じゃんけん君の主「邪慳」その3
「準備はいいか、ミィム。コインを入れるぞ」
「うん、任せてよ」
わざと軽快な調子で答える。それが空元気であることは薄々察しがついた。徹人はミィムの顔色を窺いつつも、先ほど獲得したコインを投入口に入れる。「じゃ~んけん」と間の抜けた声が響くのに対し、ミィムは真剣そのものであった。鬼気迫る顔でそっと筐体へと手を触れる。
かなり単純な構造になっていることが幸いし、ミィムがサーバーに侵入してもさほどダメージはない。だが、彼女の敵はサーバー環境ではない。ライムが苦心した理由はすぐに思い知ることとなった。
あからさまに不機嫌そうに禿のおっさんが頬杖をついている。色香で翻弄されたせいか、かなりご立腹のようだ。よもやいかついおっさんが待ち構えていたとは思いもよらず、ミィムは棒立ちになってしまう。
「さっきも小娘が訊ねてきたが、貴様もその仲間か」
「そ、そうよ」
怖気づいていることを悟られぬよう、ミィムは虚勢を張る。すると、いかついおっさんこと邪慳はため息をつくと、羽虫をどかすかのように右手を払った。
「ならば用はない。さっさと帰れ」
「ちょっと、せっかく来たのに名前も聞かずに帰れなんて失礼じゃない」
ミィムがお冠になっていると、邪慳は細目で睨んだ。眼光に射抜かれ、ミィムは身をすくませてしまう。
だが、破顔するとよっこらせと邪慳は腰を上げた。
「お前のような若輩者に説教されるとは一本取られたな。先ほどの娘よりも小童のようじゃが骨がありそうだわい」
「そ、そう」
おびえながらもミィムはファイティングポーズを取る。直立した邪慳はミィムのほぼ二倍の身長がある。相手はもちろん食人鬼ではないのだが、頭から丸呑みにされないか本気で心配したぐらいだ。
そんなミィムを見下し、邪慳は腕組みをする。
「そんなにびくつかんとも、お前をどうこうするつもりはない。それよりも、こんな辺境の地に何用かな」
遠い目をしながら邪慳は訊ねる。ライムに続いて訪問してきたことから要件は薄々察せられたが、あえて探りを入れたというところだ。
逡巡していたミィムだが、覚悟を決めると、
「コインを二十枚もらいに来たの」
「正直者だな」
「悪い?」
白状すると、邪慳は好々爺な態度すらのぞかせた。下手に取り繕わなくて正解であった。
と、思ったが、邪慳は表情を一変させた。
「じゃが、話は別だ。コインは渡さん」
恫喝されるや、ミィムはその勢いで吹き飛ばされそうになる。あたふたと走り回った末、きちんと膝をつき正座をする。それに飽き足らず、地面に額までついた。
邪慳にとってもこの行為は予想外だった。謝罪のみならず懇願にまで有用な日本古来の礼式。その名も土下座。
もちろん、現実世界ではてんやわんやだった。ライムが水着になったと思いきや、今度はミィムが土下座を披露したのだ。さっきまでパチンコをやっていたおっさんから冷ややかな目線を送られたが、「マシンの下にコインを落としちゃって探してるんです」と綾瀬がごまかしておいた。
不意打ち土下座に面喰った邪慳であったが、腰に手をあてると豪快に笑い飛ばした。
「そう来るか。なかなか面白い小娘じゃわい。ずっと退屈しておったが、久しぶりに暇をつぶせそうじゃの」
ゆっくりと顔を上げたミィムが対面したのは瞑想している邪慳だった。首をかしげ、恐る恐る近寄っていく。
「邪慳さん。寂しそうにしてるけど、どうかしたの」
「わしが寂しそうか。なぜそう思う」
「なんとなく」
根拠を述べよと強いられても二の句も告げないのが実情だ。またも素直に答えたのだが、邪慳は「どっこいしょ」と腰を下ろした。
「お前には失礼かもしれぬが、正直わしはファイ、えっと、なんつったかの、ボケモンみたいな、今流行しとるやつ」
「ファイトモンスターズ?」
「それじゃ。そいつが好かん」
前置きされていてもかなり失礼な一言だった。なにせ、目の前に居るのがそのファイトモンスターズのモンスターだからである。ミィムはそっぽを向いたが、構わず話を続ける。
「はっきり言えば、ドロクエやボケモンや怪物ウォッチもみんな好かん。子供たちに飽きさせんように次々とゲームを出しおって。そのせいで、わしらがどんな思いをしとるか、お前さんは知っとるか」
「もしかして寂しいって」
熱弁する邪慳に同調するようにミィムも身を乗り出す。
「子供たちは毎度出てくる新しいゲームばかりやりたがる。わしらのようなレトロゲームをやろうとしている者など稀有なもんじゃ。今日もまた太鼓を叩くゲームや、偉人が戦うゲームが盛況のようじゃったが、わしにとっちゃくそくらえだ。味気ない雑草ときれいな花じゃったらどちらに集まるか分かるじゃろ。
まあ、人気者のお主らに愚痴を言ったところで無益だろうがな」
投げやりになって後ろ手をつく。天を仰ぐその顔はひときわ寂寥感が漂っていた。
そんな邪慳が視線を落とした時、意外な光景が広がっていた。真摯に話を聞いていたミィムの瞼からは一筋の雫がこぼれ落ちていたのだ。
「分かるよ、その気持ち。私だって、ファイトモンスターズの中じゃ除け者だったもん。弱いからって誰からも相手にされない」
ミィムの境遇は邪慳とそっくりであった。イナバノカミやらアルファメガやら強力なモンスターが出てくる一方、産廃と見向きもされないモンスターも現れる。一度なれど戦線で注目されるのであればまだいい方だ。あまりにも弱すぎるために、陽の目を見ることすらできない者もいる。ミィムもまたその一体だった。
あの時、いきなりファイモンのサーバーに引きこもったのもそのせいであった。ライムと同じように少女になり、ようやく活躍できると思ったが、結果的にはライムより能力が劣っていると認識させてしまっただけ。自暴自棄になるのも致し方なしであった。
「おじさんも私と一緒だったんだね。でもさ、あちこち引越ししながら五十年も遊ばれてるってすごいことだと思うよ。だって、あまりにも弱すぎてガチャから除外された子がいるって噂に聞いたことがあるし。おじさんが変わらずに今も元気でいられるって、それくらいみんなから愛されてるんじゃないかな」
能力値のインフレとモンスター数の増加により、ガチャで引き当てても外れとしか思われないキャラクターも出てきてしまう。バランス調整という名目で運営が下す残酷なる処置。それがガチャからの除外だ。一度省かれてしまったら、復刻でもしない限り活躍することはない。ミィムは「最弱キャラ」という名目で愛されているおかげかそんな憂き目には遭っていない。しかし、いつリストラされてもおかしくはない。そんな危うい環境下で日々暮らしてきたのだ。
ミィムにやさしく諭され、邪慳は嗚咽を漏らし出した。次第に顔が涙と鼻水で汚れていく。臆面もなく号泣するが、ミィムはそっと肩に手を置いた。
「この世に生を受け五十年。こんな言葉をかけてもらえるとは夢には思わんかった。最近はレトロゲームとしての矜持も忘れかけとったところじゃった。少しでも話題を作ろうとコインを出さない意地悪をしとったんじゃが、それも限界になってきておったの」
「コインがなかなか出ないのってそういう理由だったの」
意外といじらしい理由にミィムは目を丸くした。
豪快に男泣きしていた邪慳だったが、落ち着きを取り戻すと袖で涙をぬぐった。そして、厳格な顔つきを取り戻し、ミィムに向き直る。
「思いのたけをぶちまけられたのはお前さんのお陰じゃ。こいつは礼としてとっておけ」
「それじゃコインくれるの」
「そんなこと言わせるな。お互い似た者同士として頑張っていこうではないか」
「うん、おじさんも頑張ってね」
握手を交わし、ミィムは勇み足でサーバーから脱出していった。その姿には怯えや悲壮など微塵も感じることはできなかった。
ライムが挑戦した時もかなり時間を要していたが、ミィムもまた大概であった。おまけに、土下座したかと思ったら急に涙を流している。
「どしたの、ミィちゃん。中のおっさんに悪いことされた?」
「ううん、平気」
ライムに慰められて目をこすっているが、機械の内部の状況が分からない徹人たちは首をかしげるばかりだ。どうやら制御サーバーを支配しているおっさんがいるそうだが、すんなりとそんなおとぎ話を信じろと言う方が無理であった。
「絶対コインもらえるから」というミィムの言葉を信じ、徹人は適当にパーのボタンを押す。すると、ドット画面にグーが表示されルーレットが発動する。ここまではライムと同じ展開だ。問題はどの枚数を獲得するか。一枚だけならあいことなりもう一度やり直しとなる。二十個あるマスの内一枚は四つを占めており、ミィムが勝利できる確率は80パーセント。かなり現実的な数値だが、ライムは「せいぜい引き分けだよ」と余裕綽々だ。中にいるおっさんがよほどの曲者だったに違いない。
やがてルーレットの動きがゆっくりになるが、その位置に騒然となった。なにせ、二十枚の近辺で止まろうとしているのだ。
隣には一と三という低枚数が待ち構えている。三枚ならまだしも、一枚ならば先ほどの努力が水泡に帰してしまう。ミィムは祈るように手を組み合わせる。そして、ルーレットが完全停止し、「フィーバー」と歓声が響く。
矢継ぎ早に排出されるコイン。積み重なる宝の山にミィムは胸を躍らせていた。他方、ライムは仕方ないという呈で肩をすくめる。ルーレットが停止された地点、それは二十枚だったのだ。
「勝負ありだな。ミィム、お前の勝ちだ」
徹人に褒めたたえられ、ミィムは人目も憚らず抱き付いてくる。気恥ずかしさもあったが、徹人はしばらく為されるがままになっていた。
ガチャから廃止されたモンスターがいるというくだりは、かつて黒猫が活躍するクイズゲームをやっていた経験が元になっています。
そして、3.5章は次回が最終回です。




