えた。何事かがあるとすれば、性懲りもなく悠斗が戦闘を申し込んできたので、徹人が返り討ちにし続けたぐらいである。その数は十連勝にも及ぶ。
そして、十一戦目を迎えようとした時であった。対戦を開始しようとしたところ、エラーによりアクセスが拒否されてしまう。サーバーの不具合かと思い幾度か再対戦を試みるも、すぐに切断される始末だ。
「大会目前にしてエラーかよ。詫び石配られないかな」
悠斗がそう吐き捨てる。ライムはどうにか実体化できているようだが、バトルフィールドは崩壊し、元のホテルの一室へと戻ってしまった。
こんな時に頼りになる人物が丁度隣の部屋に泊まっている。さっそく綾瀬を呼びに行こうとしたところ、パソコンよりノイズ音が走った。ファイモンのホーム画面が一変し、全体がモザイクに覆われてしまっている。
しばらくして、画面に男の顔が映し出された。そいつを目にし、徹人たちは声を上げる。なぜなら、そいつはあまりにも見覚えがある顔だったからだ。
「ごきげんよう、愚鈍なる選手諸君」
「ケビン」
東都まで赴くきっかけとなった人物。諸悪の根源がパソコンをジャックし、まさに今顕現しているのだ。




