アニメ版ファイトモンスターズ
街灯が点り始めるころ、ふらつきながらも徹人はようやく帰宅した。源太郎と激しいバトルを繰り広げたというのに、部活動でもめっきりしぼられたのだ。
「あ、おにぃおかえり」
疲労困憊している徹人を、リビングのソファでくつろいでいる愛華が出迎える。熱はすっかり下がったようで、涼しい顔をしていた。
「随分疲れてるみたいだけど、どうしたの」
「そりゃ、一日中学校に居たら疲れるよ。お、ファイモンのアニメか」
「うん。暇だったから録画してあったの見てるの」
リビングのテレビにはファイトモンスターズのアニメが放映されていた。
ゲームの発売から一年後に放送を開始したアニメ「ファイトモンスターズ」。ゲームのストーリーモードと連動した話になっており、主人公の少年アキラがファイトモンスターズの大会のチャンピオンを目指すというものだ。途中強力なライバルや、モンスターを使って世界征服を企む悪の秘密結社と戦うことになる、いわば王道のホビーアニメであった。
愛華が見ていたのは、アキラが最大のライバルであるハヤトと一騎打ちを繰り広げるストーリーの重要回であった。リアルタイムで見たことがあったが、ギリギリまで追いつめられたところをスキルカードによって逆転するかなりの熱戦だった。
「そういえば、おにぃがネオスライムを使うのってこのアニメの影響だよね」
「お前が僕のことをおにぃと呼ぶのもこのアニメの影響だよな」
主人公のアキラにはマドカという妹がおり、アキラのことを「おにぃ」と呼んでいる。このアニメが放送開始した直後、愛華はマドカに倣って徹人のことを「おにぃ」と呼んでからかっていたのだが、それがいつの間にか定着したようだ。
「ねえねえ、どうしてテトってネオスライムを使うようになったの」
「ああ、それはだな……ってライム」
ごく当たり前にライムが徹人の肩に手を乗せて寄り添っていた。ホログラムであるせいで、全く気配に気が付くことができなかった。
「お前、パソコンもないのに実体化できるのか」
「パソコンならあるじゃない。ほら、あれ」
顎で指された先は、ファイトモンスターズが上映されているテレビだった。あれはパソコンではないと窘めようとしたが、よくよく考えればあれでも実体化可能である。
この時代、インターネット接続できるテレビは当たり前となっており、やろうと思えばテレビでファイトモンスターズをプレイすることもできる。当然、ホログラムも適用されるので、ライムが実体化することも可能というわけだ。
「ちょっと待てよ。ファイトモンスターズを立ち上げてないのに、どうして実体化してるんだ」
「ファイモンなら立ち上げてるよ。アニメ見る前にあれで遊んでたから」
愛華がリモコンを操作すると、テレビ画面がインターネットのブラウザに切り替わり、ファイトモンスターズのトップページが表示された。
ただ、それでも妙であった。通常、ファイトモンスターズのモンスターはマイページにログインし、プレイヤーが手動でホログラム表示させないと実体化しない。それなのに、ライムはテトの意思とは関係なしに実体化してしまっているのだ。
AI付きモンスターは自らの意思で実体化できるのだろうか。それを尋ねようとしたところ、
「ねえねえ、どうしてネオスライムを使うの」
と、ライムに執拗に迫られる。あまりに鬱陶しいので、徹人は先にライムの疑問に答えることにした。
「あれはファイモンの六十三話だったな。主人公のアキラの弟分でキヨシってやつがいるんだけど、正直あまり強くなくて、バトルしてもほぼ負けるようなキャラだったんだ。そいつが使っていたのがネオスライムでさ」
「おにぃと一緒のモンスターだよね」
「そう。ある時、キヨシがアキラの代わりにバトルする羽目になって、その相手がアキラに負けてばかりいるゴウキってやつだったんだ。アキラが強すぎるから負けているだけであって、ゴウキもなかなか強力なモンスターを使ってくるんだ。
ゴウキが使うのはブルタウラス。その当時配信開始されて猛威を振るっていた猛牛のモンスターだ。それに対して、キヨシはネオスライムを繰り出す。当然、ネオスライムには勝ち目がないと誰もが思っていた。実際、ブルタウラスの攻撃に為すすべなく、あっという間に残りHP僅かまで追いつめられたんだ。
勝利を確信したゴウキは攻撃後に混乱してしまう大技暴走タックルを仕掛けてきた。相手を倒してしまえば混乱するというデメリットは関係ないからな。
これで終わりかと思われたけれど、寸前のところでネオスライムはアビリティの九死に一生を発動させたんだ。これにより混乱したブルタウラスはまともに攻撃できずに自滅するばかり。最後はバブルショットでネオスライムが逆転勝利をおさめたってわけ」
「私もその回見たけど、ネオスライムがアビリティ使って生き残るシーンは良かったよね」
「本当にあれは神回だったな。それからだな、僕がネオスライムを使うようになったのは」
その当時の映像がフラッシュバックしたのか、兄妹間の会話に熱が入る。ライムは興味深げにその会話を聞き入っていた。
「ところでおにぃ、約束忘れてないよね」
「約束」
徹人が首を傾げていると、愛華はふくれっ面で抗議した。
「もう、忘れるなんてひどいよ。帰ったら私とバトルしてくれるって言ったじゃん。そういうことするなら、おにぃがエロゲーで遊んでたってお母さんに言うよ」
「悪い、ちゃんとバトルするからそれだけはやめてくれ」
ゲンとの戦いで頭から抜け落ちかけていたが、ライムがエロゲーのキャラではないと証明するために愛華と戦う約束をしていたのだ。
愛華はアニメを停止させると、そのままテレビでファイトモンスターズの対戦モードを開始した。どうやら、このリビングで対決するつもりらしい。母親がいると「ゲームするなら部屋でやりなさい」とうるさいが、幸い買い物に出かけていて不在だ。一戦ぐらいならここでやっても大丈夫だろう。
「テト、またバトルするの。私、あれからずっと退屈してたから大歓迎だよ」
始まる前からライムはテトにすり寄り、浮足立っている。愛華が白い眼で見ているので、徹人としては居たたまれなかった。
両者ログインが完了し、対戦が開始される。徹人ことテトはライムを単体で繰り出し、ボーナス値で能力を上昇させる。一方、愛華ことアイは幼稚園児程の身長の少女のモンスターを召還した。ただの少女ではなく、背中にうすい四対の羽が生えており、サファイア色の妖艶な瞳をしていた。
「私の自慢のピクシーよ。おにぃのエロゲーモンスターになんか負けないんだから」
日曜の朝に放送していそうな魔法少女の恰好をしたアイが胸を張る。愛華とは何度か対戦したことがあるが、彼女はピクシーのような人型のモンスターを好んで使う。だから、このモンスターが出てきたことはさほど驚きではない。
徹人が瞠目していたのは、そのピクシーのコスチュームが要因だった。
「ピクシーってピッターパンに出てくるティッカーベルみたいな服装してなかったか」
言うならば、ライムと似たようなワンピース姿のはずであった。
しかし、目の前にいる妖精はどこからどう見てもビキニの水着を身に着けていたのだ。
「この子はただのピクシーじゃないんだな。この前、海水浴のイベントあったじゃん。あれで配布されたやつだよ」
「あいつか。イベント限定ピクシーってそんなの育ててるやつ見たことないぞ」
「ネオスライム育ててるおにぃには言われたくないよ」
痛い所をつかれ、徹人は頭を掻いた。
ファイトモンスターズは定期的にゲーム中のイベントを開催しており、そのイベントの中でしか入手できないモンスターも存在する。ビキニを着たピクシーはこの前の夏休みに開催された海水浴イベントで配布されたプロモーションキャラであった。
通常とは異なる容姿に加え、本来は覚えることのない技を覚えていることが特徴である。ただし、入手の敷居が低いせいもあってか、通常のピクシーよりも能力値は低めに設定されている。全国対戦では観賞用と割り切られ、使用者はほとんどいないというのが実情だ。
モンスターの召還が完了したものの、ピクシーに能力値の変動は発生しない。
「どうやら控えのモンスターがいるみたいだな。ライム、二対一の勝負になるがいけるか」
「オールオッケだよ。あ、でもその前に、相手がせっかく水着になってるのなら、こっちも対抗しよっかな」
そう言うや、ライムは指を鳴らし、首から下を光で包む。その光はあっという間に消え去り、それまでワンピースによって隠されていた肢体が顕わになった。
局部は水色の水着で隠されているものの、小中学生には刺激が強すぎる隠れ巨乳と、くっきりとしたくびれのラインは両名を十分に悩殺し得た。調子に乗ってグラビアアイドルのポーズをとっているのでなおさらだ。
「どう、テト。これが水着ってやつでしょ。似合うかな」
身をくねらせ、胸元を強調する姿勢で迫って来る。テトの鼻の奥が鬱血し出したが、無理やり鼻をつまむことで必死に耐えている。
「ああ、似合ってるよ。けれどもお前、そのエロイポーズはどこで覚えたんだ」
「テトが遊んでくれない間ググったの。十八歳未満は退出してくださいって出てたけどまずかったかな」
「お前それ、よいこは見ちゃいけないサイトのやつだろ」
「そんなポーズをとるなんて、やっぱりエロゲーのキャラじゃない」
「違うっての。ライム、余計な誤解を与えるな」
「え~、喜んでくれると思ったのに」
嫌いではないが、やるなら自室で一人だけの時にやってほしかったと心から願う徹人であった。
モンスター紹介
ブルタウラス 土属性
アビリティ 猪突猛進:突進する技の威力を上昇させる
技 暴走タックル
アニメファイトモンスターズで、アキラのライバルであるゴウシが使用していた猛牛のモンスター。配信開始当時は最も攻撃力が高いモンスターとして、全国対戦で頻繁に使用されていた。現在はこのモンスター以上の火力が出せるキャラが出現し、日の目を見なくなってしまった。




