ミィムVSジェリー
テトが作戦を練っている間に、ジェリーが髪の毛の触手をうねらせながら伸ばしてきた。
「まずい、ライムよけろ」
指示を飛ばすが、ミィムはきょとんと首をかしげている。が、すぐさま自分のことだと認識し、逃走を図ろうとする。しかし、もたついていたことが災いし、触手に足を絡めとられてしまった。自分がライムのふりをしていると自覚しきれていなかったことによる失敗であった。
触手は脚のみならず、腕や首にも絡みついて来る。ミィムの身動きがとれない間に、着実に体力が減らされていく。ジェリーが使用しているのは「からみつく」という攻撃技だ。威力は低いが相手の動きを封じた上、数ターンダメージが続く。
頭に触手を生やしている以上、この技で攻撃してくることは容易に予想できる。なので、きちんと対応策を用意しておいた。
「スキルカード回転。数ターン効果が継続する技を無効にする」
スキルカードが発動されるや、ミィムは強制的に高速回転させられる。その勢いに耐えられなかったのか、触手は次々にはじけ飛ばされてしまった。用途がピンポイントすぎるために普段あまり使うことがないカードであったが、用心してデッキに入れておいて正解だった。
「え~ん、眼が回ったよ」
捕縛から逃れたものの、酩酊しているかのようにミィムは千鳥足になる。
「しっかりしてくれ。バブルショットで反撃だ」
ふらついたまま、でたらめな方向に気泡の弾丸を放つ。
「私の触手から逃れたのは見事だったけど、攻撃はてんで駄目ね。どこを狙っているのかしら」
ジェリーは手を頬に当てて嘲る。テト自身でさえ、この一撃はスカだと落胆していた。気泡の弾丸は風に乗り、自由気ままに漂うばかりだったのだ。
しかし、テトもまだ自覚していなかったのだが、ミィムにはある切り札があった。ファイトモンスターズのステータスに「運」という要素は存在しないが、もし表記されていたとしたら、ミィムのそれは恐るべき数値になっていただろう。
なにせ、気流に乗せられ、空中浮遊していた弾丸が突如破裂したのだ。それも、ジェリーの後頭部で。
「あれ、当たっちゃったよ」
予想外の不意打ちに、発射した当人でさえ驚嘆していた。減少した体力こそ大したことはなかったが、精神的な被害は殊の外大きい。
「なるほど、私と同じくゲームシステムに介入できる能力を持っているってわけか」
「いや、偶然だと思うぞ」
恨めしく唸るジェリーに対し、テトは冷静に言い放つ。ライムでさえ、技の軌道を変更するなんて高度な偽装はできない。技を放った当人は有頂天になっているようだが。
体力値の差としてはミィムが不利だが、それでも半分以上は確保できており、まだまだ逆転は可能だ。しかし、先の一発でジェリーの闘志に火をつけてしまったのがまずかった。
「さすがはライムというわけね。ならば、私の本気を見せてあげるわ」
触手を逆立てると同時に、両手を広げる。再び拘束攻撃が来るかと、ミィムは身構える。しかし、次の瞬間ジェリーの全身が発光した。
そして、軟体生物の如く、両手両足がグニャリと曲がり、人間としての体型が崩壊していく。粘土細工のようにこねくり回され、透明な巨大球体へと変化する。受精卵から人間への成長を逆再生しているかのような変貌ぶりであった。
球体のまましばらく留まった後、二本の巨大なハサミが出現する。カニが持つそれのようでありながら、機械仕掛けのような武骨さも持ち合わせている。クレーンアームのような多脚に先端にドリルがついた尻尾を備え、明らかに人工的な眼光が顔面に宿る。
そのモンスター自体は既知であったが、この場に出現するのは極めて不自然であった。なにせ、この現象を説明するのであれば、こうするしかないのだ。「ジェリーが変身してゼロスティンガーになった」と。
「お前も変身の技を使えるのか。しかも、ゼロスティンガーなんて僕は使っていないぞ」
「驚くのも無理はないわね。通常ではありえないモンスターに変身できる。これこそが私の能力よ」
変身は基本的にバトルフィールドに存在しているモンスターしか対象にすることができない。ライムの使う変身はそれ以外のいかなるモンスターをも対象にすることができるが、ジェリーもまた同様の変身能力を披露していた。
この離れ業を目前にし、テトはジェリーの正体について一つの仮説を打ち立てた。ネオスライム以外に「変身」の技を使える水属性のモンスター。加えて、「ジェリー」という名前。
「そうか、お前の正体はフラジェリーだな」
「ご明察。まあ、正体がばれたところでどうということはないわ」
クラゲをモチーフとした不定形水属性モンスターフラジェリー。変身できること以外は平凡な能力値のモンスターで、ウイルス能力を持たなければ警戒するような相手ではない。しかし、いかなるモンスターにも変身できるのであれば話は別だ。
ゼロスティンガーと化したジェリーは両腕に装着されているハサミを広げる。そこにエネルギー弾が充填されていく。身の危険を感じ、ミィムは体を伏せるが、この技の前では悪手であった。
「ライジングレーザー」
機械系のモンスターしか使用することのできない雷属性のレーザー光線。エネルギーの照射に晒され、ミィムの体力が四十パーセント程にまで減少してしまう。
しかも、ゼロスティンガーのアビリティによりジェリーの体力が自動回復する。このままぶつかっても分が悪い相手だが、追撃の手を緩めることはない。
ジェリーは更に変身を発動させ、巨大なカマキリのモンスターへと変貌する。そして、起き上がろうとしているミィムにカマでの切り裂き攻撃を仕掛けた。これによりミィムの体力は三パーセントとなってしまう。
「ディアマンテのガイアスラッシュ。あくまでも弱点を突いて来るつもりか」
ディアマンテは攻撃力が高く、乱数によっては先ほどの一撃でノックアウトも有り得えた。むしろ、低乱数を引き当てて生き残ったのが奇跡であろう。
テトの手持ちには属性を変化させる「炎化」が控えているが、矢継ぎ早に変身されては意味がない。属性を変更したところですぐに上書きされてしまうからだ。
窮地ではあるが、テトの持つあのカードの発動条件には合致していた。
「スキルカード『革命』。お互いのモンスターの体力を逆転させる」
カード効果によりミィムの体力はほぼ全快になった一方、ジェリーはわずかな体力しか残されていない。阿吽の呼吸で合図し、ミィムはバブルショットを発射しようとする。ディアマンテのままなら相性は悪いが、残り数パーセントの体力を削るくらいは容易だ。
しかし、ジェリーはまたもや変身を繰り出す。今度はテントウムシのコスプレをした少女だ。彼女がウィンクをするや、ミィムは垂涎してしまう。そのせいで手元が狂い、バブルショットは見当はずれの方向に撃ちだされる。
「今度はレディバグ。しかもアビリティのフェロモンか」
綾瀬の手持ちであるレディバグ。仲間内のモンスターのため実力の程は把握していたが、それ故にこの局面で出されると厄介だった。更に、ジェリーは小型の妖精モンスターへと変化し、自分自身に光の粒子を浴びせる。すると、ごくわずかだった体力が半分以上にまで回復してしまう。愛華も愛用しているピクシーのヒーリングであった。
スキルカードにより大幅減少させた体力を戻され、戦況はほぼ五分といったところ。ただ、自在に変身できるジェリーの方が有利だ。全モンスターを駆使して戦っているのであれば、弱点がないにも等しい。
それでも、テトは一縷の望みをかけていた。水属性のミィムに対し、ジェリーはゼロスティンガーとディアマンテという得意属性のモンスターに変身してきた。もし、こちらの弱点を突けるようなモンスターに変身するというアルゴリズムがあるとすれば。
「ミィム、お前も変身を使えるよな」
「もちろんだよ。あのクラゲのお姉さんに変身するの」
「いや、違う。変身するのはハルカが持つライガオウだ」
バトルには参加していないが、ミィムが先ほどのライムとライガオウとのバトルを観戦していたなら、その形質は記憶しているはず。うまく再現してくれるかは賭けであった。
難色を示していたミィムであったが、四足歩行モンスターになる前触れか両手を地面について四つん這いになる。すると、全身の体毛が無造作に伸びはじめ、顔つきが獣のそれへと変貌する。二倍ほどの体躯へと成長し、奮起するように細長い尻尾を振り回した。雄々しく吼えるその様は、百獣の王ライガオウそのものであった。
テトはガッツポーズをするや、すぐさま「サンダーファング」での噛みつきを指示する。実のところ、この後の展開は博打であった。こちらが雷属性のモンスターに変身するなら、相手が変化する可能性がある属性は二つ。その内、あの属性のモンスターになってくれれば作戦成功となる。
「私が元は水属性だからライガオウを選択したんでしょうけれども、読みが甘いわね」
ピクシーの姿のまま、ジェリーは大手を広げる。すると、全身が巨大化し、テトの顔面へと影を落とす。全身をくまなく岩石で覆い、眼や口と思われる空洞が顔面に穿かれている。土属性のモンスターメガゴーレムだ。
雷属性で挑むには最悪の相手だが、テトは「よっしゃ」と歓喜の声をあげた。不思議がるジェリーをよそに、怒涛の襲撃を仕掛ける。
「ミィム、変身を解除してバブルショットだ」
「まさか、ライガオウはフェイクなの」
「それだけじゃないぜ。スキルカード強化、水力。更にエンチャントスキルカードランダムキャノン」
噛みつきのために跳び上がっていたミィムは空中で元の少女の姿に戻る。そして、テトが発動したカードの効果を受け、巨大なキャノン砲を装備する。バブルショットの発射準備が完了する頃には、十分すぎるほどジェリーと距離を詰めていた。間合いからして、普通のパンチでも余裕で当てられるほどだ。
射撃をするには近すぎる距離で、極限まで強化された水泡の弾丸が発射される。意表を突かれたのが災いし、ジェリーは変身の解除が間に合わなかった。結果、メガゴーレムの土属性が適用されてしまい、相性効果で通常以上のダメージを受けてしまう。
いくらメガゴーレムのアビリティで攻撃を軽減できるとはいえ、ミィムの放った弾丸の威力は現在の体力値を凌駕していた。変身が解除され、元の少女の姿に戻ったジェリーは膝から崩れ落ちた。
しばらく過呼吸になっていたジェリーだが、やがて頭部の触手を支えにして立ち上がる。奇襲に備えてミィムとともに身構えるテトであったが、ジェリーは立っているのがやっとのようであった。
「あんな方法で攻めてくるなんて。さすがはライムといったところね」
「正直、博打だったけどな。雷属性のライガオウに変身すれば、お前は弱点が突ける自然属性か土属性のどちらかに変身するはず。自然属性になられたらどうしようもなかったけど、そうじゃなくて助かったぜ」
「運も味方のうちってね」
ミィムがウィンクを施すと、ジェリーは触手の支えを解いて腕を組む。
「負けたのなら仕方ないわね。ケビンの元へ案内してあげるわ」
いきなり有力な手がかりを得て、テトはミィムとハイタッチをする。幸先のいいスタートではあるが、東海大会の方も滞りなく進んでいる。未だ予断を許さない状況が続いていた。
モンスター紹介
フラジェリー 水属性
アビリティ 浮遊:土属性の技が当たりにくくなる
技 変身 からみつく
空中浮遊可能なクラゲのモンスター。
能力自体は大したことはないが、ライムと同じく変身を使うことができる。ミィムと戦った個体はいかなるモンスターにも変化できるので、使い方さえ間違えなければ強力無比な能力といえる。
また、変身しなくても、からみついて地道にダメージを与える戦法をとることもできる。




