ライムVSグランバイパーその1
相手の動向を探るために、ライムはゆっくりと歩みを進める。すると、急に対戦相手より通信が入った。しかめ面をしつつ、通話に応じる。
「お見通しデスよ。あなたがパートナーなしで戦っているコトは」
絶句するライムだったが、当の相手はポーカーフェイスを貫いていた。ハッタリをかましたにしても、図星だけに動揺は隠しきれない。
一方、ドモン・レイはハッタリを仕掛けたわけではなかった。対戦開始時にライムの通信状況を把握し、パートナーであるテトが別行動をしていることを割り出したのだ。彼の作戦を遂行するにあたって、ライムが単独で戦っているのであれば余計都合がいい。
「まずは小手調べデス。ポイズンアタック」
猛毒の体液を牙に滴らせ、グランバイパーは噛みつき攻撃を繰り出す。迫り来る巨体にライムは即座に気を取り直す。命中すると毒状態に侵されるというのは予習済みだ。急襲してくる巨体を往なし、すれ違いざまに「バブルショット」を放つ。図体がでかいのが災いし、グランバイパーは反撃の一撃を受けてしまう。
「最初にダメージを与えたのはテト選手のライムだ」
「土属性に水属性は効果抜群。ドモン・レイ選手にとっては痛手だろうな」
とはいえ、減少した体力は二割。まだまだ余裕といった態でドモン・レイはスキルカードを取り出す。
「素直に毒状態にはさせてくれまセンね。ならば、このカードを使うまでデス。スキルカード『毒沼』。フィールドを毒沼に変化させマス」
やけに流暢な発音でスキルカードを発動させる。すると、闘技場フィールドが崩壊していき、代わりに薄気味悪い森の奥地が再構成される。それも、ただの森ではない。両選手を隔てるように広がっていたのは禍々しい紫色の沼地であった。
沼へと足を踏み入れたらたちまち毒に侵されそうだ。そうでなくとも、突っ立っているだけで体に悪そうな臭気が襲ってくる。
毒沼フィールドが発生している限り、毎ターンフィールドに存在しているモンスターに毒状態への状態異常判定が発生する。治療したとしてもすぐに毒状態にされることもあるので、フィールドを変更しないとずっと毒を喰らったまま戦い続ける羽目になる。
これだけでも厄介だが、対戦相手のアビリティがいやらしさに拍車をかけていた。毒にかかって最初のダメージ判定が訪れたが、やけに体力値の減りが大きいのだ。その秘密は、威圧的に舌をちらつかせている対戦相手が握っていた。
「アナタもご存じでショウ。グランバイパーのアビリティカオスベノム。毒状態になった時、受けるダメージが大きくなりマス」
相手もまた毒状態になっているのだが、被ダメージはライムの方が上。このまま何もせずにターンを経過させた場合、先に力尽きるのも、もちろんライムだ。
追い打ちをかけるようにドモン・レイはスキルカードを重ねる。
「スキルカード自動回復。これで毒ダメージはほぼ打ち消されマス」
「ふんだ。姑息なことされたとしても、先に倒しちゃえば問題ないもんね。バブルショット」
「力任せで来ることもお見通しデス。スキルカード障壁」
ライムはシャボンの弾丸を放つが、ドモン・レイは防御力を上げるスキルカードで対抗する。命中したものの、体力ゲージは一割強しか削れなかった。弱点を攻めているのに、思うようにダメージが入らない。元々防御力が高めのモンスターではあるが、更に防御力を鍛えているのは明らかであった。
相手が防御を固めてくるのであれば、それを上回る攻撃力で打破するしかない。ライムは負けじと二枚のスキルカードを発動する。
「エンチャントスキルカードランダムキャノン。そして、強化。攻撃力をアップさせてもらう」
「ドモン・レイ選手のグランバイパーが鉄壁の布陣を敷くのに対し、テト選手は正面突破を狙っているようだ」
「しかし、あの防御力。そう簡単には破れそうにないぞ」
ミスターSTは単に所見を述べただけではなく、懸念を含ませていた。開発者だからこそ分かるが、グランバイパーの耐久力は想定を超えていたのだ。ライムの「あの行動」を誘発しようとしているのであれば、当然仕込みをしているはず。ドモン・レイのアバターは無表情だが、現実世界のプレイヤーはさぞほくそ笑んでいるだろう。そんなことを予想して、ミスターSTはほぞを噛むのであった。
ランダムキャノンを装備したライムはバブルショットを連発する。相手に回避する意思はなく、高威力の弾丸が炸裂していく。とっくに瀕死になってもおかしくないはずなのに、体力ゲージは半分以上を残している。闇雲に放つも、鋼鉄を殴っているかの如く途方がないのだ。
毒のダメージも合わさり、ライムは疲弊から前屈みになる。逆に彼女の体力値の方が四分の一にまで差し掛かろうとしていた。スキルカード「回復」で持ち直すものの、気休めにしかならなかった。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、ドモン・レイは右手を広げる。
「グランバイパー、ミステリアスアイでトドメを刺してやりなサイ」
これまで不動だったグランバイパーが体をくねらせる。ただ、仕掛けたのは攻撃技ではない。ライムの目前にまで迫ると、黄色に染まった細目をこれでもかと見開いたのだ。怪しげな瞳孔を直視してしまい、ライムは全身を硬直させる。蛇に睨まれた蛙が動けなくなるという逸話は有名だが、今のライムはまさにそれであった。ただ見られているだけなのに、本能的な恐怖から身体が停止してしまう。
「テト選手のライム、毒に合わせて麻痺状態となってしまった」
「麻痺状態は一定確率で毎ターン行動不能となってしまう。毒プラス麻痺とは非常に厳しい状態に陥ってしまったな」
毎回行動できなくなるだけでも厄介だが、毒状態というのが拍車をかけていた。このままでは、攻撃できないまま一方的に毒ダメージで倒されかねないのだ。
ライムは残りの手持ちカードを確認する。その内の一枚は「快調」。状態異常を回復できるため、一ターンは確実に攻撃できるようになる。しかし、直後にミステリアスアイを使われたら元も子もなくなる。おまけに、毒沼を使われるのは想定外だったため、フィールド除去カードも有していない。
痺れる体に鞭打ちながらライムはランダムキャノンを構える。元々標準がつけにくいのだが、両腕が痙攣しているせいで余計に銃口がぶれてしまう。
ライムが射的に四苦八苦しているのを前に、ドモン・レイは最後の仕上げを施すことにした。取り出したのは変哲のないスキルカードであった。
「スキルカード硬化。更に防御力を上げマス」
「でもそれって回避率が下がるんだよね。狙いやすくしてくれてありがとさん」
グランバイパーの全身が鋼色に染まり、石像の如くその場に鎮座する。動く意思がない相手にライムのバブルショットが炸裂する。
弾丸は難なく命中したものの、減少したゲージはわずか一ドットだった。レベルが遥かに下の相手が攻撃したかのダメージ量。顔をしかめたライムはランダムキャノンを介さずにバブルショットを放つ。すると、またも雀の涙ほどしかゲージが減らなかった。数値として表すなら一ダメージというところだろう。
いくら防御力を上げるスキルカードを重ねがけしているとはいえ、あまりにもダメージが通らなさすぎる。不審がっているうちにも毒ダメージで体力は削られていく。既にライムの体力は危険水域にまで陥っていた。
「テト選手のライム、毒ダメージでノックアウトされるのも時間の問題。しかし、ドモン・レイ選手のグランバイパーは恐るべき防御力を発揮しているぞ。果たして突破できるのか」
「ちょっと待って。恐るべきってもんじゃないよ。明らかにおかしいでしょ」
実況にツッコミを入れたくなるほど理不尽な思いをしているライムである。彼女が不平を漏らしている通り、どう考えても防御力の値が不自然なのだ。
スキルカード紹介
毒沼
フィールドを毒沼にし、両モンスターに毎ターン毒の状態異常判定を発生させる。
例え毒を回復したとしても、すぐに毒に侵されることもあるため、フィールドを変更しない限り毒状態のまま戦い続けることになる。グランバイパーのように毒とシナジーのあるモンスターと組み合わされると非常に厄介。




