正気を取り戻せ! ライトVSダイナドラゴンその1
テトが去っていくや、ライトはミィムとともにダイナドラゴンへと対峙した。本来の主と離れ離れになっているミィムが不安な表情を浮かべているのは当たり前といえる。ライトもまた、本来のパートナーと戦うことにより緊張を隠せずにいた。
「無理言ってごめんね、ミィちゃん」
「う、うん。テトから任されたからね。やるからには頑張るよ」
ガッツポーズをとるが、その手は震えていた。そんな両者にお構いなく、ダイナドラゴンはあぎとを開いて突撃してきた。
強靭な爪を振るい、ミィムを切り裂こうとする。慌てふためいたものの、大きく飛び退ることで空振りさせた。凶撃の効果が発生したのか、ダイナドラゴンの体力が減少する。が、その後すぐに回復してしまった。
実は、パムゥがムドーに誘われて離脱する際、密かに「自動回復」のスキルカードを施していたのだ。これにより凶撃のデメリットを打ち消したのである。
「ずっと回避してればそのうち勝てると思ったのにな」
カラクリに気付いたミィムは不満を顕わにする。しかし、ライトにとってはさほど問題ではなかった。むしろ、攻撃時に一時的に体力が減るという特性は好都合であった。
「ジオ、いつまで暴れてるつもり。いい加減にしないとお仕置きするわよ」
強気に呼びかけてみるが、ダイナドラゴンは鼻息を鳴らして威嚇するばかりだ。元は父親の企みを遂行するために借り受けたモンスターである。ファイモンでバトルしたのも、ライムの本性を知って仕方なしといった部分が大きい。
しかし、実際にバトルしてみて、楽しいと思ったのは事実だった。そして、おっさんと化してしまったジオドラゴンをうざいと思いながらも、愛着を感じていたのもまた事実である。
だからこそ、パムゥの意のままに暴虐の限りを尽くしている相棒を目にするのはやるせなかった。もやもやした思いを払拭せんと、ミィムに「バブルショット」を指示する。放たれた気泡の弾丸はダイナドラゴンの腕へと命中する。が、与えたダメージは雀の涙であった。予想はしていたが、正攻法で打ち倒すのは至難を極めていた。
それどころか、ミィムの一撃がダイナドラゴンの逆鱗に触れてしまった。大きく息を吸い込むや、腹を膨らませる。挙動からして次に来る技は容易に予想ができた。
「気を付けて、ミィム。ガイアフォースを使ってくるわ。横っ飛びで避けるのよ」
避け方まで指示されたのに一瞬戸惑うが、素直に右手に跳躍する。数秒後、ダイナドラゴンの息吹がミィムの元いた場所を通過していった。
ミィムが安心するのも束の間。ダイナドラゴンは再び息を吸い込んでくる。
「今度はガイアブラスターね。十分に引き付けて、その場にしゃがんで」
またも下される具体的な指示に疑問を抱きながらも、ミィムは光線を待ち受ける。予測された通り、ダイナドラゴンは広範囲に広がる破壊光線を照射してきた。下手に動き回っても範囲外に逃れるのは困難。姿勢を低くすることで、唯一の死角となるダイナドラゴンの懐へともぐりこめるのだ。
立て続けに攻撃を躱されたことで、ダイナドラゴンは牽制の素振りを見せる。まぐれと思ったのか再度「ガイアフォース」を放つが、これもまた回避されてしまう。
一方、ミィムもまた無傷で済んでいることに安堵すると同時に、ライトのプレイイングを疑問視していた。ダイナドラゴンの猛攻がひと段落したところで、ライトの元へと帰還する。
「あのドラゴンさんの攻撃を予測できてるみたいだけど、カラクリでも使ってるの」
「特に仕掛けはないわ。強いて言うなら神眼の真似事ってところかしら」
「神眼ってムドーとノヴァが使ってたやつ」
目を丸くするミィムであったが、ライトは得意げに天を仰ぎ見るのだった。
事はテトと合流する少し前に遡る。パムゥが足止めに使った傀儡人形を撃破し、後を追う道中。無言で走り続けるムドーに付き従うだけのライトであったが、沈黙に耐え切れなくなり声をかけた。
「あのさ、気になることがあるんだけど」
「ムドーはんに質問か。ムドーはんは無駄なおしゃべりが嫌いやから、うちが代弁したるわ」
走りながらもノヴァが流暢に答える。完全に芸能人とマネージャー気取りだと呆れつつ、ライトは続けた。
「ムドー……さんが使っている神眼って技があるじゃない。あれってどうやって習得したの」
ダメ元というより、戯れでぶつけた疑問であった。相手の行動を数学的見地から予測し、いかなる攻撃をも避ける神業。ムドーとノヴァの戦略の要となるだけに、易々とノウハウを明かしてくれるとは思っていなかった。
が、ノヴァの反応はというと、
「知りたい言うんなら、教えたってもええで」
あっけらかんとしたものだった。
「教えたってもええって、そんなに簡単に身につくものなの」
「習得できるかどうかはあんさん次第や。でも、原理はそう難しいものやあらへん。せやろ、ムドーはん」
「ああ。相手の動きをよく見て、攻撃のタイミングを掴む。そして、初動から攻撃軌道を割り出し、ノヴァの現在位置と兼ね合い最適な回避行動を組み立て、それを指示する。それだけだ」
「口で言うのは簡単だけど、実行するのは難しいというのを覚えておいてね」
皮肉をぶつけたものの、ムドーは「そんなことも分からないのか」と冷たい視線を返すだけであった。
ノヴァはクスリと笑うと、人差し指を伸ばした。
「要するに、まずは相手の動きをよく観察するのが基本ってことやな。ほんで、相手との信頼関係が肝。せやろ」
「まあな」
「信頼関係ね」
「いくらムドーはんが完璧な計算をしようとも、うちが実行できへんと意味がない。この技を成功させられるかどうかは、いかに相手を信頼しとるかにかかっとるんや」
「そうなると、あなたとムドーさんって余程強い信頼関係があるってことなのね」
「ノヴァ、おしゃべりが過ぎるぞ」
一顧だにしないが、ムドーは赤面しているように思えた。おまけに、走る速度を上げたものだから、二人はついていくのに精いっぱいになった。
神眼を完璧に習得するには不十分であったが、要となる考え方は習得することができた。相手の動向を観察し、攻撃を予測する。未知の敵であったなら、すんなり実行することはできなかっただろう。だが、現在相対しているのはかつての相棒。テトとライムほど以心伝心している自信はない。それでも、彼の行動パターンは熟知しているつもりだ。
現に、ダイナドラゴンはまたもガイアフォースを使用してくるが、余裕をもって回避にあたらせることができた。テトからミィムを託されてからというもの、これまで一ダメージたりとも受けてはいない。
「あいつの思考ってけっこう単純だから読みやすいのかもね」
憎らしく唸るダイナドラゴンを前に、ライトは愛おしく呟く。
ただ、いつまでも回避していてはらちが明かない。手玉に取って回避し続けていれば、ダイナドラゴンはいずれ痺れを切らす。そう予測を立てていたところ、期待していた時が早くも訪れた。
「まずいよ、あの技は」
ミィムが警戒し、ダイナドラゴンと距離を置く。ダイナドラゴンはひときわ大きく咆哮した後、天高く光線弾を打ち上げたのだ。雲を貫く光の柱を形成し、暗雲を集結させる。ライトにとっては初見の技ではあるが、ガイアブラスターを超える秘技であることは察しがついた。
だからこそ、ライトはほくそ笑んだ。
「ミィちゃん、お願い。あの技を回避せずにどうにか耐えて」
「でも、三回も強い攻撃が来るんだよ。全部耐えられるかな」
「ちょっと無責任だけど、体力を少しだけ残してくれれば勝利を掴めそうなの。だからお願い」
無茶振りをしていると分かっていつつも、無邪気に両手を合わせる。ミィムは後ろ髪を掻くと、しぶしぶダイナドラゴンと対面する。
簡単に言うけど、神眼はそう簡単に習得できる技じゃありません。




