第3章エピローグ
勝利に酔いしれるテトたち。だが、興奮が冷めつつあるとき、キリマロがふと現実的な問題を口にした。
「そういえば、東都にいるって分かったはいいが、どうやってそこまで行くんだ。いや、リニアを使えばすぐに行けるだろうけど、俺たち中学生が勝手に東都まで行くなんて、親が許しちゃくれないぞ」
水を差してしまったようで、キリマロは気まずそうに目を泳がす。だが、ケビンに直接挑むのであれば、決して無視できない問題であった。
「私だったらデズニーパークに行くとか都合をつけることができるけど、君たちは難しいかもしれないわね」
デズニーパークは東都の隣の知葉にある国内最大級のテーマパークだ。大学生である綾瀬であれば、一人で勝手に旅行したとしても不思議ではない。だが、徹人たちはそうはいかなかった。どうしても都合がつかなければ、綾瀬に同行するという方法もある。
しかし、嘘の名目で出かけるというのも気が引けた。東都にさえ行ければ問題は解決できるので、深く考える必要性もないが、できるなら大義名分が欲しい。
考えあぐねていたテトだったが、ふと、あることに思い至った。
「ファイモンの全国大会」
地区大会の優勝者は春休みに開催予定の全国大会への出場権を入手できる。その開催場所は知葉県の幕有メッセ。東都とは都知線により一本で行くことができる。日帰りでの参加が難しい選手のために宿泊施設が用意されるそうなので、大会当日を除いても一日ぐらいは猶予ができる。
「そうだよ、ファイモンの全国大会だ。地区大会で優勝して出場を決めれば、自ずと東都にだって行くことができる」
「それはいい考えかもしれないわね。なにせ、徹人君に日花里ちゃんに、えっと、真ちゃんだっけ。あの大会で決勝シード枠を獲得した選手が勢ぞろいしている。このうちだれか一人でも優勝できれば東都行きは確定よ」
「今のところ東都へ行く手立てはそれぐらいしかなさそう。けれども、優勝は譲る気はない」
納得しつつも、シンはテトに厳しい視線を飛ばす。
「結局このイベントじゃ、ライムと決着をつけられなかったからな。再開催される地区大会でこそ、あたいとどっちが強いかはっきりさせてやる」
「臨むところだよ、そぼろちゃん。テト、大会で優勝してケビンもぶっ倒そうよ」
「そうだな。目指すは優勝だ」
「ちょっと、勝手に盛り上がってるけど、私だってシード権があるんですからね」
「お、俺だって出場権があるぞ。今度こそ決勝に上がってお前たちとバトルだ」
遅れじとライトとキリマロも名乗りを上げる。四人のうちだれか一人でも優勝できればいい。条件としては軽いように思えるが、大会出場者のレベルの高さは経験済み。そう簡単には達成できそうもなかった。
しかし、ケビンのパートナーであるパムゥの力を垣間見たからこそ、テトは実感していた。奴の強さは地区大会出場者のレベルを軽く凌駕している。正直、優勝を果たすぐらいの実力がなければ到底敵わないだろう。ライムと顔を見合わせると、互いに頷きあった。
仲間内で盛り上がっていたところ、ムドーがつかつかとテトの元に歩み寄ってきた。厳しい表情で、コートの襟をつかんでいる。
「お前たちは東海地区大会に出るのか。ならば約束しろ。必ず勝ち上がり、全国大会まで進んで来い」
「うちらは関西地区大会に出場するからな。正直、この程度の大会なら楽に勝てる。ライムはんとの決着は全国大会でつけたるわ」
「ついでに、ケビンを倒すのはこの俺だということを忘れるな」
「そんな約束されちゃ、ますます負けられなくなったな。そうだろ、ライム」
「うん。ノヴァちゃん、今度こそ私が勝つからね」
宣戦布告を受け取るや、ムドーとノヴァは静かにログアウトしていった。彼らの顔にはどことなく充足感が漂っていた。
「イベントも終わったことだし、私たちも帰るとしましょうか」
「あ、ねえねえ。イベントのプレゼントってどんなのだろ」
ライトの音頭で解散になりかけたが、アイが寸前で疑問を呈した。つい忘れかけていたが、モンスターボックスに参加賞が配布されているはずであった。
それぞれ確認してみたところ、一様に見覚えのないモンスターが追加されていた。いや、見覚えがないといったら語弊がある。なにせ、つい数分前まで討伐しようと躍起になっていた存在が鎮座していたのだ。
今回のイベントの参加賞。それは、イナバノカミであった。
「レイドボスって、相当周回しないとドロップしないはず。それを無償配布なんて太っ腹」
シンが素直に感心しているように、レイドボスそのもののドロップ率は相当低い。救済処置として特定回数討伐すると確定で入手できるようになるが、それは五十回だの百回だの途方もない数値だ。イベントが開催してもいないのに、目玉商品がタダで手に入るとは、太っ腹の処置であった。
尤も、テトにとってはボックスの中のお留守番が増えたに過ぎない。ただ、妹のアイが素直に大喜びしているので、そこは微笑ましかった。
それよりも、テトには気にかかることがある。ライムが放った爆風により、一瞬覗いた謎の扉。あの先には何が隠されているのであろうか。さすがにもう一回十万分の一の成功確率の技を発動させる自信はない。それに、同一の方法でまた現れるとは限らない。追求しようにも、ライムのウイルスを駆除する方法以上に情報が乏しすぎる。なので、今は心の内に留めておくことにした。
「おい徹人。さっさと帰るぞ」
瞑目していると、キリマロから声を掛けられた。
「ごめんごめん。行くか、ライム。体力が回復したら、大会に向けて特訓開始だ」
「合点だよ、テト」
キリマロへと手を振り返し、テトとライムもまた、シークレットダンジョンを後にするのであった。
「ほほう、やりおったな」
東都内にあるとあるアパートの一室。実体化したパムゥは背中につけられていた電子チップ型のプログラムを取り上げた。それは言わずもがな、レイモンドが追跡用に忍ばせたものであった。
「ゲームネクストの連中め、この私の居場所を特定してきたか」
ケビンは悔しそうに爪を噛む。同時に、パムゥへと厳しい視線を向けた。
「パムゥ、貴様そのくらいのプログラムなら気づいていただろ。いくらでも排除できる機会はあったはずなのになぜ」
「敵に塩を送ったまでじゃ。別にわらわたちの居場所を知られたとて、大した問題ではない。第一、相手は中学生じゃぞ。そうやすやすとここまで来られると思うか」
「それは、一理あるな」
加えて、東都に来られたとしても、具体的にどこに潜伏しているかまでは特定できないであろう。そう考えると、このくらいのハンデは充分許容範囲であった。
「さて、ライムを手に入れるためにもこのカードの性能を高めんとな。いよいよ出番じゃぞ、親衛隊よ」
パムゥが大手を広げると、次々にモンスターが召還された。いや、モンスターと称するには語弊があるかもしれない。「彼女」たちは皆一様に人間の少女の姿をしていたのだ。
邪悪な思惑が進行していく最中、チャンピオンシップの地区大会では続々と優勝者が確定していく。そして残すは最後に開催予定だった関東地区大会。そして、やり直しが決まった東海地区大会であった。
これにて第三章完結です。
ノヴァにパムゥと一筋縄ではいきそうにない強敵が続々出てきましたね。
ケビンの動向も気になるところですが、次回からは予告した通り特別篇「ライムに妹ができた日」をお送りします。
主に徹人たちの日常にスポットを当てた話になる予定なので、これまでとは違った感じになるかもよ。




