成功確率1%以下! イナバノカミツーを倒せその1
ミスターSTが指を鳴らすと、テト達が集まる広間に大スクリーンが出現した。そこには、ライムの視線に映る風景が絶え間なく表示されている。前回突入した時と同じく、ゼロとイチだけで構成された殺風景な世界。道らしい道がないが、レイモンドが探知したケビンの居場所の情報を綾瀬へと送り、それを具体的な道筋に起こすことでライムを導いている。
容量が多いファイルを展開するのに時間がかかるという理論が適用されているのか、イナバノカミはサーバー間を移動する処々でとっつかえ、なかなか先に進めずにいる。ただし、経由されたサーバーは処理に時間を要したせいで、一時的に回線速度が落ちてしまっている。一か所に留まるだけでも恐ろしく負荷がかかり、そのうち機能停止してしまいそうだ。
ライムはというと、内包している情報量の差か、高速でケビンたちを追跡している。しかし、セキュリティの洗礼を受け、体のあちこちにノイズが走っている。
もう少しでケビンたちが病院のシステムへと到達する。その矢先、遂にライムは彼らの姿を捉えた。
「待ちなさい」
まさに病院へと侵攻を開始しようとしていたタイミングで、ライムは声を張り上げた。イナバノカミツーもまたノイズに侵されていたが、その不調を意に介することなくライムを睨みつけた。
「間一髪といったところじゃったか。だが、そなた一人でどうしようというのだ。例え他サーバーとはいえ、イナバノカミの膨大な体力値は健在じゃぞ」
相対することはできたものの、ライム単独でイナバノカミツーの体力を削り切るのは困難であった。追い打ちをかけるかのように、あーやんから連絡が入る。
「ライムをサーバーに送ったはいいけど、大変なことが分かったわ。キライムに浸食されたこともあって、予想以上に深刻なダメージを受けているの。このままそこに留まっているだけでも、消滅してしまうのは時間の問題よ」
「でも、イナバノカミを倒すのなら、長期戦は避けられないですよ」
「そうだけど、まともに戦っていては自動消滅してしまうのがオチ。解決手段としては一つ。ありったけの攻撃力上昇系のスキルカードを送り、一撃必殺で勝負を決める。その直後に離脱すればどうにか助かると思うわ」
あーやんとしても、自分で言っていることは無茶苦茶だと自覚していた。通常モンスターの十倍近い体力のあるレイドボスを一撃で倒すというのだ。
しかし、テトは騒ぎ立てることはなかった。じっとスキルカードのデッキを見直すと、数枚のカードを入れ替える。その際、ライトとキリマロに声をかけ、彼らのカードも借り受けた。
「ほう、本気でイナバノカミツーを一撃で倒すつもりかね」
面白そうにケビンが茶化すも、テトは怖気づくことなくカードを掲げた。
「確かに、無茶な賭けだろうな。でも、やってみなくちゃ分からないだろ」
「馬鹿を言うな!」
大見得を切ったテトに吼えかかったのはムドーである。
「いくらスキルカードをつぎ込んだとしても、通常の十倍の威力を出すなんてことはあり得ない。それに、バグ技を使おうものならすぐに消えてしまうぞ」
彼が喚き散らしているのも尤もである。ライムの素体となっているネオスライムが既存のスキルカードを利用して攻撃力を最大限まで高める。そうした場合の与ダメージを計算したが、どう考えてもイナバノカミツーを倒すには届かない。
否、倒すことのできる組み合わせがないわけではない。しかし、実現させるにはどうしても「一定確率で効力を発揮するカード」を使用する必要がある。効率主義者のムドーにとって、ギャンブルカードなど外道中の外道であった。
加えて、ケビンが注釈を加えてくる。
「いつもと同じようにスキルカードを使えると思っているようだが、忘れてはいないだろうな。他サーバーにおいてはスキルカードの発動命令の伝達が不安定になる。つまり、普通にスキルカードを使用することすらままならないのだよ」
かつて、発動確率三十パーセントという見立てを通達されたことがあった。それを適用するなら、五枚のスキルカードをすべて発動成功させるだけでも、0.3の5乗で約0.002、つまり0.2パーセントとなる。スキルカードをフルに使わないと倒せない状況下、これだけでも天文学に喧嘩を売る行為だった。
それでもなお、テトはスキルカードを構える。指摘されている通り、所持している五枚すべてのカードでライムを強化して一撃必殺するつもりである。幸い、あまりに無謀な賭けをしようとしていると分かってか、イナバノカミツーに反撃する意思はなさそうだ。
「行くぞ、ライム。自分の持っている技を保持したままグレドランに変身するんだ」
初手でライムは全身の細胞を変質させ、人間から巨大な龍へと姿を変えていく。赤い鱗に覆われ、黄金の瞳を光らせている。このイベントにおいてキリマロが使用した巨龍グレドランだ。
「グレドランはイナバノカミに対して特攻を持っている。加えて、ネバーギブアップにより体力が少ない時に攻撃力が上がる。これまでの戦いでライムは消耗している。それによりグレドランのアビリティは発動可能だ」
姿を変えるだけなら問題はない。懸念していたのは、ライムの時に使える技をそのまま保持するという裏技を実行した点だ。目算では、成功確率40パーセント程といったところか。
恐る恐るライムが使える技を確認するや、テトはほっと胸をなでおろした。バブルショットはもちろんのこと、作戦の要となるあの技もきちんと残されていた。
次に、テトはスキルカードを取り出す。この作戦のためにライトから借りたカードだ。
「スキルカード逆鱗発動。全ステータスが上昇するので、当然攻撃力も上がる」
発動が確定してから、かなりのタイムラグがあった。初っ端から失敗してしまったか。
いや、しばらくして、ライムの赤い鱗が光を反射してまばゆく輝きだした。少女らしくもない雄たけびをあげ、イナバノカミを威嚇する。
「逆鱗を使うと、四分の三の確率で自滅してしまう。ライムの力ならそれを防ぐこともできるが、余力は残しておきたい。だから、このまま攻撃に移らせてもらう」
逆鱗の発動成功で30パーセント(作戦成功確率12パーセント)、そして逆鱗発動下で攻撃するのは75パーセント(作戦成功確率9パーセント)。
この時点で既に成功確率は一割を下回っている。だが、作戦はまだ序の口だ。
「アビリティを発動したグレドランの炎で攻撃するか。大ダメージを与えられるが、イナバノカミツーを一撃で倒すには遠いな」
「そんなことは分かっているさ。だから更に攻撃力を上乗せさせてもらう。スキルカード炎力、打破。ライムが使う炎技の威力を上昇させ、更にイナバノカミの防御力を下げる」
ステータス操作系のカードを二連続で使用する。発動が確定するまでに時間がかかるので、かなり心臓に悪い。
失敗してもおかしくない確率になってきたが、しばらくしてライムの全身が光に包まれる。同時に、イナバノカミツーにも重圧がかかる。他サーバーにおいて二枚のスキルカードを連続で発動できる確率は9パーセント(作戦成功確率0.81パーセント)。ここまで来るとテトの強運のすさまじさに感嘆する他ない。
通常のモンスターであれば一撃必殺できるほどの火力を備えている。だが、イナバノカミツーを倒すにはまだ足りない。天文学との喧嘩はむしろここからが本番だった。
「一生懸命攻撃力を上げているようだが、ひとつ失念していることがあるのではないかな。いくら強化しようと、技が当たらなくては意味がない。イナバノカミツーは素早さも上昇しているので、そんじょそこらの技など容易に回避できるぞ」
「だったらこいつを使うまでさ。スキルカード恐慌」
キリマロから借りたカードを意気揚々と発動させる。カードを使えば使うほど、発動までの時間差が長くなっている。もはや成功する方がおかしい領域に達しているのだが、しばらくしてイナバノカミツーのすぐそばに骸骨が出現した。
そいつは紛れもなくスキルカード「恐慌」により発生させられたものだ。その効果はノヴァとの戦いでも披露されているので言わずもがなだろう。これにより、相手に回避される心配はなくなった。ただ、累計の作戦成功確率は0.243パーセント。五枚のスキルカードを連続発動させるのとほぼ同じ確率だが、テトの手札にはまだ一枚カードが残されている。しかも、作戦に使用する中でも最もギャンブル性の高い代物であった。
モンスター紹介
イナバノカミツー 自然属性
副属性光
アビリティ バグにより表記不可
技 強襲爆砕
イナバノカミが違法カード「強制融合」によって強制的に強化させられた姿。
通常だと白い毛並みだが、バグの影響か黒い毛並みに変更されている。同時にアビリティもバグってしまい、正常に発動できない。
しかし、能力値は通常固体の数倍を誇る。作戦など立てずとも、単純に殴るだけで大抵の相手は倒すことができる。
対抗するとしたら、テトがやっているようにありったけのスキルカードで攻撃力を上げ、先制で一撃必殺するしかない。




