最悪のスキルカード「洗脳」
地区大会で突如乱入し、会場中を大混乱に陥れた張本人。そんな奴を主と仰ぐモンスターが降臨しているのだ。しかも、AIを搭載しているのみならず、ライムと同じ力を持つと宣告してきた。
あまりの衝撃に沈黙が広がる。その静寂を破ったのはムドーだった。
「ケビンの手下か。そんなやつがそこのウサギを庇うとはどういう了見だ」
「単純なことよ。イナバノカミは我が目的を達成するための駒となる存在。そなた如きに消されては困る。わざわざライムを助けたのも徒労に終わってしまうからの」
「ライムを助けたって、お前に助けられた覚えはないぞ」
テトがいきり立つのも尤もだ。パムゥの存在を知ったのはついさっき。そんな奴から恩を着せられる覚えはない。
「かなり遠まわしの方法じゃったから、気づかんでも無理はない。そなたがアルファリスと戦った時に朧が応援に来たじゃろ。それは我からの差し金じゃ」
「あんたからの差し金って、あたいはそんなこと頼まれた覚えはないぞ」
「その通り。それどころか落とし穴に落ちたりしてひどい目に遭った」
「その落とし穴が我の仕業だとしたらどうする」
パムゥの一言で一同は戦慄した。さも簡単に落とし穴を作ったと白状したが、裏を返せばダンジョンのシステムを改変したということだ。
確かに、朧が応援に来たおかげでアルファメガに勝利することができたが、パムゥの思惑に乗せられていただけだったとしたら釈然としない。
「挨拶は済んだかね、パムゥ」
テトのもやもやとした気持ちは、突如として聞こえたその声に打破された。それもまた、聞き覚えのある声であった。
パムゥの足もとにダークスーツにサングラスという黒ずくめの男が現れる。忘れたくても忘れられない因縁の相手。ケビンその人であった。
「久しぶり。と、いうほどでもないかな、ライム」
「ケビン、どうしてここに」
「新イベントの実験という面白そうなイベントを私が見逃すわけがないだろう。いずれオープンテストを行うつもりで、シークレットエリアのセキュリティを甘めにしておいたのが災いしたな」
「堅牢なセキュリティだとしても、一介の企業が作成したプログラムなどいとも容易く突破できるわ」
誇らしげに翼を広げるパムゥと、不敵にサングラスに手を掛けるケビン。
最悪のコンビが勢ぞろいしてしまったことに、運営側も大きな衝撃を受けていた。ざわめく四天王たち。だが、その中でも田島悟とレイモンドは比較的落ち着いていた。
「まずいですよ。よりにもよってケビンに乱入されるなんて」
「いや、問題ない。むしろ歓迎すべき事態でもある」
「その通りデス」
「これが歓迎すべきって、どういう……」
木下が口を噤んだのは、田島悟がアバターを起動したからだ。やがて、表舞台にパピヨンマスクの男までもが乱入する。
「どつぼにはまったな、ケビン」
「ゲームネクストの田島君かね」
「お前はこのエリアのセキュリティが甘いと言ったな。それがわざとだとしたらどうする」
含みのある物言いに、ケビンの頬が引きつった。実証するかのように、イナバノカミがうなりを上げる。そして、パムゥ目がけて木槌を振り下ろしたのだ。
すんなり後れを取るほどパムゥは甘くなく、難なく回避してしまう。喧嘩をふっかけられたことで、彼女の顔から笑みが消える。
「イナバノカミの中にはライム対策用のソフトウェアが仕掛けられている。それはつまり、ライムと同じ能力を持つお前にも通用するということだ。
新イベントのテストモニターという甘い水を用意すれば、お前が釣れることぐらい予想済みだ。そして、ライムを狙う以上、お前も似たようなモンスターを持っていることも簡単に推測できる」
「ほう。ライムを消せずとも、我を消そうという魂胆か」
ライムどころか、ジオや朧にノヴァ。そしてパムゥとウイルス能力付きモンスターが勢ぞろいしている。ここで全滅させてしまえば、田島悟を陥れる脅威は消え失せる。
「シャレを言うつもりはないが、二兎を追う者は一兎をも得ずということわざがある。欲張りはいけないよ、田島君」
「我すらも捉えられない男には馬の耳に念仏ではないかの」
「黙れ。まずは貴様から倒してやる」
散々おちょくられて激昂したミスターSTは、イナバノカミを差し向ける。絶え間なく振るわれる木槌を、パムゥは右へ左へと受け流す。そして、いきなり眼前へと現れたかと思うと、両手を叩いて猫だましをかける。完全におちょくられ、ミスターSTの鬱憤は蓄積する一方だ。
そして、滞空したまま距離をとると、パムゥはケビンへと目配せした。
「いつまでも遊んでいては仕方ない。そろそろ仕事をさせてもらおう。スキルカード洗脳」
「な、なんだそのカードは」
既存のスキルカードとは明らかに意匠が違う一枚。通常だと白を基調としているのに対し、ケビンが取り出したのは黒地であった。人間の脳みそをわしづかみにしようと禍々しい二本の腕が伸びている。
このカードに対して真っ先にミスターSTが反応したのは無理もない。なぜなら、開発者である彼でさえも未知のカードなのだ。
「ライムや朧はモンスターのステータスを自在に操れるじゃろ。我も同じようにゲームシステムに干渉し、データを変更することができる」
「パムゥは特にその能力に長けていてね。スキルカードの効果を変えることも朝飯前なのさ」
「ひょっとして、あの大会で違法な自動回復を流行させたのはあなたのせい」
シンの問いにパムゥは悪びれることなく「そうじゃ」と肯定する。
カズキのアークグレドラン然り、あの大会の予選では、毎ターン体力を完全回復するというとんでもない性能のカードが出回っていた。カズキの話では、カードをもらう見返りにライムを探すように頼まれているという。そのカードを渡していた張本人がケビンのパートナーであるパムゥだったというのなら符合がつく。
「そして、パムゥの能力の発展形態がこのカードというわけだ。私は『洗脳』をイナバノカミに対して使用する」
暗黒のオーラと共に召還されたのはカードに描かれていた脳みそだった。それを狙っていた悪魔の手が標的を変更し、イナバノカミの頭上へと伸ばされた。
邪な二対の手腕は、がっちりと長い耳を握りしめた。振りほどこうともがくが、耳を引きちぎらんほど強く握られている。
やがて魔手はもやへと変化し、イナバノカミの脳内へと侵入していく。もやが注入されてからというものの、無気力になったかのように前かがみでうなだれている。
真っ先に変化が現れたのはウサギ特有の赤目だった。黒みがかかり、濁った汚い紫へと変色する。木槌を握る腕は垂れ下がり、ホラー映画の生きる屍の如く体を揺らしている。
「こけおどしか。そう簡単に私たちの作ったシステムを利用されてたまるか。イナバノカミ、パムゥを攻撃しろ」
体力ゲージ及び能力値に変動はない。スカカードと確信したミスターSTは堂々と指示を出す。
しかし、イナバノカミは一向に動く気配はない。「どうした、攻撃しろ」とミスターSTは喚くが、だんまりを決め込んでいる。
「なんや、そのウサギはん、様子が変やあらへんか」
ようやく拘束の効果から解放されたノヴァが怪訝な表情を浮かべる。これまで束縛から逃れようと躍起になっていたので、イナバノカミの動向はろくに把握していなかったのだ。
のこのこと戦線復帰してきたノヴァを見つけると、ケビンはゆっくりと右腕を持ち上げる。
「イナバノカミ、ノヴァへと強襲爆砕」
通常であれば酔狂の極みな指示であった。なにせ、他人が所持しているモンスターに対して命令を下しているのである。当然のことながら受け付けるわけがない。
しかし、イナバノカミはしっかりと木槌を握り、緩慢ながらもノヴァへと接近していく。そして、喚きに近い叫びをあげ、躊躇なく一撃を叩きこんだのだ。
もちろん、単純な打撃が通じるわけもなく、ノヴァは易々と回避する。ただ、回避できたかどうかは些末な問題でしかない。イナバノカミのこの行動はどう考えても異常である。
なにせ、主従契約があるはずのミスターSTの命令を無視し、ケビンの指示で行動したのだ。偶然ではないことを実証するかのように、
「ウサギよ、舞を踊ってみてはどうじゃ」
パムゥのふざけた命令に対し、本当にステップダンスを披露している。
「ったく、ひどいやあらへんの。せっかく回復した思うたら、攻撃されるやなんて」
不満を垂れ流すノヴァだが、並ならぬ異変を察知して表情を改めた。テト達はさることながら、一番衝撃を受けたのはミスターSTだろう。
「ありえん。イナバノカミが貴様の命令を聞くとは」
「それを可能にするのがこのカードなのだよ。スキルカード洗脳。各モンスターに備わっている所有者の情報に干渉し、それを意図的に操ることができる」
「要するに、そのウサギは我らの操り人形と化したわけじゃ」
まさに最悪のカードであった。相手モンスターの所有権を強奪し、強制的に配下に置く。所有者情報もデータ化されているから為せる技だが、受けた方はたまったものではない。なにせ、手塩にかけたモンスターがいとも簡単に奪われてしまうのだ。
そして、最も懸念すべきは、このカードをライムに使用されることだった。だが、それを見越したように、
「心配せずとも、現状ではライムに使っても抵抗されることが分かっている。改良を重ねればどうなるかは言うまでもないがな」
ケビンが釘を刺してくる。当分は直接ライムを洗脳される恐れはなさそうだが、目前の問題は全く解決していなかった。最悪の相手にとんでもないモンスターが渡ってしまったのだ。
スキルカード紹介
洗脳
モンスターの所有者情報を上書きし、強制的に自分のモンスターにしてしまう。
相手モンスターを強奪して支配下に置くというまさに最悪のカード。もちろん、公式でこんなものが出回っているはずがなく、ケビンが自作した違法カードである。
ライムに対してはウイルス能力で抵抗されるため使うことができない。しかし、改善を重ねた場合はウイルス能力付きモンスターでさえも意のままに操ることができるかもしれない。




