ミィム誕生
お待たせしました。3.5章特別篇「ライムに妹ができた日」の開幕です。
伊集院徹人の朝は大抵騒々しい。なぜなら、目覚まし時計よりもやかましい娘により、強制的に起こされるからだ。
毎朝六時半になると、ライムが勝手に実体化してベッドの上ではしゃぎまわる。体内にアラームでも仕込んであるのではないかと思われる程の正確さだ。モーニングコールを頼んだ覚えはなく、ライムが勝手にやっている。うるさいことこの上ないが、唯一の利点はライムと出会って以降、遅刻とは無縁となったことだった。
平日ならまだしも、寝坊したい休日にモーニングフライイングプレスを受けると堪ったものではない。「睡眠」という概念がないライムに説法しても無益であり、ベッドの中に潜って抵抗するしかなかった。
この日もまた、ライムによる早朝襲撃を受けていた。せめて、テレビの中でバッタの改造人間が活躍する時間帯まで粘りたい。そんな願望も虚しく、「こらー起きろー」という威勢のいい声とともに、ベッドが激しく揺さぶられる。
布団の中でろう城を続ける徹人であったが、ふと違和感を覚えていた。今朝のライムはやけに激しく暴れていないか。毎朝のように飛び跳ねを受け続けているので、その勢いは体に染みついている。本当に地震が発生したのではなかろうか。
訝しみながら、徹人は布団から上体を起こす。
「あ、やっと起きた」
「遅いぞ、ネボスケ」
そこであり得ない光景を目の当たりにすることとなった。瞼を瞬かせてみるが、幻覚でもなさそうだ。
「おい、ライム。ちょっと聞きたいことがある」
「どしたの。別に変なことなんてないでしょ」
「うん。変なことなんてないよ」
「いや、おかしいだろ」
すっとぼけて首をかしげるライム。仕方ないので、徹人ははっきりと指摘してやることにした。
「どうしてお前ら二人いるんだ」
四つん這いで徹人の顔を覗くカチューシャをつけた少女。それが二人もいるのだ。
片方はどこからどう見てもライムであった。だが、もう一方もライムと称するしかない。隣に並ぶ少女と瓜二つというか、同一としか思えない容姿。唯一異なっている点を挙げるとするなら、背丈が低いことぐらいか。
「どうして私たちが二人いるかって」
「双子だからじゃん」
「そんな設定聞いたことないぞ」
「今作った」
「そんで、幼馴染のために甲子園目指すんだよね」
「え~、交通事故に遭って死ぬ方だけは嫌だよ」
「お前らは何の話をしてるんだ」
どことなく、相当昔の野球漫画の話だということは分かる。だが、ただでさえ頭が痛くなりそうな現象が起きているのに、ツッコミ不在のコントなんか披露されたら堪ったものではない。
ライムの身に何が起きているのか。彼女に対し変なことをしていないか、徹人は昨夜の行動を思い返してみる。だが、特別なことは施していない。再開催される東海地区大会へ向けて全国対戦で特訓していたぐらいだ。キライムのような妙なプログラムを仕組まれた覚えもない。
「綾瀬さん辺りに相談してみるしかないかな」
日曜日なので、彼女も手が空いているはずであった。深刻な顔で携帯を操作する徹人をそっちのけで、二人のライムははしゃぎまわっている。
「あのさ、朝っぱらからあまり騒がないでくれるか。親に見つかったら色々と面倒だからさ」
「だって退屈なんだもん。全国対戦やっても、あまりいい相手と出会わないし」
「そりゃ、日曜の朝からゲームやってるのなんて、余程の廃人プレイヤーぐらいだろ」
もう少し時間が経てばアクティブユーザーも増えるだろうが、この時間帯はできる限り惰眠を貪りたいという者が大多数のはずだ。あるいは戦隊の裏でやっているファイモンのバラエティ番組を目当てにしているか。
不平を垂れ流している両者を眺めていると、徹人はとある問題に思い至った。
「ライムはそのままライムでいいとして、そっちの小さいのはどう呼べばいいんだ。まさか、ライムツーとか言うんじゃないだろうな」
イナバノカミのように、二体が強制融合して誕生したわけではなさそうだ。いずれにせよ、ライムツーはあまりにも安直なネーミングである。
「そんな簡単な名前じゃないよ。そうだよね」
「吾輩はスライムである。名前はまだない」
「夏目漱石をパロディしなくていいから。要するに、まだ名前がないってことだろ」
起きたばかりなのに、徹人は若干疲れ始めていた。性格からしてもライムのコピー体としか思えないので、ライムツーでも遜色はなさそうだ。
「ちっこいライムだから、ミニライム。略すとミニラか」
「え~、水爆実験で生まれた怪獣みたいじゃん」
「前から気になってるんだけど、お前らはどうしてそうもサブカル知識が豊富なんだ」
「開発者の趣味」
輪唱されては二の句も告げぬ徹人であった。
「まあ、ミニラなんてつけちゃさすがにまずいよな。ミニライム、ミラム、ミイム」
「あ、ミィムってのいい。ちゃんと真ん中は小さい『ィ』にしてさ」
当人がお気に召したのなら、順当にそれを採用すべきであろう。ライムも異論はなさそうなので、小さいライムの名前は「ミィム」に決定した。
「おにぃ、入るよ」
名づけ問題を解決したのも束の間、新たなる問題が降りかかろうとしていた。愛華の襲来である。あくび交じりの声音からして、ライム分裂騒動の余波で起こしてしまったのだろう。
「ごめん、ちょっと待ってくれ」
さすがにまだライムが二人いることを説明する心の準備はできていない。
「ミィム、悪いけどどこかに隠れててくれないか」
「どうして?」
「愛華にライムが二人いるなんて知られると、色々と厄介なんだ。どうしてこうなったか分からないし」
「別に隠し立てすることないじゃん」
あっけらかんと言い放つと、ライムは部屋の扉を開けようとする。しかし、取っ手を掴もうとしても透過してしまう。ホログラムであるライムは現実世界の事物には干渉できない。なので、いくら努力しようと無駄である。そう安堵していた徹人であったが、
「あ、開いたよ」
オートロックシステムに干渉され、勝手に鍵を開けてしまったのだ。
怒鳴ろうとしたが、それより先に扉が開かれる。徹人は口を開けたまま固まることとなったが、同時に愛華も扉を半開きにしたまま停止していた。彼女の瞳はまっすぐに二人のライムを捉えている。
「ライムが増えてる」
至極真っ当な反応であった。やはり、そこまで心配する必要はなかったか。
「おにぃ、いつの間に新しいエロゲー買ったの」
「だから、エロゲーのキャラじゃねえ。正真正銘ライムのコピー体だ」
ライムエロゲーキャラ疑惑は未だに払拭されていないようである。




