クレーンゲームで遊ぼう
ログアウトし、徹人は先般の戦いを振り返る。そして、ミィムの実力について下した判断はこれだった。
「劣化ライム」
「ひどいよ」
ミィムは徹人の頭をポカポカ叩いてくるが、ホログラムなので痛くない。その気になればライムと同様にウイルス能力を使いこなすことができるようだが、なにしろ体力不足が足かせになっている。
「大丈夫だよ、ミィちゃん。トレーニングすれば私みたいになれるって」
「トレーニングって、僕たちみたいにランニングとかして鍛えられるもんじゃないだろ」
「そだね。でも、トレーニングにピッタリの場所見つけたよ」
言うが早いか、ライムは他サーバー世界へともぐりこむ。しばらくして、徹人のパソコンに新たなウィンドウが立ち上がった。
それは、徹人の家の近くにある大型商業施設「ヨロヅヤ」のホームページであった。それも、クレーンゲームやらプリクラやら特定施設でないとお目にかかれないような機械が整列している。まさかと思いつつも、徹人はおずおずと訊ねた。
「ライム、トレーニングってここでやるんじゃないだろうな」
「そだよ」
「お前これ、どう見てもゲームセンターじゃないか」
ファンシーランドと銘打たれた施設は、スーパーの中に入っているゲームセンターであった。遊戯機器のラインナップからすると、近辺でも最大級の規模を誇る。
「私たちってゲームのキャラじゃん。だから、ゲームをやればそれがトレーニングになるわけ」
「ものすごく開き直った理論だけど、間違ってるとも言い切れないんだよな。っていうか、単にゲーセンで遊びたいだけなんじゃないのか」
徹人が細目でライムを見遣ると、そっぽを向いて口笛を吹く。
「図星かよ」
「いいじゃん。たまにはゲーセンに行きたい気分になることもある」
「うん。でもどうしてそのセリフをミィムが言うのかな」
ミィムもまたそっぽを向いて口笛を吹いた。こうしていると双子の姉妹のようにしか思えない。
「おにぃ、私も久しぶりにゲーセン行きたい」
「愛華、お前もか」
女性陣三人から期待の眼差しを受ける。断ったところで、またファイモンの全国対戦に興じるしかない。たまには気分転換するのも悪くないだろう。
「しょうがないな。朝飯食べ終わったらヨロヅヤに行くとするか」
後ろ髪をかきながら了承する徹人に、三人は手を取って喜び合った。
自宅から自転車で数十分。郊外にそびえる大型商業施設ヨロヅヤへと到着した。開店直後ではあるが、休日ということもありそれなりに人だかりができていた。食品売り場のほかに映画館なども内包しているので、そちら目当ての客層もいるのである。無論、徹人たちは後者の一派だった。
「着いた!」
店舗の三階に目的のゲームセンターがある。到達と同時に声を上げたのはライムだった。
「お前さ、どうやって実体化してるんだ」
「あそこにファイモンのサーバーがあるもん」
ライムが指差したのはファイトモンスターズのデータカードダスだった。一プレイごとに排出される紙媒体のカードを使い敵と戦うというゲームである。三十年ほど前にカブトムシやクワガタムシが戦うゲームが発表されて以来、様々な作品が題材となった筐体が数多く生み出されてきた。
オンラインゲーム版のファイモンとは別物になっているが、あのゲームのサーバー設定が流用されているためか、それを利用してライムは具現化しているようである。もちろん、ミィムも一緒だ。
開店直後ということもあり、店内の客数はまばらだった。それでも、正午辺りに上映される映画までの繋ぎか、着実に来客数は増加していく。モンスターであるライムが混在していても騒ぎにならない辺り、黙っていればそこらへんにいる女の子と大差ないのだなと徹人は実感した。
「来たはいいけど、どんなトレーニングをやるんだ」
「ええっとね。まずはアレ」
ライムが指差した先にあるのはクレーンゲームだった。二頭身にデフォルメされたファイモンのモンスターの人形がぎっしりと詰まっている。その筐体の反対側には精巧な美少女フィギュアが景品となっている機体が並んでおり、明らかに徹人より上の年齢層を狙っていた。その中に「ファイモン美少女コレクション」と題して人型モンスターのフィギュアが陳列された機器があった。ピクシーやヴァルキリーといった納得のいくラインナップの中にさりげなくライムとしか思えないフィギュアが混じっていた。
「ライム、お前はいつの間に人形になったんだ」
「あ、本当だ。すごい」
自分そっくりの人形を前に気持ち悪がるどころか、食い入るようにガラス窓に顔をすりつけている。東海大会でお披露目して以来、ライムの知名度は鰻登りになっていたが、よもやこんなメディアミックスをされるとは予想外だった。しかも、近日追加のラインナップに朧としか思えないフィギュアが掲載されていた。
「ライムの人形ならこっちにもあるよ」
ミィムが手招きした方には先ほどのデフォルメ人形が詰まった筐体があった。隣には今朝八時半に放送されていた魔法少女のデフォルメ人形が並んでおり、ファミリー層向けのラインナップというところだろう。
ファイモンのアニメで主人公が使うドラン、そのライバルが使うライガルに混じり、二頭身となったライムの人形が堂々と鎮座していた。
「ねえ、テト。あの人形欲しい」
「お前、自分自身の人形なんか手に入れてどうするんだよ」
「モンスターに投げれば必ず逃げられるんじゃない」
別のモンスター育成RPGにそんな効果の道具があるが、実際にやったら怒られるだけだ。
徹人とライムが騒いでいる間に、さりげなく愛華がクレーンゲームに挑戦していた。クレーンはライム人形の真上でアームを広げ、ゆっくりと降下していく。あっさりゲットかと思われたのだが、となりで寝転がっているドラン人形の口に邪魔され機体は傾いてしまう。結局、空を掴んだまま取り出し口まで戻っていった。
「ドランが邪魔しているせいでうまく取れないな」
「先にこいつを取ればいいんじゃないか」
「でも百円がもったいないよ」
愛華の指摘は痛いところを突いていた。小中学生の兄妹である徹人たちは自由に使えるお小遣いに制限がある。クレーンゲームだけにつぎ込むというのもいただけない。
「今度は私がやりたい」
名乗りを上げたのはミィムであった。だが、物理的な問題が立ちふさがる。
「やりたいって、お前じゃクレーンを操作できないだろ」
「できるよ。テトがボタンを押して、ミィちゃんが好きなタイミングで声をかけて止めればいいじゃん」
「呼吸を合わせるのが難しそうだが、それならできなくはないな」
何より、ミィムが「やりたい」と袖を引っ張るので、徹人は肩をなでおろしつつも百円を投入した。
ボタンに手を添える徹人の隣にミィムが並ぶ。じっとショーケースの中を観察し、攻略のポイントを定めているようだ。
「もういいか、ボタンを押すぞ」
「オッケ、頼むよ」
右のボタンを押し、ライム人形と真っ直ぐに対面できる位置で「ストップ」と声がかかった。すぐさま上のボタンに切り替え、愛華が止めた地点よりも手前でアームが下りる。
先ほどはドラン人形に邪魔されたが、今度は下あごをかわしライム人形の両足を捉える。
「よし、うまいぞ。このまま持ち上げれば取れる」
期待が高まる中、クレーンはライム人形の足を持ち上げる。だが、上昇途中にずれ落ちてきてしまい、遂には取りこぼしてしまった。
「狙いは悪くなかったんだけどな。簡単にはゲットできそうにないか」
「そうみたいね。でも心配ないよ。なぜならあのひな鳥ちゃんの技を使ってみるから」
「ひな鳥って、まさかムドーとノヴァのことか」
全国ランク一位の最強の男ムドーと、そのパートナーノヴァ。イナバノカミのレイドボスイベントで邂逅した好敵手だ。
彼らは「神眼」と呼ばれる能力でこれまで無敗を誇っている。それは、卓越した計算能力で相手の動向を見切り、いかなる攻撃も回避してしまうという荒業だ。
計算処理といえばコンピュータープログラムが得意とする分野。クレーンゲームというアナログゲームにも通じるのか不明だが、ライムは一心に謎めいた計算式を口走っている。そして操作ボタンを叩くと、
「テト、右に三秒、上に二秒だよ」
やけに具体的な指示を飛ばした。
「お前、ムドーの真似事じゃないか。そんなんでうまく取れるのか」
訝しみつつも、徹人は携帯電話の時計とにらめっこする。刻一刻と移り変わる秒数を凝視しつつタイミングを図る。そして、ゼロゼロ秒になったところでボタンをおし、三に切り替わると同時に手を放した。
止まった位置はドランとライムの中間地点だった。そこから二秒で進める位置を予測し、徹人は眉を潜めた。
「ライム。お前まさかアレを狙っているわけじゃないよな」
疑惑をぶつけてみるが、ライムは素知らぬ顔でケースを眺めている。どう考えても無謀な挑戦を強いられているが、いつも言っている言葉を借りれば「やってみなくちゃ分からない」。意を決して、徹人は丁度二秒間クレーンを上方向に進めた。
クレーンの爪はドランの頭部とライムの股を捉えていた。ふり幅いっぱいに人形が収まっているせいか、ろくに閉じられもせずに上昇へと転じる。重量ですぐに落ちそうな気もするが、上手い具合に挟まっているらしくギュウギュウ詰めを維持したまま排出口へと向かっていく。
偶然後ろを通りかかった幼稚園児ぐらいの男の子が歓声をあげた。それもそうだろう。なぜなら、クレーンはドランとライム二体の人形を掴んでいるのだ。
そして、排出口でアームの力を緩めた途端、二体の人形は徹人の手元に出迎えられることとなった。
「まさかとは思ったけど、本当にライムとドランを両方とも手に入れるなんてな」
「ことわざで言うなら二兎を追う者は一兎をも得ずでしょ」
「それ、まるっきり逆の意味だから。確か、一挙両得だっけな」
国語の時間に習ったことを思い出しつつ、徹人はツッコミを入れる。ライムが自分自身の人形をやたらと欲しがったので徹人が代わりに所持し、ドラン人形は愛華にあげることとなった。
はしゃいでいるライムや徹人の影でミィムは恨めしそうにショーケースを眺めていたのだが、「次行くよ」というライムの声に作り笑いをするのであった。
最近、クレーンゲームでごちうさのティッピーを100円で取ったことがありますが、さすがに2個取りはやったことがありません。




