ノヴァのお使い
「あのボーイは何を考えているのデス」
レイモンドは机を叩いて憤慨した。念を入れてアルファメガのステータスを弄って強化していたのだが、それをあっさり修正してしまった。おまけに、相手が九死に一生を持っているとはいえ、手をこまねいているようにしか見えない。
「焦ることはないですよ、レイモンドさん」
「ミスター田島。これが焦らずにいられマスか」
「ライムを倒す手段が絶たれたわけではありません。さすがに彼女をアルファメガへと突撃させて感染というのは望めませんが、あのままアビリティが発動できなくなるほど弱らせればいくらでも料理できます」
そう諭されると、レイモンドは態度を一変させて手を叩いた。田島悟はどっかと背もたれに体を預けると、ぼんやりと観戦に移る。対面したからこそ分かるが、ムドーという少年は相当な曲者だ。うわべでは協力する姿勢を見せているが、腹の内は分かったものではない。と、いうより、素直に命令に従っているとは到底思えないのだ。
そんな田島悟の懸念はすぐさま実証されてしまうこととなる。
「た、大変ですよ、田島チーフ」
突如、秋原が狼狽し、悲鳴を上げる。胡乱げに見遣ると、彼は必死になってキーボードを叩いていた。彼ほどの腕前があれば軽微なバグなら問題にならない。だが、表情には鬼気迫るものがあった。加えて、木下他四天王の面々も、心配そうに秋原を見守っている。
ただならぬ事態が発生したか。腰を上げて秋原が操作するパソコンを覗き込むや、田島悟は息を呑んだ。
現在テトたちが参加している正月イベントとは別に、新規のイベントを開発しているのだが、そのデータが攻撃を受けているのだ。構成していたプログラミングが次々に破壊されていく。その都度秋原が修正をかけているが、このままでは永遠とイタチごっこを繰り返す羽目になる。
田島悟は別のパソコンを立ち上げ、問題となっているプログラムを開く。やがて、侵攻している犯人が明らかになった。暁の振袖を舞うように翻し、優雅に暴走を続ける少女。ムドーのパートナーであるノヴァである。
「どういうつもりだ。こんなことをしてただで済むと思っているのか」
いきりたつ田島悟をよそに、ノヴァは漂々と言ってのけた。
「それはこっちのセリフや。あんさんの開発したソフトを試そうと思ったら、予想以上に効きすぎたんや。あー、このままだとうち、壊れそうや。こうやってプログラム破壊しとらんと、自我が保てへん」
悲劇の少女を演じてはいるが、自滅したのにかこつけて破壊工作を働いているに過ぎない。
とにかく動きを止めようと、田島悟は自身のモンスターを送り込もうとする。すると、それより前にレイモンドが立ち上がった。
「計画を滅茶苦茶にしたうえ、破壊工作を行うなど許しまセン。この私が成敗しマス。行きなさい、グランバイパー」
ノヴァが破壊して回っているのはファイトモンスターズのサーバー。なので、正常通りにバトルすることもできる。そして、魔法陣と共に召還されたのは、体長五メートル近くある大蛇であった。
黄土色の鱗に全身を覆われ、威嚇するようにチロチロと舌を出し入れしている。とぐろを巻いているが、マスターからの号令があれば、いつでも小娘を丸呑みにする準備はできていた。
「しばらく大人しくしていなサイ。ミステリアスアイ」
グランバイパーが双眸を大きく開くと、そこから閃光が迸った。鋭い眼光をたきつけることにより、相手を麻痺状態にする技。全身が痺れてしまえば、まともに行動することはできまい。
そして、動きを止められたが最後。毒を注入した後、全身に巻き付いてネチネチとダメージを与える。地獄の束縛コンボから逃れるのは容易ではない。
しかし、グランバイパーの開眼に合わせ、ノヴァは天を駆けた。すかさず牙を剥き出しにして鎌首を伸ばすも、自在に宙を舞う彼女を捉えられずにいる。
苦痛であえいでいるわりには、やけに俊敏な動きであった。蒼白な顔色から、キライムに侵されているのは事実のようである。それにも関わらず、並のモンスターでは追いつけないような俊敏さを発揮している。
ほんの一時交戦しただけだが、ファイモンのプレイヤーとしてレイモンドは思い知る羽目になった。使い手であるムドーを化け物扱いしていたが、彼の使うモンスターもまた化け物じみている。
手をこまねいている間に、グランバイパーの周囲に地熱が広がった。そこから火柱が立ち上り、火炎の牢獄に幽閉される。
ノヴァが放ったのは、毎ターン相手にダメージを与え続けるフレアサークル。それも、巨躯を封じるが如く、極少に範囲を狭めてある。下手に首を伸ばそうとすれば、炎に接触して火傷を負ってしまう。
「ああ発作や。炎を吐き出し続けんと悶え苦しむ発作や」
わざとらしく苦しみながら、両手に炎を宿す。ろくに身動きが取れないグランバイパーを上空から丸焼きにするつもりだ。
大根役者な演技はともかくとして、集中砲火されたらグランバイパーといえどひとたまりもない。
「オーノー!!」
レイモンドは頭を抱え絶叫する。そして、田島悟を押しのけ、無我夢中でキーボードを叩いた。
それに合わせ、グランバイパーの頭上にディスク状のデータが出現する。その正体を察したノヴァはフレアサークルを解除すると、さっとデータをかっさらった。
「これさえもらえれば、ここに用はないわ。ほな、さいなら」
立つ鳥後を濁さず。踵を返すや、あっという間にサーバーから離脱していった。
「なんてことをしてくれたんだ」
「仕方ないデス。あのままでは、ワタシのグランが死んでしまいマス」
ノヴァが去った後、田島悟とレイモンドは言い合いを始める。レイモンドが手渡してしまったデータ。それは、キライムの効果を打ち消す対抗プログラムだった。予期せぬ不具合に対処するために開発していたのだが、そのせいで墓穴を掘ることになろうとは思いもしなかった。
「それにしてもあの子、対抗プログラムなんか手に入れてどうするつもりかしら」
木下が発した疑問に、争っていた両者は口を噤んだ。ライムと同じウイルス能力付きモンスターを持っているので、キライムを警戒していてもおかしくはない。しかし、単純な理由でデータを狙ったとはどうしても思えないのだ。
運営側に大きな疑念を置き土産にし、ノヴァはムドーの元へ戻ってきた。すかさず、手に入れたデータを使用する。インストールするや否や、ノヴァの顔は晴れ渡っていく。先ほどまで気だるそうにしていたのが嘘みたいだ。
「まさに特効薬ということか。人間の薬とは大違いだな」
感慨深くディスクを眺めるムドー。そんな彼にノヴァは疑問をぶつける。
「そんで、そんなもん手に入れてどうする気や。うちを回復させるためだけやあらへんのやろ」
「その通りだ。ウイルス対策ソフトのせいでライムと本気で戦えないのなら、運営の口車に乗った意味がない。念のための保険というやつだ。
加えて、ライムを消そうとしているのなら、同じ能力を持つお前も消そうとして来るだろう。そのための対抗策を早々に手に入れておきたかった」
「最後の理由はとってつけたような感じがするな。まあええわ。ライムはんが本気を出せる環境が整ったなら、その実力の程をたっぷり見極めさせてもらいまひょ」
すっかり本調子を取り戻したノヴァは、ムドーの横に鎮座するのだった。
ノヴァがお遣いをしていた間もライムとアルファメガとの激闘は続いていた。とはいえ、戦況は平行線をたどる一方だった。ライムの技はことごとく回避され、アルファメガが攻撃しても九死に一生で防がれてしまう。ノヴァが戻ってきても互いの体力に大きな変動はなかった。
しかし、ライムの方には少しずつ異変が表れ始めていた。疲弊しているにしては大仰に息をついている。どことなく動きもぎこちなくなっているのだ。
「どうした、ライム。顔色が悪いぞ」
「う、うん。どうしたんだろ。なんか疲れるのが早いよ」
九死に一生を積み重ねてはきたが、体力的な限界が訪れるには時期尚早に思えた。それに、彼女の症状は明らかに疲労以外に要因がある。人間に置き換えるなら、発熱している人とそっくりなのだ。
実は、ブレイズソードで接触されるたび、少しずつではあるがライムの体内にキライムが侵攻していた。九死に一生の使用で消耗するのに反比例し、キライムの勢力は増す一方だ。原因が分からずにいるテトは、どうにか短期で決着が付けられないかと焦る。しかし、いくら弾丸を放っても回避される一方だった。
スキルカード紹介
融合
アビリティ「融合」を発動させる。
このカード単体では意味がなく、融合のアビリティを持つモンスターが場に居て初めて効果が発揮される。その名の通り、アビリティ発動の起爆剤となるカード。
融合する際に一方は戦闘不能になり、素材元モンスターが完全回復することから、ある程度戦闘してから使用するのがセオリー。しかし、素材モンスターが一方でも離脱してしまうと使えなくなるので、ベストタイミングを狙うとすると意外とシビアになる。
尤も、融合後モンスターはどれも非常に強力なので、初心者ならばいきなりこのカードを使っても問題はない。




