狂気のイナバノカミその2
テトの手のひらにライムと朧の手が重なる。すると、そこにほのかな明かりが灯った。ライムたちはあくまでデータ上の存在であるので、触れられても感触はない。それなのに暖かそうな灯が生じているので、なんとなく変な気分になる。
散々モンスター相手に改ざんを働いてきたものの、スキルカードを相手にするのは初めてだった。勝手が違うのか、ポンと触れるだけというわけにはいかないらしい。
それでも一分足らずで改造は終了したらしく、二人は手を放す。外見からすると、意匠に違いはない。内部データなど視認できないので、成功したかどうかは実際に使ってみないことには分からない。
「それでテト。あいつらに有効なカードは何なの。拡散は単独で使っても意味がない」
「まあ、急くなってシン。お前も戦ったから分かるだろ。イナバノカミの強さを支えている要因が」
「奴らは反動がある技を平然と連発してくる。それは、神殿によって追加効果を無効にしているから……」
そこまで発言して、ハッとシンは気が付いた。テトが拡散のカードを改造してまで使いたかったカード。それが今こそ発揮される。
「スキルカード浮遊発動」
断崖絶壁から飛び上がる男が描かれているカード。その効果は、フィールドによりもたらされる影響を無効にする。
「浮遊なんて使ってどうするんだ。俺たちのチームだと愛華ちゃんのピクシーぐらいしか効果をうけていないぜ」
ふてくされたようにキリマロは頭の後ろで指を組む。早々に戦線離脱してしまったために、手持無沙汰になっているのだ。
「確かに、僕たちのモンスターにこのカードを使っても意味はない。僕が対象とするのはイナバノカミ。それも二体同時だ」
そう宣言することで、キリマロはようやく合点がいったようだった。なぜ、わざわざスキルカードに細工を施したのか。それは、通常では攻撃することができない相手チームのイナバノカミにも効果を及ぼすためだからだ。
本来なら赤鉢巻のイナバノカミにのみ発揮されるのだが、カードの光は拡散していき、青鉢巻の個体にも降りかかった。外見上、特段変化はない。もちろん、攻撃していないのでHPも減っていない。
肩透かしと思ったのか、二体のイナバノカミは猛進してくる。テトの意図を把握しているため、一同は潔く逃げに徹する。そんな獲物を叩き潰さんと、強襲爆砕が発動。勢いよく振り下ろされた木槌が大地を揺らした。
これまでは単に空振りで終了だった。だが、浮遊の効果は確実に立ち現れていた。木槌が叩きつけられたと同時に、イナバノカミの体力が減少したのだ。別にバグが発生しているわけではない。元々、強襲爆砕は攻撃した後に反動ダメージを受ける技。神殿の効果が発揮されなくなったので、通常通り反動が発生したのである。
ちなみに、フィールド変化のスキルカードそのものを破壊する「崩落」というカードもある。だが、テトはそのカードを所持していなかったうえ、イナバノカミは対策として「神殿」のスキルカードを保有していた。なので、フィールドの効果を消す最良の一手を繰り出したのだ。
神殿が効力を発揮されなくなったことで、逃げているだけでイナバノカミは勝手に体力を減らしていく。そして、遂に待ち望んでいた瞬間が訪れた。
ゲージが半分を下回ったところで、両チームのイナバノカミは臼を召還する。そして、木槌で一心不乱に餅を搗き始めたのだ。
「よし、餅が出来上がるまでには時間がかかる。ライム、この間にイナバノカミに接触し、ステータスを下降させるんだ」
「朧、あなたも頼む」
「御意」
「任せといて」
テトとシンの号令に合わせ、ライムと朧は一直線に駆けだした。接近する二体の小物など眼中にないのか、イナバノカミは相変わらず餅つきを続けている。
そんなウサギの足に触れ、ライムと朧はすぐさま離脱した。相手モンスターのステータスは確認できないので、成功したかどうかは戦ってみないと判別できない。だが、これによりまともに相対することができるようになっているはずだ。
しかし、いざ尋常に勝負といったところで、新たな異変が襲い掛かった。テト達の元に帰還したライムが、そのまま地に伏せてしまったのだ。しかも、ライムだけではなく、朧も剣を支えにして喘いでいる。
「どうした、ライム。あいつに何をされたんだ」
「どうもしてないよ。でも、触れた途端に急に苦しくなったの」
「あたいも同じさ。くっそ、なんだってんだよ」
「綾瀬さん。ライムの症状を探ることってできませんか」
「平気な顔で無茶ブリしてくるね、君は。まあ、やれなくはないけど。レディバグ、協力して」
あーやんはレディバグを差し向けると、ライムの手をとらせる。自分のモンスターを介してライムの構成データに干渉。彼女の内部で起きている現象を突き止めようというのだ。
普段ならアクセス拒否されるはずだが、その特殊防壁プログラムも働いていない。その時点で十分不審なのだが、あーやんこと綾瀬は、自前にキーボードを叩いてライムのデータを探索していく。
そうしている間にもイナバノカミは行動を続けているわけだが、ライトのジオドラゴンとアイのピクシーが足止めを引き受けている。逆鱗で能力値を上げているジオはともかく、虚弱体質なピクシーはそう長く持ちそうにない。ヒーリングを連発してどうにか耐えている有様だ。
懸命にキーボードを操作していた綾瀬だが、ふとある地点で指を止めた。ライムのものとは明らかに異なるデータが紛れている。十中八九それが原因だろうと、その謎のデータに接触を試みる。ファイヤウォールで妨害されるのを危惧したが、すんなりと外部アクセスを許諾した。
そして、解析を進めていき、ついにライムに生じた異変を突き止めたのだ。
「分かったわ。ライムには強力なウイルス対抗ソフトが働いている」
「ウイルス対策ソフトって、ウイルスバクハ―みたいなやつか」
「その通り。それも、ウイルスバクハ―が幼稚園児の工作に思えるほど強力なやつがね」
導き出された結論に、テト達は唖然としていた。ウイルスが混入されているライムにとって、対策ソフトは猛毒のような存在だ。そんなものがいつの間に忍ばされていたのか。
「どうにかこのソフトを除去できませんか」
「できないことはない。でも、かなり複雑なプログラムだから、ぶっ通しで作業をやっても最低で半日はかかる。それだけ時間がかかったら……分かるでしょ」
それは脅しではなく忠告であった。綾瀬でさえそれだけの時間がかかるのだ。ずぶの素人であるテトたちが口出しするのは論外。もはや打つ手なしか。
「しかし、おかしいな。このプログラム、一度感染して解除された形跡がある。これを利用すれば短縮できそうだけど、それでも数時間はかかるな」
「もっと早くできないの」
「解除用のプログラムそのものがあれば話は別だけど、そんな都合のいいものが存在している訳はないし……」
あーやんの言葉が途切れたのは、切迫する影があったからだ。振り返ると、そこにはイナバノカミが木槌を振り下ろそうとしていた。
足止めをしていたジオとピクシーは戦闘不能にされてしまっていた。攻撃目標を失ったイナバノカミがテト達を狙うのは自明。
「おにぃ、ごめん。足止めできなかった」
アイが泣きそうな声で悲鳴を上げる。ライムと朧は言わずもがな、レディバグは解析にかかりきりになっているので、臨戦態勢に移ることはできない。このまま二体分の木槌が振るわれれば、ほぼ確実に全滅だ。
そして、戦闘不能になって抵抗力が著しく落ちれば、対策ソフトは一気にその牙を剥くだろう。そうなってしまえば、綾瀬といえど治療不可能となってしまう。これまでかと観念し、テトは目をつぶる。
遂にイナバノカミの木槌が振り下ろされる。その瞬間、どこからともなく火炎弾が飛来した。
狙いすましたように木槌を握る手首を射抜く。その拍子に手から木槌がこぼれ落ちてしまった。
次回、あの男が参戦です。




