3.5章エピローグ
約束していた映画を見損ねたため、次の上映時間までフードコートで時間つぶしをすることとなった。ゲームセンターと隣接しているおかげか、ライムとミィムも実体化を維持できている。ただ、女性五人に徹人だけというこの状況、女子会に紛れ込んでいる場違い男のようで肩身が狭い。源太郎から「ハーレムだ」と揶揄されても仕方ないと徹人は諦観していた。
本題であるミィムの正体を探るために、綾瀬に徹人のマイページのデータを調べてもらっている。その間、ミィムは時折笑いをこらえるような仕草をしていた。触診されているのと同様にこそばゆいようだ。
「詳しくはもっと調べてみる必要があるけど、ライムが感染しているウイルスと同種が紛れているみたいね。どんな経緯かは不明だけど」
「やっぱりウイルスのせいか。そうなると、やっぱりライムの妹みたいなもんかな」
「それは違うと思うわよ。ミィムの素体となっているモンスターが分かったけど、ライムとは別に所持していたネオスライムみたい」
徹人は複数体ネオスライムを保有しており、そのうちの一体が変異したのがライムである。その他にも変哲のないネオスライムが控えているが、そこから更に一体が変異したようだ。
そうであるなら、新たな疑問が生じる。いつ、どんなタイミングで控えのネオスライムがウイルス感染してしまったか。感染源となっているライムが常駐しているので、仲間が既に侵されてしまっていてもおかしくはない。しかし、それならもっと早くミィムのようなライム二号が登場していてもいいはずだ。ライムと出会ってから四か月になろうとしているが、このタイミングで発症するのは不自然であった。
「仮説を立ててみたんだけど、ライムが何らかの理由で仲間のネオスライムに接触。そのせいでミィムが誕生した。多分、これが一番しっくりくると思うんだけど、どう?」
「ライムがネオスライムと接触した時か。直接対決したこともあったけど、大分前だったからな。その他に触れる機会というと……」
これまでの幾多の戦闘を思い返してみる。ライム誕生以降、ほとんどを彼女のみで戦ってきたため、そのほかのモンスターを使ったのは指で数えられる程しかない。その内、最近の出来事を想起し、徹人は大声を上げた。
「まさか、あの時か」
「あの時ってどの時?」
「忘れたのかよ、ライム。ほら、イナバノカミのイベントの時。僕たち、罠にかかって地下ダンジョンに落とされただろ。そこでアルファメガと一騎打ちすることになったけどさ」
「ああ、あのときか」
合点がいったのか、ライムは柏手を打つ。
それは、正月の新規イベントのモニターを委任された時のことである。運営側がライム対抗プログラム「キライム」を仕込んだアルファリスとオメガリアを差し向けてきた。そして、ライムと一騎打ちさせるため、落とし穴によって徹人を仲間たちと分断させたのだ。
複数体同時バトルが適用されたため、ライムの他に控えで持っていたネオスライムを繰り出した。ただ参戦させるだけではなく、ライムのウイルス能力によってステータスを大幅上昇させたのだが、実はここが問題であった。
ライムは対象に「触れる」だけでデータに干渉できる。それを受けた相手はウイルス感染してしまうためか、不具合が生じる場合がある。日花里のジオドラゴンがおっさん化した経緯もまさにそれであった。
ならば、ミィムが誕生した原因も明白であろう。と、いうより、このタイミングしか考えられない。
「もしかして、アルファメガに対抗するために控えのネオスライムにウイルス能力を使って、そのせいでミィムが誕生したってわけ」
日花里がまとめると、徹人とライムは神妙に頷いた。今更ながら認識し直すこととなったが、無闇に能力を使い続ければ、それだけウイルスを拡散させてしまう。ステータス干渉すれば、いかなる強敵にでも圧勝することは可能であるが、過信するのも禁物ということだ。
ともあれ、ミィム誕生の経緯がはっきりしただけでも大収穫であろう。すっかり機嫌も直ったのか、ミィムはライムや愛華と談笑している。徹人も一息つこうと、スガキヨで買ってきた昼飯のラーメンを啜る。
「ねえ、テト。これからどうしよっか」
「映画まではまだ微妙に間があるのよね」
「そうね。じゃあ、またゲーセンで遊ぶか」
「うん、賛成。いいよね、ミィちゃん」
「今度は負けないもんね」
「ゲーセンか。いいけど、あまりお金残ってないぞ」
「べっつにい~じゃん、お金とかぁ、気にする必要ないってか」
ライム、日花里、綾瀬、愛華、ミィム、徹人の順でしゃべり、最後の最後で一同は固まることとなった。唯一綾瀬だけは涼しい顔でソフトクリームを舐めている。「どうした、君たち」とすっとぼけた問いかけをしてくるが、徹人達に生じた違和感は簡単には拭い去ることはできなかった。
先ほどの会話、明らかに一人知らない人物が加わっている。
真昼間に幽霊騒ぎかと、非科学的な事象も考えた。だが、余計な詮索をせずとも、不可解現象の原因はすぐに露呈された。
綾瀬のとなりにレディーバグがいつの間にか実体化していたのだ。
テントウムシのコスプレをしたあどけない少女というのが公式設定であったはず。だが、だらしなく椅子にもたれかかっている彼女は、それよりも少し年齢層が上だった。綾瀬程には達しておらず女子高生ぐらいだろうか。
見知った個体と雰囲気が違うので徹人がまじまじと観察していると、
「あまり見られるとうっとうしいってか~」
足を組み替えつつ罵倒された。遥か昔にコギャルなる女子高生が流行したそうだが、言葉遣いといい態度といい鎮座しているのはまさにそいつだった。
「あんた誰?」
ライムが単刀直入に質問をぶつけたところ、
「レディーバグだけど」
ぶっきらぼうに返答された。その途端に徹人たちは騒然となる。中途半端に成長しているのみならず、会話能力まで習得しているのだ。毎日欠かさずファイモンにログインし続けていた徹人であったが、レディーバグにAIが搭載されたというニュースはない。なので、彼女が会話できること自体が不可解なのである。
当惑していると、綾瀬が腰を上げ、レディーバグの隣に並び立った。
「ごめん、言い忘れてたか。ちょっと前になるんだけど、私のレディーバグもおしゃべりできるようになったのよね。元々テントウムシを擬人化したようなモンスターだから、あまり外見は変わらないけど」
「いやいや、明らかに成長してますよね」
「細かいことはどうでもいいってか、そんなの気にするとか人間小さいんじゃね」
もはやレディーバグじゃなくてギャルバグと呼ぼうかと本気で考えた徹人であった。
「イナバノカミのイベントの時は普通だったのに、どうしてこうなったんですか」
「それが分かれば苦労しないわ。まあ、ミィムちゃんが誕生したのと似たような経緯なんじゃないかしら。だとしたら、喰らったのは遅効性のウイルスだったようね」
「綾瀬さんのレディーバグに能力を使ったことなんてありましたっけ」
「ひどいな、忘れちゃったの。きちんと受けたわよ」
「あ、なんとなく覚えがある」
ライムが人差し指を掲げながら解説したところによると、綾瀬と初めて戦った際にアビリティ「フェロモン」の発生確率を下げるために接触したそうだ。それを聞いてようやく、徹人も能力を行使したことがあると思い出した。
あいまみえたのは地区大会の頃なので、二か月以上経過してから発症したことになる。ジオドラゴンがウイルス能力を受けておっさん化したのは一か月足らずだったので、副作用が表れるのはかなりばらつきがあるようだ。
「バグちゃんもおしゃべりできるようになったんだね」
「ようやくね。っていうか~、バグちゃんってダサいっていうか、ナウくなくね?」
「ねえねえ、ナウくないって何?」
「不覚、我が把握できぬ言葉がこの世にあるとは。英知には長けていると自負していたものの」
「おっさん、しゃしゃり出てキモイんですけど」
「馬鹿な、我がキモイだと」
いつの間にかジオのおっさんまでもが参戦し、勝手に落胆していた。
矢継ぎ早に現れる少女モンスターに対し、収拾がつかずに徹人は頭を抱える。そんな彼の前に無言のまま源太郎が訪問してきた。遠い目をしながらライムたち擬人化モンスター軍団を眺めている。
「源太郎、僕たちに用か」
げんなりしながら徹人が訊ねると、いつもの高圧的な態度はどこへやら、沈痛な面持ちで携帯電話を操作した。どうやら、モバイル端末からファイモンへアクセスしようとしているらしい。
指を動かしながらもぽつりと白状する。
「なあ、徹人。お前、ライムと一緒に暮らしてて苦労していることもあるんだな。俺も最近ようやく分かった。だから、同情してやるぜ」
「えっと、何を言ってるんだ」
嫌な予感しかせず徹人は身構える。だが、訪問された時点で後の祭りだった。
モンスターの実体化が実行され、源太郎の隣にふくよかな体型の女性が並ぶ。口を真一文字に結び、三つ編みで地味な色合いのトレーナーとパンツを着用している。
「源太郎、まさかこの子って」
「ああ、メガゴーレムだ」
紹介され、メガゴーレム(女性版)はぺこりと頭を下げる。もはや徹人は乾いた笑い声をあげるしかなかった。そして、ライムのウイルス能力は使いどころを本当に考えなけれないけないと決心するのであった。
ご愛読ありがとうございます。
特別篇ということでギャグ多めの日常回でした。なにせ、冒頭でしかファイモンのバトルしてませんからね。
新登場したミィムちゃんですが、本編の続きとなる第4章でも活躍する予定です。ついでいうと、最後に出てきたあのキャラも参戦するかも。
ここ最近仕事が忙しいせいで更新が遅れていますが、第4章「洗脳編」は近日公開です。




