東海大会再開催
その日、徹人は自室で武者震いをしていた。ケビンの邪魔により再開催の運びとなった東海大会。ネット上のみでの開催となるが、その本番当日を迎えたのだ。
会場での臨場感には劣るが、パソコンの向こう側には優勝を意気込む猛者たちがひしめきあっている。それだけでも徹人の士気を高めるには充分であった。
「いよいよだね、テト」
「ああ。あの時はケビンのせいでてんやわんやしたが、今度は真正面から戦って優勝を目指すぜ」
「そんで、そぼろちゃんとも決着をつけるんだよね」
この大会には上位入賞者の日花里や真も参加する。テトも含め三人の内から一人でも優勝できれば、全国大会への出場権を獲得し東都に行くことができる。そして、ケビンの有力な情報を探ろうという魂胆だ。
それに、先の大会より流れていた真と朧との決着。いよいよ雌雄を決する時が訪れたのである。
大会は既に予選が開始されている。決勝へのシード権を獲得しているため、徹人は高みの見物としゃれこんでいる。前回と同じく、全参加者でのバトルロワイヤル形式のようだ。
闇属性に有利なフィールドばかりが選ばれる。そんな理不尽は発生しておらず、最初の闘技場の次は火属性に有利な溶岩、そして土属性に有利な岩山と推移している。不正なカードが横行している様子もなく、今のところはケビンが介入しているということはなさそうだ。
本来あるべき姿ではあるが、この大会においては順当な力と力のぶつかり合いになっている。如実に各プレイヤーの実力差が露呈する中、快調に勝利カードの枚数を増やしている選手がいた。
「おおっと、カズキ選手またも勝利。前大会と同じくトップを独走しているぞ」
ファイモンの大会で一貫して司会を引き受けているファイモンマスター敦が声を張り上げる。東都のゲームネクスト本社から大会の模様を実況中継しているようだ。
徹人の自室のパソコンには、漆黒のドラゴンが火炎放射で蝶のモンスターバタフリルを丸焼きにしている様が映し出されていた。そのドラゴンとはかつて一戦を交えたことがある。大会の参加賞としても配布されているアークグレドランだ。
カズキもまたトップ4に残っているので、決勝シード権は獲得しているはずである。だが、律儀に予選から参加しているようだ。ケビンへと加担してしまった負い目があるのかもしれない。あるいは、決勝に向けて新戦法の肩慣らしがしたいだけとも考えられる。予選においては彼が一番の強敵になると思い、ずっと動向を追ってきたのだが、たまにアークグレドラン以外のモンスターを使用しているのだ。決勝トーナメントで当たることになったら、新たなる脅威となることは間違いない。
「よう、徹人。調子はどうだ」
モニターに熱中していると、携帯に連絡が入った。通話の相手は悠斗だ。
「お前、大会に出てたんじゃないのか」
「ちゃんと出場してたぜ。すぐに負けたけどな」
「威張って言っても逆に虚しいだけだぞ」
前回よりは進歩したようで八枚のカードを入手していた。だが、そこから連続で負け続け、つい先ほどリタイアが決定したようだ。端から頭数としては期待していなかったが、どうせならもっと粘ってほしいと思う徹人であった。
「それにしても、ここ最近ライムと似たようなモンスターが増えたよな。この大会にもちらほら参加してきているし、前にフリーの全国対戦やった時も連続で当たったことがあったぜ」
悠斗はそう言って嘆くが、実際彼の指摘は尤もであった。グラフィックの不具合か、はたまたライムと同じウイルス能力か。真相は定かではないが、人間の少女の姿をしたモンスターがちょくちょく参戦してきているのだ。しかも、彼女たちは軒並みカズキに追随する好成績を収めている。むしろ、反則技を使っていないのに首位を維持しているカズキが驚異的であった。
「モンスターを奪う謎の敵も出てきているみたいだし、関係があるのかな」
「どうだろ。関係ないとも言い切れないからな」
モンスター強奪事件のことは徹人も小耳に挟んでいた。手口からしてケビンの仕業というのはすぐに予想できた。ライムの代替となるモンスターを探すために活動しているとすれば、一連の騒動は合点がいく。
カズキはほぼ勝ちぬけが確定として、予定通りシード枠四つは埋まりそうである。そうなると、残る十二枠はライムと似たようなモンスターが占めるかもしれないのだ。
「私と同じ力を持つと言っても、私の後輩みたいなもんでしょ。なら負ける要素がないよ」
ライムは楽観論を口にするが、素直には賛同できなかった。どんなとんでも能力を隠し持っているか分からない以上、用心しておくに越したことはない。
最後のフィールド変更で自然属性に有利な「草原」が選ばれた頃、悠斗が突拍子もないことを切り出した。
「徹人、田島さんの姿が見えないんだが、お前知らないか」
「日花里? あいつも大会に参加してるんじゃないのか」
「それが、綾瀬さんから連絡が来て、大会にログインしている形跡がないっていうんだ」
予選に参加しなくてもいいとはいえ、対戦相手の動向を知らずにぶっつけ本番で決勝に臨むなど愚の骨頂である。まして、あの日花里がそんな博打を働くとは考えにくい。
そのうえ、綾瀬本人が連絡をとろうとしても音信不通だという。「負けたことだし、ゆっくりと観戦させてもらう」と悠斗は通信を遮断する。その後すぐに日花里へと電話をかけてみた。
だが、「おかけになった電話番号は……」との定型文が流れるばかりで、一向に通話が開始される様子はない。
「ライム、日花里の居場所って探れるか」
「そんな器用なことできたら苦労しないよ」
日花里の所有する携帯の電波を追うことができないかと思ったが、そんな都合のいい機能は持ち合わせていないようだ。三十分足らずで予選が終了し、インターバルも考慮すると決勝開始までは残り約二時間。ちょっとした野暮用で音信不通になっているだけならいいが、そうでないとしたら。せわしなく携帯電話を指で叩いていると、パソコンより通知音が鳴らされた。
どうやら、他ユーザーからバトルを申し込まれたようだ。大会に参加しているものの、まだバトルしているわけではないので、全国対戦機能は使うことができる。一度ライムと戦ってみたいというプレイヤーが山ほどいるせいか、さっきから頻繁に通知が届いている。東海大会開催地のサーバーに居ると特定されているため、そこからIDを探知しているようだ。
大事な試合前に律儀に腕試しに付き合う義理はないので、徹人は無視を決め込んでいた。ライムは不満そうであったが、「バトル前に疲れちゃ元も子もないだろ」と説得され、しぶしぶベッドの上に留まっている。
今回もまた拒否しようとしたところ、通知と共に気になるメッセージが送られてきた。
「東北地区大会優勝者のハルカです。ライムとその使い手にどうしても話しておきたいことがあります」
同時に表示されたアバターもショートカットの快活そうな少女であった。ライムに頼んで東北地区大会の結果を調べてもらったところ、確かに優勝者はハルカという中学一年生ぐらいの少女だった。
いたずらとも思ったが、ライムが「東北地区大会の優勝者」という前触れにえらく反応してしまっている。
「ねえ、テト。本番前の肩慣らしに戦ってみようよ。準備運動も大事だって聞いたことがあるよ」
「準備運動で大会優勝者と戦うってのは気が進まないが、本当にハルカというプレイヤー本人だったらまたとないチャンスだな」
なにせ、全国大会で戦うかもしれない相手と腕試しができるのである。ライバルの動向を探るという意味では、対戦に応じるのもありだろう。徹人は承諾すると、ライムを全国対戦の舞台へと送った。
モンスター紹介
バタフリル 自然属性
アビリティ 鱗粉:攻撃してきた相手にランダムで状態異常を付与する
巨大な蝶の姿をした昆虫モンスター。
ステータスは大したことないが、相手を状態異常にするアビリティはかなり厄介。自滅覚悟でこのモンスターを繰り出し、アビリティの発動を狙う戦法もあるぐらいである。欠点があるとすれば、どの状態異常になるのかが分からないということか。




