ご注文はレイドボスですか?
端的に言えば、ターゲットは白ウサギだった。ボスらしく目つきは凶暴で、体長も三メートルに迫ろうとしているが、所詮はウサギである。武器として木槌を担いではいるが、鼻をひくひくさせてこちらを観察している姿は、どうしても可愛らしさを先行させてしまう。
同一のウサギモンスターが二体出現したが、それぞれ赤と青の鉢巻を巻いている。全身が真っ白のせいか、それは余計に際立っていた。
「今回のターゲット。イナバノカミだ」
紹介されるや、二体のイナバノカミは木槌を振り上げて威嚇する。それでも女性陣の頬は緩みっぱなしだった。
ドラゴンやらフェニックスやら大層なモンスターが出現するかと思いきや、まさかのウサギ。拍子抜けしたテトはおずおずと訊ねた。
「あの、どうしてウサギのモンスターなんですか」
「新イベントは正月に開催されるからな。それに合わせてだ」
「でしたら、なおさらウサギである必要性がないのですが」
「いや、きちんと理由はある。去年、二千三十五年の干支はウサギ。干支が変わって主役から降ろされることになったウサギが逆襲してきたというのが、今回のイベントのテーマだ」
「かなりこじつけよね」
あーやんが呆れた顔をするが、ボスモンスターがウサギに決まったのには大人の事情があったのだ。
特段、複雑な内情というわけではなく、ケビンの乱入のせいでモンスターのキャラデザがなあなあになってしまった木下が、「去年の干支が逆襲してきたって設定でどうよ」と苦し紛れによこしてきたのがこのウサギモンスターのデザインだったのだ。一刻も早くイベントを開催したくて彼女に納期を迫った田島悟は、無碍に案を突っぱねることができなかった。
「正月イベントなら獅子舞とかでいいんじゃないの」
「いや、去年の正月レイドボスイベントの相手が、獅子舞モンスターのシシマインだったんだ。さすがに被るのは避けたかったのだろう」
「ああ、あいつか。炎属性で副属性雷を持っていて、自爆を覚えるやつ」
キリマロは合点がいったように手を打った。自爆できるモンスターの中では最高クラスの攻撃力を誇るので、配信直後はシシマインに自爆させる「獅子ボム」という戦術が流行したぐらいだ。
「ちなみに、シシマインのレイドボスイベントも再開催予定だ。こちらは前回より難易度を下げた初心者用イベントとなる。イナバノカミは上級者向けの高難易度クエストだが、君たちなら問題はないだろう。
そして、簡単に性能を説明しておくと、こいつらの属性は自然で副属性は光。今年の干支が辰ということで、一部の龍系モンスターが特攻を持っている」
特攻とは、イベントで出現するモンスターに対し、通常よりも大きなダメージを与える効果のことである。主にガチャ限定のモンスターに付与され、イベントを有利に進めるためにガチャを引かせる狙いがある。プレイヤーの射幸性を煽る手段として、スマホゲーム初期から使われてきた手法だ。
龍系ということで、ライトのジオドラゴンに期待の眼差しが集まる。誇らしげに胸を張るおっさんだったが、
「ちなみに、ジオドラゴンは特攻の対象外だ。詳しくはまだ明かせんが、大会で配布したアークグレドランは特攻持ちとだけ言っておこう」
出鼻をくじかれ膝を折る。ジオドラゴンが特攻を得ていたならかなりのアドバンテージだったが、そうは問屋が卸さないといったところだ。ただ、アークグレドランが対象となっているのなら、なおさらカズキが不参加というのが悔やまれる。
笑いをこらえているシンにライトが吼えかかっていると、メニュー画面の一部が点滅し、新たなメニューが出現した。それを起動させてみると、目の前に複雑怪奇な迷路が立ち現れる。入り口らしき場所には赤と青の丸が表示されていた。
「諸君らに配信したのはイベントの舞台となるダンジョンの地図だ。イナバノカミはこのダンジョン内をランダムに移動する。君たちの現在地は丸、イナバノカミは怪物のマークで表示される。この地図を参考にイナバノカミを探し、戦いを挑む。それを繰り返して、先に敵の体力をゼロにしたチームが勝ちだ」
「前からやってるレイドボスイベントでも思ったけどさ。これってポケモンのラ〇コウとか捕まえるやつとそっくりじゃん」
「それは言わないお約束でしょ。あのイベントも本質はレイドボスと似たようなところがあるし」
キリマロが皮肉を口にすると、あーやんがたしなめる。従来だと実際に戦うのは一人だけなので、余計にポケモンのイベントっぽいと非難されることがあった。今回、複数人で一度にバトルできるようになったことで、よりオンラインのレイドボスイベントに近づいたと評価すべきか。
「もちろん、道中ではモンスターとエンカウントするし、強力な中ボスも待ち構えている。イナバノカミに集中しすぎて足元をすくわれないように注意したまえ」
それだけ忠告し終わると、イナバノカミの足もとに再度魔法陣が出現した。光に迎え入れられ、イナバノカミたちはダンジョン内へと転送されていく。
二体のウサギが消滅すると同時に、ダンジョン内に赤と青の怪物のアイコンが表れた。ゆっくりではあるがダンジョン内で移動を開始している。テトたちの現在地とは距離があり、しばらくダンジョンを踏破しないと出会うことすらままならない。
そして、突如横揺れに襲われたかと思いきや、左右の壁の一部が開き空洞が穿かれる。そこがダンジョンへの入り口というのは言われないでも明らかだ。
「さあ、準備ができたチームから、この入り口からダンジョンへと踏み込むのだ。健闘を祈っているぞ」
その言葉を最後に、ミスターSTのアバターは消滅していった。ここから先は天の声として、テト達の動向を見守るつもりだろう。
現在のフロアからは二方向に道が伸びており、右は赤、左は青の個体への最短経路となっていた。そうなると、どちらの入り口を選ぶべきかは自ずとはっきりする。
「先手必勝だ、シン。さっさと行くわよ」
「ええ。テト、そしてライト。この勝負に勝つのは私たち。あなたらは物見遊山でもしながら、チンタラ戦っているといい」
朧と共に颯爽と左の入口へ突撃するシン。同チームのアイとキリマロは手を振った後、遅れまいと彼女へと続く。
「ここでボケっとなんかしていられないわ。徹人、私たちも行きましょう」
「ああ、もちろんだ」
「そぼろちゃんには負けないんだから」
気合を入れ直すと、テトたちもまた右の入り口からダンジョンへと踏み込むのであった。
モンスター紹介
シシマイン 炎属性
副属性雷
アビリティ 祝福:各ターンランダムでHPが回復する
技 自爆 ファイアタックル
正月イベントのボスとして登場した獅子舞のモンスター。
獅子舞そのものという滑稽な容姿ながら、火属性の弱点となる水属性を攻めることができる雷属性も持つという有用な性能がある。
更に、そこそこ高いステータスから放たれる自爆は脅威。
アビリティの祝福は一定確率でHPを四分の一回復させるが、自爆のインパクトが大きすぎてあまり見向きされていない。




