ライムVSメガゴーレムその3
気を取り直し、反撃の手立てを考える。だが、そんな暇を許す間もなく、メガゴーレムの拳が急速接近する。「危ない」と声を上げたのも束の間、ライムはまともに殴打を受けてしまう。しかも、ダメ押しとばかりに左右一発ずつの連続パンチであった。
「卑怯なんて言うなよ。アビリティが発動して生き残ったのなら、勝負は続行しているってわけだ。だからいきなり攻撃しても文句はあるまい」
あまりに無慈悲な一手に文句も言いたくなるが、別にゲンは間違ったことを言っているわけではない。これは完全に、油断しきっていたテトのミスであった。
二連続パンチをまともに受け、せっかく回復したHPが再度尽きようとしている。反撃の機会を逃した上に、またもやられるなんて間抜けにも程がある。自分のふがいなさを呪い、唇を噛み締める。
「ちょっと、いきなり攻撃とか野蛮すぎやしない」
土埃で汚れたワンピースを払いつつ、ライムがメガゴーレムを睨みつける。あまりにも堂々と直立しているその姿に、テト、ゲンの両者は驚嘆の声を上げた。
「どうなってやがる。今度こそHPを削りきったはずだ。あれを耐えるほど、そいつの防御力は高くないはず」
「そうね。また死にかけちゃったわね。でも、残念でした。これまたアビリティのおかげで助かったってわけ」
「おい、まさか、また九死に一生を発動したのか」
「ご明察」
軽く言ってのけるが、本当にそうだとしたらとんでもないことをしでかしたことになる。それは、そのアビリティを頻繁に使用していたテトが熟知していた。
この異常な局面は、教室内で観戦していたクラスメイトたちに波紋を広げていた。戦況はゲンの方が有利とはいえ、ここまで執拗に追いすがっていることは言わずもがな。それよりも、奇跡の範疇にすら入るアビリティの連続発動の衝撃は大きかった。
「九死に一生ってそんなにしょっちゅう発動するアビリティじゃなかったよな。あれが二連続で発動するなんてことはありえるのか」
疑問を呈した悠斗に、京太が応じる。
「あのアビリティの発動確率は十パーセント。それが二連続で発動したとなると、その確率は、えっと……」
「一パーセント。決してありえない数値じゃないけど、狙って出せるものじゃないわね」
日花里に横槍を入れられ不機嫌そうな顔をするが、勝負の行方が気になるのか、ホログラムに視線を戻す。クラス中が固唾をのんで見守る中、勝負は佳境を迎えようとしていた。
「さっきは油断してたけど、今度こそ本当に決めてやる。ライム、スキルカードのコンボで支援するから、思い切り強力なやつをぶちかましてやれ」
「オッケ。その前に、ちょっとおまじないしてあげようかな」
そういうと、ライムは軽快なステップで呆然と佇んでいるメガゴーレムへと駆け寄る。そして、そっとその腕に触れ、テトのもとへ舞い戻った。
「おい、ライム。お前何をしたんだ」
「ちょっとしたおまじないだって。えっと、あいつって水属性が苦手なのよね。じゃあ、やっぱりあれでいこうかな」
「僕も水属性の技で決めるつもりだったから好都合だ。さっそくスキルカードを使わせてもらう。強化、炎化」
テトが一気に二枚のスキルカードを発動すると、場にいる二体のモンスターそれぞれに効果が生じる。
ライムには柔らかな光がその身を包み、オーラを纏ったようなエフェクトが追加される。一方、メガゴーレムの体は炎にまかれ、属性が火属性に強制変更される。
強力な水属性の技が来ることは疑いようがないが、ゲンは泰然としていた。それが逆に不気味であり、テトは眉根を寄せる。
「お前が一撃で勝負を決めようとしていることはお見通しだ。けれども、そううまくはいかないぜ。俺のメガゴーレムのアビリティを忘れたわけじゃないよな」
「確か、屈強な体だったか」
「その通り。このアビリティはあらゆる攻撃の威力を軽減させることができる。いくらスキルカード二枚で攻撃力を上げたところで、こっちはまだ十分にHPを残しているんだ。余裕で耐えて岩石パンチで反撃して試合終了だぜ」
メガゴーレムは鈍足の代わりに攻撃力が高く、そのうえアビリティによって防御力も強化されている。単純な殴り合いならば右に出るものはいないとされる程強力なモンスターであった。
持ちうるスキルカードで最大限の強化は行った。後は、ライムの実力を信じるだけだ。いくらなんでも九死に一生が三度も発動するとは考えにくい。この一撃で勝負を決しなければ敗北は濃厚である。
「いくぞ、ライム。バブルショットだ」
テトとライムは同じタイミングで人差し指を伸ばし、それに合わせライムの指先からシャボン玉の弾丸が放たれる。防御力の高さを信じてか、メガゴーレムに回避する素振りはない。腕をクロスして身を固めており、真正面から受けきるつもりであろう。
見た目からすると変哲のないただのシャボン玉。それがメガゴーレムの腕に命中、炸裂する。その瞬間、シャボン玉が弾けたにしてはありえない爆音が響いた。あまりの衝撃にテトとゲンは耳を塞ぐ。
予想外の爆音もそうだが、その直後の出来事に両者は度肝を抜かれることになった。あの一撃を受けた後、メガゴーレムのHPがものすごい勢いで減少していっているのだ。半分をゆうに通り過ぎ、四分の一さえ下回る。そして、ついには残り数ドットまで達しようとしていた。
「おい、まさか。バブルショットごときでやられるわけないだろ」
だが、ゲンの悲壮な声もむなしく、そのわずかなゲージさえも消え失せようとしていた。
まさに信じられない出来事だった。ライムが放ったのはバブルショット一発。それはテトやゲンのみならず、教室内の全員が認知していることであった。そのたった一発の弾丸がメガゴーレムの息の根をとめたのだ。それが嘘ではないことは空となったHPゲージと、うつ伏せに倒れたメガゴーレムが証明していた。
そして、最後のとどめとばかりに、テトの頭上に「WINNER」のロゴが輝く。軽快なファンファーレを耳にしても、テトは他人事のように棒立ちしていた。しかし、現実を受け入れてくると、体のうずきを抑えることができなかった。
「よっしゃー」
大声で叫び、ライムの方へ駆け寄る。相手はホログラムなので触れることはできないのだが、それでも彼女の手を握り、大袈裟に腕を振ろうとする。
「やったぞ、ライム。僕たち、ついに勝ったんだ」
突然興奮しているテトに戸惑っていたライムだったが、やがて微笑み返すと、一緒になってはしゃぎだした。
「うん、やったよ、テト。まあ、このくらいどうってことけどね」
「まったく、天狗になりやがって。でも、いいさ。やっとあいつに勝つことができたんだから」
ちらりと視線を送ると、テトとは正反対にゲンは愕然と立ちすくんでいた。虚ろな眼でじっとメガゴーレムを眺めている。
「まさか。この俺が負けただと」
信じられないという呈で呟いたのだが、それは強制的に解除されるホログラムが無残にも実証していた。
先ほどまでの威勢が嘘のように意気消沈している源太郎の前に徹人は立ちふさがる。
「くそ、認めないぞ。全国五百十八位の俺が、こんなやつに負けるなんて」
「認めないもなにも、勝負に勝ったのはこの僕だ。だから、約束は守ってもらう」
徹人が右手を差し出すと、源太郎は目を背ける。ため息をつき、徹人は追い打ちをかける。
「僕が勝負に勝ったらスキルカードは返すって約束したはずだ。まさか、それを破るわけないよな」
しらばっくれようにも、教室内の生徒全員がその約束の証人となりえた。己がスキルカードを勝負を介して取り上げ続けてきた以上、まさか負けた時の契約を白紙にしろなんて言えるはずがない。
源太郎は観念して、マイページを開き、スキルカードの一覧を表示する。無言のまま「大雨」のカードを選択し、トレードを開始しようとした。
突然そんなことをされたので気おくれしたが、徹人もまたスキルカードからカードを選択する。選んだのは昨日押し付けられた「強化」のカードだ。
「これで文句ないだろ。約束通り大雨のカードは返したぜ」
「いや、まだ約束は残っている」
自分の手持ちに大雨のカードが戻ったのを確認し、徹人はにらみを利かす。
「僕が提示した条件はもう一つ、田島さんに謝ることだ」
そう言われ、源太郎と日花里は真正面から向かい合う。憮然としている源太郎に対し、日花里はすまし顔であさっての方向を見遣る。ただ、突然矢面に立たされたせいか、どことなく照れ隠しのようにも思えた。
クラス中の注目を浴びる中、源太郎は頭を掻きながら、ぼそぼそと切り出す。
「わ、悪かったよ。失礼なこと言って」
「別にいいわよ。こんなゲームなんかで本気で怒る気しないし」
それだけ言い残すと、日花里はさっさと席へ戻ろうとする。その途中、徹人の傍で立ち止まり、そっと囁いた。
「余計なことしなくていいわよ」
憤然とした様子に、徹人は「ごめん」と詫びようとする。が、それより先に「でもまあ、ありがとね」とそっと肩を叩かれる。その途端、徹人は硬直し、顔を赤らめるのだった。
「あれ、テト。顔が真っ赤だけどどうしたの。のぼせた?」
「ち、違うわ、ボケ。茶化すんじゃない」
けらけらとからかっているライムとやりあっていると、口を真一文字に結んだ源太郎が近寄ってきた。それに感づいた徹人はさっと構える。
「よくも大恥かかせてくれたじゃねえか。これで勝った気でいるようだが、このままじゃ終わらせないからな」
「勝負するならいつでも受けて立つ。僕のライムにはそう簡単に勝たせないぜ」
互いに闘志をぶつけ合い、二人の間に火花が飛び交う。そんな両者の間に、悠斗がおずおずと割って入った。
「お二人さん、お熱いところ悪いが、そろそろ次の授業が始まるぜ」
「そうですよ、ゲンさん。早く席につかないとゲームやってたことバレますよ」
京太にも促され、二人はそれぞれ自分の席へと戻っていくのであった。
モンスター紹介
ドルフィ 水属性
アビリティ ステルスシー:フィールドが海の時回比率が上昇する
技 エコーボイス
AIを搭載しているイルカのモンスター。素直な性格で、AIモンスターの中でも人気が高いとか。
回比率が上がるアビリティは厄介だが、能力値は低めのため、それを封じることができれば十分勝機はある。




