無敵の傀儡人形
逃亡を邪魔され、トリスは不平を訴えようと喚き散らそうとする。が、先んじてパムゥが片手で静止を促した。彼女もまたむかっ腹が立っているだろうが、浮かべている表情は平然としている。むしろ、この状況を歓迎しているとも捉えることができた。
「そなたもまたいずれ我が手中に収めてやる。だから、急くことはない。どうしても我とやりあいたいというのであれば、とっておきの相手を用意してやろう」
そう言うと、パムゥは一枚のカードを取り出した。遠目からでも既存製品とは違う禍々しい意匠というのが分かる。彼女の十八番である違法スキルカードだ。
「スキルカード傀儡発動」
カードより放たれた邪悪なオーラが地面へと蓄積する。それは渦巻くもやへと変質していき、徐々に人の形へと形成されていく。全身黒タイツを纏っているような、体毛も目も鼻も口もない人型。
スキルカード「傀儡」自体はごく普通に流通しているカードだ。複数体同時バトルが導入されたのに合わせ、最近配信開始されている。その効果は、自分の体力を分け与えることで分身体を形成し、同時にバトルに参加させるというもの。
通常でも厄介なカードであるが、パムゥが発動したのは違法改造されたものであった。何かしらの仕掛けがあるに違いない。
パムゥの傀儡人形は咆哮するや、ゾンビのように体を揺らしながら迫って来る。対し、ムドーは舞い踊るようにステップを踏む。その動作に合わせ、彼女の周囲に無数の火の玉が形成される。
「業火絢爛」
大きく一回転すると、火の玉は一斉に傀儡人形へと襲い掛かった。人形の動きは鈍重のため、面白いように炸裂していく。生半可な防御力では一撃必殺される程の威力を秘めている。まして、体力の一部を分け与えられただけの人形では爆砕されるのは必至だ。
もうもうと立ち込める煙に傀儡人形の姿が隠される。ただ、無残に崩壊しているのは間違いない。そんな確信を抱いていたムドーだったが、煙が晴れると同時に愕然とする羽目になった。
なんと、バラバラになるどころか元の姿を保っている。まさかの無傷というだけでも驚きだが、更なる異常事態までもが誘発されていた。一分足らず前までは単独であったはずの人形がいつの間にか二体に増えていたのだ。
パムゥが別の傀儡人形を召還したか。そう推測し、ムドーはヒートショットを指示し、先ほど業火絢爛を喰らわせた個体を追撃する。難なく命中し、同時に人形に隠されたカラクリが露呈することとなった。
火炎弾の勢いで人形は胸から真っ二つにされる。すると、切り離された部位が自然に修復されていったのだ。下半身を失った個体は足を取り戻し、その逆もまた然り。そして、都合三体の傀儡人形がお目見えすることとなった。
「どういうこと。傀儡人形が倒れることなく増えるなんて」
ライトもまた「傀儡」の効果は把握しているつもりだったが、攻撃されると増えるなんて機能はなかったはずだ。訳も分からず慄く両者に、パムゥは高笑いを浴びせかけた。
「これこそが我が改良を加えた傀儡の力じゃ。このカードには増殖の効果が付与してある。攻撃を受ける度に増殖が発動し、無限に手駒が増えるという寸法じゃ」
増殖もまた公式に配信されているカードであり、自己の増殖体を生み出して代わりに攻撃を受けさせる効果を持つ。正式な説明に則れば、「自分の体力を少し減らすことで敵の攻撃を完全防御する」となる。所詮は無効の下位互換であり、対戦で使われることは滅多にない。
ただ、傀儡と強制的に組わせることにより、攻撃を無効化した挙句、視覚的に分裂したように見せる人形を生み出すという厄介極まりない存在が出来上がる。三体の無敵人形を前に、ムドーたちは後ずさるばかりだ。
「その人形を倒せぬようでは、我と戦うなど片腹痛いのう。我が用事を済ませる間、そいつと遊んでいるがいい」
再度ワープを発動しようとしたので、ムドーはヒートショットで食い止めようとする。が、傀儡人形が身代わりになり、更に分裂体を増やしてしまう。ムドーが歯噛みしている間に、パムゥとトリスは完全に離脱してしまったのであった。
駆けだそうとするムドーの前に傀儡人形が立ちふさがる。パムゥの意思を汲んでいるのか、両腕を広げて通せん坊のポーズを取っている。
「どうする。倒そうとしても分裂する相手なんて、まともに戦っていてはキリがないわよ」
「癪だが、無視してさっさとパムゥを追った方が得策だろう」
無敵に近い相手とぶつかり、無駄に体力を浪費することもない。ムドーとしては不本意だが、選んだのは戦略的撤退であった。
しかし、脱出を開始しようとしたところ、ノヴァが焦燥しつつ首を振る。
「あかん、ムドーはん。こっから出られそうもない」
突拍子もない報告に、ムドーは眉を潜める。彼女がこの局面でふざけるような性格ではないことは重々承知している。どうやら、移動を開始しようとするとエラーが出てしまうらしい。
「もしやと思うんやけど、あの人形を倒さん限りここから出られへんというカラクリやあらしませんやろか」
「十分に考えられるな。ふざけたトラップを仕掛けやがって」
悪態をつくようにムドーは唾を吐き捨てる。相手に攻撃する意思がなさそうなことからも、目的はムドーたちの足止めに違いない。
倒すしかないと分かった以上、腹をくくるしかなかった。ムドーが片腕を掲げるのに合わせ、ノヴァは着物の裾を振り広げる。
「業火絢爛」
無数の火炎弾が生成され、三つの集団に分かれる。それぞれ別の人形に標的を定めている。威力は落ちるが、一度にすべての人形を破壊しようという算段だ。
ノヴァが腕を振り下ろすと、一気に火炎弾が発射された。三体の人形は一様に爆発に呑まれ、全身が粉砕されていく。傍目からすると完膚なきまでの破壊工作だ。
しかし、爆風が収まった後に残されていたのは六体の人形であった。やはり無駄であったか。それでもなお、ムドーはノヴァに攻撃を指示し続ける。火炎弾が被弾する度に人形は分裂して数を増やしていく。
「ちょっと、闇雲に技を使っても意味がないと思うわよ」
「いや、そうでもないかもしれん。攻撃を無効化するだけなら体力を減らすデメリットがない無効を使うべきだが、そうしなかったのはなぜか」
「な、なぜなのよ」
いきなり問題を出されライトは戸惑う。そんな彼女を一顧だにせず、ムドーは種明かしした。
「無効の場合、攻撃を防ぐことができるのは一度だけ。ところが、増殖を常備しているとなると、体力を減らし続ければいくらでも無効化できる。俺たちを長時間足止めしたければ、複数回防御できた方が都合がいいというわけだ」
「ところが、無限に防御できるわけやあらへん。あの人形に設定してある体力値を下回れば増殖を発動できひん。それを狙っとるわけやろ」
つまり、増殖が発動される際のデメリットである体力減少により人形を自滅させようという魂胆なのだ。既に二十体近く分裂しており、そろそろ底を尽いてもいいはずだ。
しかし、パムゥはムドーがこの突破口を利用するのを見越していた。なので、明白にはしていないが人形にあるスキルカードを仕組んでいたのだ。それは自動回復。攻撃無効のために体力を減らしたとしても、すぐさま回復してしまう。よって、ほぼ無限に攻撃が無効化されるのである。
よもや第三のカードが仕組まれているとは知らず、ムドーは我武者羅に攻撃を続ける。五十体程になったところで、ようやくノヴァに停止を促した。
「さすがにおかしい。パムゥめ、ウイルスの力により体力を底上げしているのか」
「でも、そろそろ倒せてもいいはずや。うちはそんなに軟弱やあらへんで」
憤ったものの、人形は意思なく蠢くばかりだ。一向に反撃の意思はない。
そう思われたのだが、不気味な咆哮をあげると、半数ほどの個体が急きょ跳び上がってきた。単純な殴打を仕掛けるつもりだろうが、集団リンチをまともに受けたのではただでは済まない。
神眼を発動させれば回避可能だが、億劫なのかムドーはスキルカードを取り出した。
「スキルカード無効。貴様らと同じ手を使わせてもらう」
カードからの閃光が盾となり、人形どもの猛攻を妨げる。一安心したものの、第二陣が屈伸運動を始めている。いくらムドーでも、五十体近い集団の連撃を躱し続けるのは至難の業であった。
情け容赦ないノヴァの猛攻に圧倒されっぱなしであったライト。自分も参戦したいところだが、このままではお荷物にしかならないのは分かり切っていた。かといって、お荷物で終わるというのも情けない話だ。
手持ちのイナバノカミで殴りかかってもムドーの二の舞になるだけ。ならば別の手段を試みる必要がある。あの人形は「傀儡」のスキルカードにより発生している。突破口を見出すならそこだ。
ふと、ライトは数日前の出来事を思い出した。大会に備え、最近配信されたモンスターやスキルカードの対策法をまとめたウェブページを閲覧していたのだ。その中には「傀儡」のカードの解説も含まれていた。複数体同時バトルを活かした強力カードではあるが、「スキルカードであるが故の致命的な弱点」が既に発見されていたのだ。もし、その方法が通じるのであれば、現状況は一気に打開できるはず。
意を決し、ライトは二枚のスキルカードを握りしめる。その手に汗が滲むが、思い切って大きく掲げた。
「ただ攻撃するのが無意味ならこうするまでよ。スキルカード発動対抗」
傀儡人形の正体はスキルカード。なので、相手が使ってきたスキルカードの効果を無力化する「対抗」をぶつければ存在そのものを消去することができる。
問題は最初にパムゥが召還した個体に対して使用しないと意味がないということだが、その点もライトはきちんと考慮していた。
「加えてスキルカード拡散。これですべての人形へ対抗の効果を適用させる」
二枚のカードが合わさり、光線がアーチ状に降り注いでいく。命中するとともに、傀儡人形は跡形もなく消滅する。派手な爆撃でも無事だったのが嘘のようだ。雨あられの如く降りかかる光線により、五十体近く存在していた人形があっという間に数体程にまで減少した。
そして残るは三体。身の危険を感じたのか光線から逃げ惑う。だが、スキルカードの効果は回避できないのが鉄則。光線に胸を射抜かれ、ついにすべての人形がフィールドから消え去ったのだ。
「意外やったな。まさか、あんな方法で倒せるやなんて考えもしまへんでしたわ」
力が抜けてへたり込むライトに、素直にノヴァが称賛の声をかけた。
「正体がスキルカードならば対抗を浴びせれば消せるか。頭に血が上っていてそんな単純な手を見逃すとは、俺もまだまだだな」
「まあ、あの人形たちを倒せたのだから結果オーライじゃない。これでここから脱出できるはずでしょ」
「せやな。移動命令のエラーが消えとる。ようやくパムゥを追うことができるで」
「ならばここに留まることもないな。さっさと奴を探しに行くぞ」
ムドーが音頭を取り、一同は移動を開始する。ただ、時間稼ぎを受けた上、パムゥの目的地も判明しない。が、道中でパムゥの手下がいればそいつを脅せばどうにかなるという暴力的な展望があった。実際、偶然に遭遇した蜂のモンスターに対して炎で威嚇したところ、すんなり案内役を申し出た。「やっていることが悪人っぽいわね」とライトはあきれ顔であったが。
目には目を、コンボにはコンボをという話でした。




