一撃にかけろ! ライムVSノヴァ
用事で次回更新まで少し間が空きそうなので、いつもより分量多めでお届けします。
恐るべき正体を目の当たりにし、さすがにテトは萎縮してしまう。だが、ライムは相変わらず胸を張っていた。
「へえ、あんさん、うちの正体を知っても平気なんやな。同じモンスターなら、うちがどれだけ強いか知ってるやろ」
「うーんと、ものすごく強いんだよね。でも、そんなの関係ないよ」
あっけらかんと言い放たれ、ノヴァはくちばしを広げた。なおもライムは迫り寄ってくる。
「だって、テトと力を合わせれば、どんな敵にも勝てるもん。あなたが火の鳥だろうがひよこだろうが関係ないし」
「かーっ、どいつもこいつもうちを雛扱いして腹立つわ。ムドーはん、攻撃喰らわな勝てるんやけど、むかついたらこいつ焼き払ってもええか」
「いいだろう。だが、あまり勝手なことはするなよ」
ムドーからお許しを得たノヴァは、不死鳥の形態を解除して少女の姿に戻っていく。本性を目の当たりにしたせいで、可憐な姿には似つかわしくない威圧を感じる。だが、くじけてばかりもいられなかった。なにせ、テトの手中には必勝となりうるカードが眠っている。いざとなれば、これを発動すれば万事解決するはずだ。
戦闘開始とともに、テトはライムにバブルショットを指示する。ファイバードは風属性だが、副属性で炎を持っている。この二属性の組み合わせの場合、水属性は効果抜群だ。
ライムが指先から気泡の弾丸を生成しているのを、ムドーはじっと観察する。そして、
「四時方向一コンマ三メートルで待機」
発射と同時にノヴァを少し後退させる。現在地からわずかにずれただけだが、バブルショットは見事に脇を通過していった。
「単純に技を出していただけでは躱されてしまう。連続でバブルショットを撃つんだ」
ライムは右手を広げると、五本すべての指先に気泡を発生させる。都合五発の弾丸の標準をムドーへと合わせる。
「数撃てば当たるという魂胆か。しゃらくさい。ゼロコンマ八八待機」
ノヴァへと下したのは停止命令だった。動かないつもりならばなおさら都合がいい。
ライムは五本の指から同時にバブルショットを放つ。五発の弾丸は散り散りに飛ばされたが、その後一斉にノヴァの元へと集結する。これで勝負ありか。
「跳べ」
だが、命中する直前にノヴァは天へと飛翔した。すぐさまライムは上空へと弾丸を発射するが、ノヴァは上手い具合に下降へと転じる。そのせいで、弾丸は頭上を通過することとなった。
やけになったライムは、単発でバブルショットを撃ちこむ。しかし、ムドーの指示を仰ぐことなく、難なく往なされる。やはり神眼は伊達ではなく、普通に技を出していたのでは当てられそうにない。
「どうした。あと三十秒しかないぞ」
残り時間は半分を切った。こうなれば、出し惜しみをしている場合ではない。テトは颯爽とスキルカードを取り出す。
「スキルカードの使用は禁止していない。そうだよな」
「もちろんだ。だが、どんなカードを使おうとも、ノヴァに触れることすらできまい」
「それはどうかな。相手に一ダメージでも与えれば勝ち。そんなルールだったら絶対に勝てるカードがある。時間もないし、もったいぶらずに見せてやる。スキルカード恐慌発動」
テトが使用したのはキリマロから借り受けたカードだった。もやと共にドクロが出現する。そいつは下あごを外さんばかりに開口し、ノヴァを呑み込もうとする。
相手に多大なる恐怖心を宿し、完全に動きを止めさせる。防御力を下げる効果もあるのだが、重要なのは相手を停止させるという点だ。このバトルでは相手にダメージを与えれば勝ちとなる。つまり、攻撃を必中させるスキルカードを使ってしまえば負けようがないのだ。
だが、そんな単純な手をムドーが対策していないわけがなかった。
「このルール下で拘束や恐慌が使われることぐらい予習済みだ。スキルカード反射鏡発動」
ムドーが使用したのは、童話の白雪姫で魔女が愛用しているような鏡が描かれたカードだった。出現した姿見は向かい来るドクロを映し出す。その直後、ライムの全身を投影すると、ドクロはあろうことか百八十度方向転換してしまった。
まさか自分の方にドクロが差し向けられるとは思ってもいなかったのだろう。ライムはおどおどとするばかりで、ろくに行動できずにいる。
「くっそ、スキルカード対抗」
「それも予想済みだ。スキルカード対抗」
スキルカードの効果を打ち消す「対抗」で「反射鏡」を無効にしようとしたが、同様のカードで対抗されてしまった。そうなると、残されたのは反射された「恐慌」のみとなる。
相手の動きを止めるつもりが、逆にライムを硬直させてしまった。スカに終わったカードを握りしめていると、ムドーはこれ見よがしに「反射鏡」のカードをちらつかせる。
「スキルカード反射鏡。対抗の上位互換となるカウンターカードだ。相手が使用したスキルカードを無効にするのみならず、それと同様の効果を相手に与えることができる。
無効系のスキルカードを使ってくるのを予想して対抗を控えさせたのは悪くないが、その程度ではまだまだ甘いな」
攻撃を回避不可能になっただけで、こちらからは攻撃ができる。まだ詰んだわけではないが、このままでは敗北濃厚だった。残り十数秒。逆転するにはこうするしかない。
「さすがだ、ムドー。お前の戦法は完璧だよ」
「諦めたか。残り時間からして、攻撃できるのは一発のみ。そのうえ、俺はいかなる攻撃を無効にする無効を持っている。素直に降参した方が身のためだ」
「その方が良さそうだな。でも、最後にお願いを聞いてくれないか。どうせなら、ノヴァの技を喰らって潔く敗北したい。このまま時間切れを待つってのも味気ないだろう」
テトの提案に、ムドーは揺らいだ。彼の言う通り、約十秒経てば自動的にムドーの勝利が決まる。だが、何もしないで勝つというのもつまらなかった。
対戦相手は悄然としており、潔く諦観したということか。そう判断したムドーは残り五秒の時点で命令を下す。
「ノヴァ、せめてもの手向けだ。豪華絢爛で葬り去れ」
「その命令を待っとんたや」
意気揚々とノヴァは火の玉を発生させる。通常なら何発も同時に生み出すのだが、相手の体力を削り切れなくとも勝利は確定している。なので、憂さ晴らしに一発ぶつけるだけでいいだろう。
残り三秒。ノヴァの手中から一発の火炎弾が発射された。射程距離からして、命中と同時にタイムアップといったところか。そんな目算をしていたムドーだが、彼の思考は突如響いた声に遮られた。
「ライム、朧に変身しろ」
最後にテトが下した命令。それは攻撃技ではなく、補助技の「変身」だった。変身前と同じ少女の形態に化けるためか、変化完了までは一秒程しかかからなかった。と、いうより、シンのもとでうなだれているポニーテールの少女になったのと、ノヴァの業火絢爛が命中したこと、そして、試合終了時間が訪れたのは同時だったのだ。
炎属性の技は水属性相手だと半減されるため、恐慌で防御力を下げられたとしても充分に耐えることができる。もちろん、ライムは一発も攻撃を当てていないため、両者の体力は残されたままだ。
本来なら引き分けとなるところだが、特別ルールにより勝敗ははっきりしていた。
「つまらん勝負だった。と、言いたいところだが、この俺を少しは楽しませたということは褒めてやろう。
だが、約束は約束だ。勝者がケビンを追う。異論はないな」
「もちろん。だから、僕とライムがケビンを倒させてもらう」
「貴様、正気か。勝ったのはこの俺……」
そこでムドーが絶句したのはノヴァの体力ゲージを目にしたからだった。提示されていたのはありえない数値であった。
ほんの僅かではあるが、ノヴァの体力が削られていたのである。
「どないなっとんや。うち、いつの間にダメージ受けたんや」
体力を減らされた当人でさえ気が付かない一撃。ムドーは終始ライムの動向を窺っていたが、彼女が技を命中させた瞬間は一度として訪れていない。
「一体どんなカラクリを使いやがった。卑怯な真似をしたのならただじゃ済まんぞ」
「正直、正攻法じゃないから明かすのは憚れるんだよな。カラクリとしては単純だ。ライムが朧に変身したことで、彼女のアビリティをコピーした。それは反撃の刃。
このアビリティを持っているモンスターに攻撃した場合、反撃されてダメージを受ける」
「まさか、そこの女の素体はフライソードなのか」
ゲーム配信直後のガチャ限定モンスターの存在を知っていることからして、ムドーの経験則の豊富さを物語っている。そんな彼でも、よもや朧がマニアックなアビリティを持っているとは予測できなかった。それ以前に、あの最終局面で変身を使ってくること自体意外であった。
制限時間後、両者の体力は残されたまま。なので、ゲームシステムからすれば「引き分け」という判定になる。だが、戦闘前に交わした約束により、勝者は明らかであった。
「いくらお前でも、朧のアビリティまでは防げなかっただろ。手段はどうあれ、ノヴァにダメージを与えたんだから、僕の勝ちだ」
「なるほど、最後に業火絢爛を誘発させたのは、朧に変身させてそのアビリティを利用させるためだったか。釈然としないが、約束したからには手を出さないでおこう」
「なんや、納得できへんな」
「ノヴァ、余計な手出しは無用だ。奴がどこまでやれるか、高みの見物といこうじゃないか」
なおもくってかかろうとしていたノヴァだが、ムドーにたしなめられ、しぶしぶ退散した。
元の姿に戻ったライムは、じっと空間の裂け目と対峙する。ケビンまでの道筋は綾瀬とレイモンドの両者でサポートするそうなので、心配することはない。彼女としては、イナバノカミを倒すことだけに集中していればいい。
ライムに激励の言葉をかけようとテトが一歩を踏み出すと、突然肩を叩かれた。振り返ると、シンがもじもじしながら左手で自身の襟を握っていた。
恥ずかしそうに上目遣いをしている彼女に、テトは言葉を失う。
「あ、ありがと」
「ありがとって」
ぼそっと呟いた一言に、テトは素っ頓狂な反応を返してしまう。そこでシンは声音を荒げると、
「お、朧の力を使ってくれて、ありがとうって言ってるの。私の力でやつらを止めたかったけど、そうはいきそうにないから」
そう言いながらそっぽを向いた。朧は未だに回復しきっていないらしく、あーやんの付き添いを受けている。
テトが頭を掻いていると、シンは再び肩を叩いた。
「厚かましいかもしれないけど、お願いがある。ケビンを一樹がいる病院に接触させるわけにはいかない。だから、あいつを止めて」
シンだけではなく、朧もまたテトに期待を寄せている。テトはしっかりとシンの手を握りなおした。
「もちろんだ。ケビンは僕たちが必ず止めてみせる」
テトとライムは頷きあう。そして、ライムはケビンの後を追って他サーバーの世界へと乗り込んでいったのだ。
スキルカード紹介
反射鏡
相手が使ってきたスキルカードを無効化し、それと同様の効果を相手に与える。
スキルカードに対するカウンターカード「対抗」の上位互換。
効果を無効にするのみならず、相手に跳ね返してしまうので、奇襲効果としては群を抜いている。
かなり強力なカードだが、唯一の欠点はレアリティが恐ろしく高く、滅多に手に入らないことだろう。




