源太郎のリベンジその2
「ライムのアビリティに対抗するために、ガチャで手に入れたやつを急いで育てたんだが、そうは甘くなかったみたいだな。やはり、お前を倒せるのはこいつしかいないってことだ。来い、メガゴーレム」
再度魔法陣が出現し、ゲンの切り札となるモンスターが召還される。しかし、そいつはモンスターという単語を用いるのが憚られる存在だった。お世辞にも美麗とは言い難いが、ふくよかな体型に三つ編みにした髪を揺らしている。フンと鼻息を鳴らすと、どっかりと腰を落ち着かせた。
「ライムと同じく少女の姿をしたモンスターを出してきたぞ」
「データ上はメガゴーレムになっている。原因はよく分からんが、メガゴーレムが変化した存在だろうな」
半ば投げやりにミスターSTが解説を加える。開発者として、正規にプログラムされていないモンスターが跋扈しているのは面白くないのだ。
メガゴーレムと思われる少女はむすっとしたままライムを睨んでいる。実は、彼女とライムは初対面ではない。以前ゲームセンターを訪れた時に顔合わせしている。とはいえ、手合せをするのは今回が初めてであった。
「メガゴーレムのメガ子だ。本当なら元の姿のまま扱いたかったが、こうなっちまったから仕方ない。このままやらせてもらうぜ」
いつもの威嚇を披露するが、ライムはあまりにもダサいネーミングセンスに幻滅していた。ゴーレムから名前を取って「レム」とかならまだしも、直球すぎるにも程がある。相手のセンスにケチをつけたところでどうなるわけでもないが。
バトル開始とともにメガ子ことメガゴーレムはのっしのっしと接近してくる。そして、ぜい肉を蓄えた剛腕でライムへと殴り掛かった。メガゴーレムが得意とする土属性の技「岩石パンチ」である。俊敏な動きで躱すも、被弾した地面はひび割れてクレーターが生じてしまう。
「ゲン選手のメガゴーレム、フィールドを破壊するほどの恐ろしい攻撃力を発揮。属性相性ではライムの方が有利だが、一発でも攻撃を受ければ厳しいか」
「だが、ライムには攻撃を耐えるアビリティがある。それをどう攻略してくるかが見ものだな」
ミスターSTの解説通り、ライムにはいかなる攻撃を受けようとアビリティで防ぐ目算があった。しかし、ゲンがその対策を怠っているわけがなかった。
「メガ子のアビリティは屈強な体。いつもなら防御力を上げたうえで攻撃するところだが、今日は防御さえも捨てて攻めさせてもらうぜ。スキルカード『継承』発動」
「なんですって」
素で女言葉が出てしまったが、そんなのが些末な問題になるほどゲンが出したカードは衝撃的だった。
スキルカード継承。二体以上モンスターを出している時に発動が可能となる。他のモンスターのアビリティをコピーし、別のモンスターにも使えるようにする。よって、ギガンダーの原点突破がメガ子に適用されるのだが、その効果は恐ろしく強力であった。なにせ、相手のアビリティを無視して攻撃できるのだ。
「一気に行くぜ。ランチャーストーン」
メガ子が両手を掲げると、そこから岩石が発生する。それは彼女の二倍ほどもある代物で、全身を使わないと支えきれないぐらいだ。巨大岩石をぶつけるというシンプルな技だが、見かけに違わず威力は高い。アビリティでの防御を封じられている以上、ライムはまともに喰らうわけにはいかなかった。
テトが託したカードのうち一枚は「革命」。アビリティの発動を前提とした一枚だが、予想は裏切られてしまっている。ただ、革命コンボ一本槍とするのではなく、きちんと次なる戦法も用意されていた。
「スキルカード加速発動。いくら強い攻撃でも当たらなくては意味がない」
「しゃらくせえ。やれ、メガ子」
上半身をバネにして、メガ子は巨大岩石を発射する。フィールドの大部分を影が覆う。だが、ライムは間隙目指し、一目散に駆けぬいた。
巨大岩石が着地と共に粉砕される。あのまま留まっていれば、押しつぶされた挙句、砕片のあられに晒されていただろう。咄嗟に範囲外に逃れたことでノーダメージで済んだ。
「素早さを上げて、とことん回避するつもりか。ならばこうするまでよ」
メガ子は再度巨大岩石を発生させる。バカの一つ覚えのように連発するつもりか。否、そこまで単純な戦法を繰り出す程ゲンは落ちぶれてはいない。岩石を少し浮かび上がらせるや、底辺に向けて岩石パンチを繰り出した。
パンチの衝撃が瞬く間に岩石全体へと伝わる。細々とした亀裂が走り、破砕音とともに細かな破片へと分裂した。それらは雨あられのごとく、フィールド全体へと降り注ぐ。
「ゲン選手、ランチャーストーンを粉砕し、超広範囲攻撃へと昇華させた」
「いくら素早さを上げていても、これをすべて回避するのは至難の業だな」
至難どころか、ムドーの神眼でも使わない限り無理な相談であった。同じく広範囲をカバーできる土属性の技にレインストーンがあるが、それ以上に効果範囲が広がっていたのだ。
うろたえたとしても仕方ない状況ではあるが、ライムは冷静沈着であった。降り注がんとする岩石をじっと観察している。彼女の頭の中では超高速で計算が施されていた。落下してくる岩石の軌道および速度を把握し、回避するための最適解のルートを算出する。やろうとしていることはムドーの神眼とほぼ同じであった。
落下開始とともに、ライムは想定通りの一歩を踏み出そうとする。だが、いきなり足首に巻き付いた鎖により出鼻を挫かれることとなった。ゲンの手元にはカードが光り輝いている。
「全弾回避するつもりだろうが、そうはいかないぜ。スキルカード拘束発動。回避率を大幅に下げる」
足かせのせいで初動が遅れる。よって、組み立ててきた計算が一気に瓦解してしまう。もはや全弾回避など不可能。それどころか、足首を拘束されているせいで全弾ヒットという悪夢さえ有り得る。
九死に一生が当てにならない以上、一発でも技を受けるわけにはいかない。ライムはすぐさま手持ちのスキルカードを取り出す。
「スキルカード対抗。拘束の効果を解除する」
ライムが放ったカードから光線が放たれ、足首を捕えている鎖に命中する。途端、鎖が破壊され、粒子へと還元されていく。
「そんなことさせねえぜ。スキルカード対抗。お前の対抗の効果を打ち消す」
破壊されかけていた鎖が元通りになり、再びライムの足もとを絡めとってしまう。対抗を対抗で打ち消す。奇しくも、過去にテトとゲンが勝負した時に披露された展開だ。
互いにスキルカードを消費しきっているため、状況を大きく覆すのは望むべくもない。このままだと岩石のあられに晒され、確実にノックアウト。まさかの一回戦敗北を喫してしまう。いくらテトの助力がなかったとはいえ、そんな情けない結果を報告するわけにはいかない。
意を決したライムはランダムキャノンの標的を上空へと定める。勝ち誇って不敵な笑みを浮かべていたゲンの表情が曇る。そして、華奢な身に迫る岩石へと向けて、水泡の弾丸を解き放ったのだ。
弾丸に撃ちぬかれ、岩石は粉々に砕け散る。ライムにはその残骸が降り注ぐのみだ。もちろん、一撃だけですべての岩石を破砕できるわけがない。何発かは直撃を受けたが、全弾命中による致命傷は免れた。
「テト選手、まさかの奇襲。ランチャーストーンを更に粉砕することによって防御したぞ」
「くそ、そんな手を使ってくるとは」
ゲンが悔しがるのも当然だった。大ダメージを与えたとはいえ、ライムの体力は残り三パーセント程で留まっていたのだ。
恨みがましく唸っていたゲンだったが、すぐに下卑た笑みを取り戻す。なぜなら、ライムの体力は風前の灯なのだ。素の耐久力が高いメガ子であれば、ランダムキャノンのクリティカルでさえ余裕で受け止められる。そして、返しのターンでトドメという算段だ。
しかし、その作戦は瓦解することとなった。キャノン砲をどうにか抱えながら、ライムは一枚のスキルカードを発動した。その途端、傷だらけだったライムの身体が瞬く間に治癒されていく。反して、メガ子は苦悶の表情を浮かべ、前屈みで喘いでいる。瀕死という窮地から一気に抜け出すテトの切り札。それが遺憾なく発揮されているのである。
「スキルカード革命発動。その効果は分かるよね」
「俺としたことが。そいつの存在を忘れてたぜ」
体力を逆転されたら対抗手段が潰えたも同然だった。もはや、反撃を甘んじるしかない。諦観したゲンに止めを刺すように、ライムはランダムキャノンを発射したのであった。
勝利を告げるブザーを耳にし、ライムはキャノン砲を下ろす。額に伝う汗を腕で拭った。どうにか一回戦を突破できたが前途多難であった。いつもはテトに作戦を任せているのだが、今大会に限っては自分で判断を下さないといけないのだ。早い所合流を果たさないと、勝ち残っていくのは難しい。
渋面を作っているとゲンが恨めしそうに近寄ってきた。
「確実に勝てると思ったが、まだまだだったか。徹人、今回は負けにしといてやるが、お前を倒すのはこの俺だからな。次こそ覚悟しておけよ」
そして、例の威嚇を披露し退場していく。どうやら、捨てセリフを吐きに来ただけのようだ。あらぬ因縁をつけられるのではと危惧していたライムはほっと胸をなでおろすのだった。
メガ子はしゃべれないのではなく、極端に無口なだけです。




