ムドーまさかの幕切れ
ライムが天を仰いでいると、気を取り直した朧がよろめきながらも近寄ってきた。敗北の汚泥を舐めさせられたせいかその表情は険しい。ライムが腰を上げようとすると、その動作を支えようとするかのように手が差し伸ばされた。
手を握り立ち上がると、彼女の前で朧が破顔していた。
「ったく、あたい達が必死に特訓してきた秘技をあっさりと破るなんて。癪だけど、完敗って認めるしかないな」
「いいや。テトがいなかったら、私もここまで戦えなかったよ。やっぱそぼろちゃんは強いね」
「あんた、この局面で名前を間違えるのはどうかと思うわよ」
呆れてなで肩になった朧であったが、すぐに笑みを浮かべる。つられるようにライムも笑顔を返した。熱戦を繰り広げた両選手の握手に、会場内からは割れんばかりの歓声が響いた。
互いのパートナーとも合流を果たしたところで、会場奥よりパピヨンマスクを身に着けた男が入場してくる。優勝者だけが挑める真の敵。と、いうわけではなく、正体はテト達がよく知る者であった。大会の主催者ミスターSTである。
「優勝おめでとう。テト君そして、ライム。大会の主催者として祝福させてもらうよ」
そう言って指を鳴らすと、無数の花びらが舞う。いきなりの手品に目を丸くしていたが、彼の手の中にはいつの間にかチケットが握られていた。
「地区大会優勝者に渡される特別チケット。春休みに東都で開催される全国大会への参加権だ。全国大会はその名の通り、日本全国から猛者が集まる最高峰の大会。厳しい戦いになるだろうが、力を尽くして頑張ってもらいたい」
ねぎらいの言葉と共に、テトたちにチケットが贈呈される。これにより、ケビンの手掛かりを得るため東都に行く口実ができた。そして、既に関西大会を勝ち抜いているムドーとノヴァとの直接対決の機会も得ることができたのである。
激戦を終え、控え室のフィールドに戻ろうとしたところ、そこには先客がいた。ライムの妹分であるミィム。そして、ライトとハルカであった。ゲームの大会には似つかわしくなく、葬式後のような沈痛さが漂っている。
ミィムがフィールドから脱出し、会場に到着したのは朧との戦闘が終盤となるところであった。彼女が最初に目撃したのは、朧が究極の太刀を披露したところである。こんな場面ではミィムが介入できる余地はなく、仕方なく控室で応援していたというわけだ。
その後、ライトとハルカが合流したが、彼女たちは浮かない表情をしていた。訳を聞いたミィムもまた衝撃を隠せずにいた。
「あ、徹人。お帰り」
テトが優勝したということで、ライトは明るく出迎える。ただ、どうしても無理をしているという感が否めなかった。
「見てたわよ。優勝おめでとう」
「ありがとう。これで、君とも全国大会で戦えるな」
「ええ。その時は私も本気で挑ませてもらうわ」
ハルカは東北大会の優勝者。当然、全国大会のトーナメントで対戦する可能性がある。とはいえ、まずははっきりとさせておかねばならない事項があった。
「それで、パムゥはどうなったんだ」
途端に、彼女たちは押し黙ってしまう。テト達が去った後に何事かがあったに違いない。
「あんたらだけで盛り上がってずるいぞ」
静寂な空気を打ち破るかのように、朧が来訪した。テトが遅刻してきた理由がどうにも気になり、こっそりテトの後をつけてきたのだ。パムゥ関連で話をするのならばシンと朧も招いた方が都合がいい。威勢よく入室してきた朧は感化されて表情を改めると、壁に背を預けるのだった。
「……なるほど。あたいらが知らない間にそんなことがあったとはな」
「それなら一層、相談してくれてもよかった」
「そしたら、シンたちまで助けに来ただろ。決勝戦は気兼ねなく戦いたかったから、あえて連絡しなかったんだよ」
「まあ、結果としてはライムと全力で戦えたから、とやかく言わないけどな」
大会開催直前からの出来事を話したところ、シンと朧は予想通りの反応をとった。決勝戦が悔いの残らない結果となったのが幸いではあった。ただ、一切相談がなかったというのがどうしても不服だったらしい。シンは終始不機嫌そうに腕を組んでいた。
「それで、僕たちがフィールドから去った後どうなったんだ」
一同の視線がライトとハルカに集中する。しばらく沈黙を続けていたが、意を決したのか重い口を開く。
「結論から言うと、パムゥは逃がしてしまったわ」
「確か、ノヴァとムドーが相手していたはずだろ。あいつらが負けたってことか」
「いえ。バトルには勝利した。でも、あと一歩のところで逃げられてしまったの。せっかく、ケビンの野望について問い詰めるチャンスだったのに、ごめんなさい」
「いや、気にすることじゃないよ」
「そうそう。みんなが無事ってだけでも万々歳だからさ」
パムゥと直接接触するチャンスを逃し責任を感じていた。故にこうも落胆することとなった。テトはそう推測するのだった。責任感が強いライトであれば、塞ぎこんでいても不思議ではない。
しかし、事実はテトに語ったこととは若干異なる。と、いうより決定的に違っている点が一つだけあった。話はライムと朧との試合がクライマックスを迎えたころにまで遡る。
テトと別れた後、ライトとハルカは爆炎が舞い上がる森の奥へと急いでいた。あちこち焼けただれた木々が転がっていることから、繰り広げられている戦闘の熾烈さが窺える。
「ムドーって全国一位のプレイヤーでしょ。だったら、パムゥといえど楽勝なんじゃないの」
「そうとは言い切れないわ。ルゥの話だと、軒並みならない力を感じたというし」
大会優勝者がお墨付きにしている以上、パムゥの実力は侮ることはできない。やがて、広範囲に焼き払われ、広場と化した一角に辿りついた。
そこでは丁度ノヴァとパムゥが睨みあっているところであった。彼の事だから、余裕で斜に構えているはず。
だが、ノヴァの着物はあちこちが破れてほつれており、地面に手をついて喘いでいる。対し、パムゥは空中浮遊したまま余裕の表情で卑下していた。冗談かと思ったが、ノヴァが演技をしていないことは体力ゲージも証明していた。それは、神眼を持つムドーたちにとってはあり得ない光景だった。
ノヴァの体力値は赤の危険水域にまで減らされていたのだ。
これまでほぼ無傷で歴戦を勝ち抜いてきた猛者。それがノヴァとムドーであったはずだ。だが、ノヴァの残り体力は風前の灯火となってしまっている。
絶望に追い打ちをかけるように、対戦相手のパムゥの体力値はほぼ全快だ。食物連鎖において頂点であったはずの己に、突如上位の相手が襲いかかった。パニックSFの冒頭の主人公のような仕打ちを受けているようだった。
「いいところで出会ったのう。これから、雛鳥に最後の制裁を加えようとしていたところじゃ。そなたらもじっくり見物するといい」
「まだ勝負は決まったわけやない。せやろ」
ノヴァは必至で訴える。しかし、ムドーはほぞをかんでいた。これまで築き上げてきた絶対的な自信。それが崩れ去ろうとしている。圧倒的なまでの雪辱に耐えるにはムドーはあまりにも幼すぎた。
「ヘヴンズ・ジャッジメント」
パムゥが片手を広げると、空中に巨大な十字架が出現する。神々しい光につい目を奪われてしまう。回避どころか、体を動かそうとする意思すら奪われてしまいそうだった。
半ば地面に磔にされているノヴァに、天空から十字架のレーザー光線が襲い来る。そして、かろうじて残されていたノヴァの体力値はゼロへと尽きた。この瞬間、ライトとハルカはまさかの瞬間を目撃してしまったのだ。絶対王者であったはずのムドーが敗北した。
さりげなく、本日で連載1周年を迎えました。
そして、第4章も次回で完結です。




