イージンファイターその1
余談ですが、この回から出てくる「イージンファイター」は某仮面ライダーから発想を得ています。
日花里が約束している映画の時間が迫って来るものの、まだ綾瀬は到着しないようだった。もうしばらく時間を潰そうと適当にゲームセンター内をふらつく。すると、太鼓の超人とは別のブースでまたもや人だかりができていた。
その一帯は大画面に八方向に動かせるスティックと三つのボタンというレトロなビデオゲームが遊べる筐体が並んでいた。最新のグラフィック技術が駆使されたものも混じっており、歓声はそこから起きているようだった。
「イージンファイターか。最近人気になってるみたいだな」
それは歴史上の偉人同士が戦うという格闘ゲームであった。宮本武蔵や関羽といった武人が参戦しているのは納得できる。だが、エジソンが電気ショックで攻撃したり、ライト兄弟が空から爆撃したりとあり得ない能力を持つ者も参加していた。
「フーディー二とか卑弥呼とかでも戦えるんだよね」
「そいつら格闘ゲームなのに超能力使ってくるからな。前に悠斗とやったらアドルフ・ヒットラー使われて毒殺されたし」
ネタキャラとしか思えないファイターも混じっていることも人気の秘密だが、現在戦闘しているのは比較的まともな武闘派だった。
上半身裸で禿頭の大男弁慶。腰にはしめ縄を巻き、これ見よがしに鍛え抜かれた筋肉で相手を威圧している。対するは宮本武蔵。ちょんまげを結い、一本の日本刀を携える。瞑目しており無防備のように思えるが、底知れぬ威圧感が漂っている。それは巨漢の弁慶が突貫を躊躇うほどであった。
互いに間合いを図っているのか、制限時間だけが過ぎていく。そんな中、先に仕掛けたのは弁慶だった。相手の顎を狙って掬い上げるように拳を放つアッパーカットを繰り出す。
すると、宮本武蔵は開眼と同時にジャンプした。巨腕のためにアッパーのリーチは殊の外長い。それでも、宮本武蔵の跳躍力を以てすれば、攻撃範囲外に逃れることは容易だった。
史実通りなぎなたの上に立つなんて芸当は再現できないものの、その所作は充分に弁慶と相対した牛若丸を彷彿とさせた。そして、宮本武蔵の代名詞でもある長刀を抜く。と、同時に目にも止まらぬ剣裁きを披露しつつ肉薄した。
宮本流巌流落。右上AAB下下左Bというかなり複雑なコマンドを要する必殺剣技だ。攻撃直後のスタン状態を狙われ、弁慶は防御できない。そのままクリーンヒットを受けてしまう。
長刀による連続斬撃により数十ヒットをお見舞いする技。一度嵌ったが最後、モーションが終わるまでろくに操作もできない。それ以前に、相手の必殺技を耐えきれる分だけ弁慶のライフは残されていなかった。
三十七ヒットを記録したところで弁慶の体力はゼロとなった。「KO」という電子アナウンスが流れ、宮本武蔵に軍配が上がる。同時に、規定ラウンドが終了したのか、宮本武蔵を操るプレイヤーの勝利が確定した。
「ちくしょう、あいつ強すぎるぜ」
乱暴に筐体を叩き、弁慶の使い手が椅子から立ち上がる。その姿を目の当たりにし、徹人は声を上げた。
「お前、源太郎か」
「誰かと思えば徹人かよ」
「妙なやつと出会っちまいましたね」
取り巻きである京太も一緒だった。弁慶がそのまま画面から現れたのではないかと思われる程の巨体を揺らし、筐体に唾を吐き捨てる真似をする。
「休日だからデートなんていい身分だぜ」
「そうだぞ、ハーレム築きやがって」
揶揄されたことで改めて自身の状況を把握し、徹人は顔から火が出そうになる。彼の連れは全員女性。そんな組み合わせでずっとゲームセンター内を歩き回っていたと思うといたたまれなかった。
「テトのことを悪くいうなら、水でもかぶって反省してもらうわよ」
「おいおいおいおい、ライムも一緒かよ」
毒虫にでも遭遇したかのように源太郎が飛び退る。学校のスプリンクラー事件は彼にとってトラウマになっているようだ。
「それで、イージンファイターがかなり騒ぎになってたけど、強い相手でもいたのか」
「強いってもんじゃないぜ。あの野郎、既にオンライン対戦で十人抜きを達成してるからな」
アーケード版のイージンファイターはオンラインに対応しており、全国のプレイヤーとリアルタイムで戦うことができる。戦績は専用のカードに保存され、それに応じてクラス分けされる。よって、同じクラスには同じぐらいの実力の相手が集まるというシステムになっている。
源太郎が戦っていたのは最強レベルのプレイヤーが集うクラスで、一戦勝ち上がるだけでも苦心させられる。そこで十連勝ということは、全国大会に参加したら充分に優勝を狙えるほどの腕前だ。
源太郎が格闘ゲームの猛者だったという事実はともかく、そんな得体のしれない相手がどんな奴か気になる。対戦相手募集中となっている宮本武蔵の使い手の名前はシンだった。
宮本武蔵といえば剣豪。そしてその名がシン。連想ゲームをしているわけではないが、どうにも思い当たる人物が一人存在した。まさかと思いつつも、徹人はある人物へと電話をかけた。
しばらくコール音が続き、諦めて切断しようとしたところで通話が開始される。
「もしもし、徹人。今取り込んでるんだけど」
「真か。ちょっと聞きたいことがある」
電話の相手は真である。単刀直入に疑念をぶつけてみる。
「お前、現在進行形で格闘ゲームやってないか」
沈黙が続く。単なる思い付きに過ぎないので、反論されても文句は言えない。ただ、それにしては間が空きすぎている。やがて真は唇を震わせつつ、
「どうして分かったの」
驚嘆雑じりで応えた。
「図星なのかよ。いやさ、イージンファイターってゲームがあって、シンというプレイヤーが宮本武蔵を使ってたからさ」
「それだけで私を想像するなんて。あなたエスパーなの」
「別に超能力なんか持ってないさ。ただ戯れで確かめてみただけだよ」
類似点があったとはいえ、本当に思い付きを引き当ててしまうとは、徹人の強運恐るべしであった。
「ひょっとしたら相思相愛なんじゃないの」
電話越しに朧が呟いた一言に、両者は赤ら顔になる。これが愛の力と茶化されても通じてしまうほどの奇跡だったのだ。
「そぼろちゃん、失礼なこと言わないでよ。テトと相思相愛なのは私だかんね」
「その失礼な物言いはライムか。ちょうどよかった。シン、このゲームでライムとの決着をつけよう」
「それも面白そうね」
徹人の意図せぬところで真と直接対決する流れになっている。だが、そうなるのなら一つ重要な問題があった。
「このゲームで対決するって、ろくにやったことないぞ」
画面上の実績からして、真はかなりイージンファイターをやりこんでいる。対して、徹人はずぶの素人。むしろ、悠斗の使うヒットラーになぶり殺しにされてからトラウマを抱えているぐらいだ。
いくら「やってみなくちゃ分からない」と息巻いていても、明らかに勝てる見込みがない勝負に挑むわけだ。さすがの徹人でも後ろめたくなる。そんな彼を後押ししたのはライムだった。
「問題ないよ。私があのゲームのシステムに干渉すればいいわけだし」
勝手に筐体の椅子に陣取り徹人を手招きしている。たしなめようとした徹人だが、ふと考えなおした。
太鼓の超人の一件からして、ライムが他ゲームに干渉するとチート級の立ち回りを発揮できる。堂々とインチキをしているので威張れることではないが、この方法なら最強クラスの相手とでも戦えるはずだ。
だが、そこである疑念に行きついた。
「もしかして、真がここまで強いのって、朧にシステム干渉させてたからか」
「そうじゃなきゃ三日で最強クラスなんて到達しないでしょ」
悪びれるどころか、堂々と開き直る。話によると、三日前にこのゲームを発見し、戯れで朧を介入させたところ楽に連勝数を重ねられるようになった。そこから必要最低の勝ち数で最強クラスまで上り詰めたという。
「俺なんか最強クラスになるまで三か月はかかったぞ」と吠え面をかく源太郎はさておき、ライムの協力を扇げば対等に戦えるかもしれない。と、いうより、そうするしかまともに渡り合えない。当人がやる気ということもあり、徹人は勝負に応じることにした。
最強のプレイヤーに挑むとあって、嫌が上でも注目を浴びてしまう。照れながらも百円を入れようとした矢先、徹人の隣にミィムがどっかりと座った。
「どしたの、ミィちゃん」
「ライムにばっかいいとこどりさせない。私が戦う」
確固とした意志でレバーを握っている。ライムと一緒に戦ってきたからこそ、徹人はすぐに悟った。今のミィムは本気だ。ここ一番に勝負を掛ける時のライムの表情と酷似している。
ライムは不平を漏らすように口を真一文字に結んだが、徹人はそっと彼女の頭をなでる。そして、ミィムに向き直ると彼女の手に重ねるようにレバーを握った。
「このゲームって三ラウンドで決着だろ。なら、まずはミィムに任せる。危なくなったらライムにバトンタッチだ。それで文句はないよな」
「そぼろちゃんと戦えないのは癪だけど、ミィちゃんのトレーニングだもんね。ここは大人になったげる」
完全に納得はしていないようだったが、ライムはゆっくりと席を外す。
キャラクター紹介
弁慶
得意技 上上下AAB 剛腕突破
鍛え抜かれた筋肉が自慢の禿頭の大男。動きは遅いが高威力のパンチ技で戦う。
源太郎がイージンファイターで主に使うキャラクターで高ランク帯での使用率もそこそこ高い。




