代表者を決めよう
二体分のライトニングに加え、ダメ押しで朧が「七の太刀光明」を使っていたため、内部は逆にまぶしいぐらいだった。暗闇に乗じて影討ちしようとしていたなら、ご破算になっていただろう。尤も、危惧していた罠はどこにも仕掛けられてはいなかったが。
テト達がホールに到着すると、ミスターSTは待ちくたびれたように柱に背を預けていた。
「六人全員参加か。ここまで一本道なのに随分時間がかかったな」
「いきなり女神像の中に突入しろって言われて、警戒しない方がおかしいですよ」
「なるほど。その用心深さは中々のものだ」
褒められて表情を綻ばすテトだったが、ミスターSTは咳払いして全員を見渡した。
「では、さっそく新イベントの説明に入る。と、その前に近々導入する新バトルシステムを紹介しよう。その名も、複数体同時バトルだ」
そう宣告されると同時に、ミスターSTの傍にモニターが表示された。そこには、デフォルメされた怪物が一体ずつ対峙していた。
「バトルでは三体までチームを組むことができたが、実際にバトルをするのは一体ずつ。このように、二体同時でバトルはできない」
説明に合わせてもう一体別の怪物が出現するが、即座に大きく罰印が描かれる。
「ところが、複数体同時バトルでは、一度に二体以上のモンスターを使ってバトルすることができる」
今度は相手側に別の怪物が参入し、大きな丸印が描かれた。
「つまり、大会の決勝で私が使ったデュラハンと朧のタッグが公式に認められるってことね」
「その通り。そもそも、このシステムは大会でケビンによって無理やり改変させられたバトルシステムを基盤にしているからな。開発にはさほど時間はかからなかった」
「基礎となるシステムは完成しているんだから、後はバグが出ないように微調整するだけでしょ。そんなの片手間でできるわよ」
軽々しくあーやんは言うが、皆一様に「それはあんたがプログラムに精通しているからだろ」と心中でツッコんでいた。
「企画している新イベントはこの複数体同時バトルを用いたものになる。なので、まずはこのバトルを体感してもらおうと思う」
「体感って、具体的には何をするんですか」
「いい質問だ、テト君。別に難しいことを要求するつもりはない。君たちの中から代表者を二名選出し、私と戦ってもらいたい」
突然の宣戦布告に、テト達は騒然となった。特に、キリマロやシンは浮足立っている。身内であるライトとあーやん、直接対決したことのあるテトはまだしも、残る三名はミスターSTとは初顔合わせとなる。開発者と勝負できるなど、普通ならそうそうある機会ではない。高揚するのも無理からぬことだった。
「まずは立候補者を募ろうか。私と戦ってみたいという者は手を挙げてくれ」
それに応じて挙手したのは三人。キリマロとシン、そしてライムだった。
「ライム、お前勝手に手を挙げるんじゃない」
プレイヤーのアバターであるキリマロとシンは分かるが、そこにしれっとモンスターであるライムが混ざっているのである。テトはツッコミを入れざるを得なかった。
ただ、よく見るとさりげなく朧も右手を掲げていたので、そこまで問題にするべきことではなかったようだ。
「希望者は三人か。他の者はいいのか」
「私はパスしとくわ。叔父さんとはその気になればいつでも戦うことができるし」
「私もいいかな。開発者さんと戦うなんてあんまり自信がないから」
あーやんとアイは参戦する意思がないようである。残るライトは腕を組んで考えあぐねていた。せわしなく右手を上げ下げしており、今一歩決断し損ねているようだ。
「三人のうち二人でバトルするってことだろ。仮に僕が選ばれるとすると、悠斗か真のどちらかとタッグを組むってことか」
「じゃあ徹人、俺と組もうぜ。ライムと一緒にバトルしたかったんだ」
「待ちな。ライムとは決着をつけたいと思ってるけど、その前に共闘して手の内を探るってのも一興だ。シン、ここはあたいらの力を貸してやるってことでいいよな」
「同感。タッグに臨むのはこの私。あなたじゃ力不足」
「言ってくれるじゃないか。確かに決勝には出れなかったけど、徹人とは何度も戦ってんだ。あいつの癖を知っている俺の方がふさわしいぜ」
人差し指で自身の首を指しながら、キリマロはシンに迫っていく。仮に参加と断っておいたが、この流れだと、テトの参戦は決定事項になりつつあるようだ。あの二人が水と油というのは傍からしても自明であるし、なおさら出場しないと収拾がつかなくなる。
嘆息していたテトであったが、急に腕をからまれる。びっくりしていると、シンが体を摺り寄せてきた。
「テトは私とタッグで戦ったことがある。彼の癖も、決勝で交えた時に把握済み」
「くそ、汚いぞ。色気で惑わす気か。徹人、俺だ、俺を選べ」
「テト、私はどっちかというとそぼろちゃんと一緒がいいな」
「お前の気持ちも分かるけど、友人として悠斗を見放すわけにはいかないんだよな」
シンとキリマロのどちらを選ぶべきか。苦悩しつつ、テトは地団太を踏む。相手が田島悟ということを考えると安パイはシンと朧のペアである。彼女とは二回戦っているので、出方も分かっているつもりだ。それに、複数体同時バトルが実装されれば、キリマロとはいつでも一緒に戦うことができる。
腹を据えたテトはシンの手を取ろうとする。
「ちょっと待った」
その瞬間に待ったが入り、テトはピタリと動きを止める。高々と右手を上げ、まっすぐにテトを見つめているのはライトであった。
「ほう。日花里、いや、ライトも参加希望か」
「黙っているから蚊帳の外だと思ったけど、今更のこのこ首を突っ込んできたわけ」
「いいでしょ、別に。ここにいるからには、私にだって参戦権はあるんだから」
そう言うと、無言のままシンとは反対側に並び立ち、テトの手首を握る。「んなぁ」と変な声を出して瞠目すると、ライトは赤面しつつそっぽを向いてしまった。
「こら、テトに対してなれなれしいぞ」
嫉妬を顕わに、ライムがテトの肩を揺さぶって来る。
「おい、徹人。お前そんな羨ましいことやってないで、さっさと俺とタッグを組め」
結果的に蚊帳の外となることになったキリマロが吼えかかっている。モテる男はつらいと有頂天になるどころか、為されるがままに弄ばれ、テトは狼狽するばかりだった。
もめにもめている少年たちを前に、田島悟は困り顔で頭を掻いた。やがて手を叩くと声を張り上げて呼びかける。
「こら、無益な争いは止めたまえ。どうしても決まらないならじゃんけんでもすればいいではないか」
これが鶴の一声となったようで、喧騒が嘘のように静まり返る。代表選抜の際に用いられる、公正にして即決可能な神聖遊戯。命運を半ば天に託すのであれば恨みっこなしだ。
四人は輪を作るように並び、一斉に握りこぶしを突き出す。ちなみに、「じゃんけんという概念は知らない」ということで、ライムと朧は不参加だ。その代わりに、テトとシンが参加している。
「勝った二人がミスターSTとバトルをする。それでいい」
「もちろんよ」
「よっしゃ、絶対に勝ってやる」
「どうでもいいから、早く始めてくれ」
「テト、頑張ってね」
若干一名テンションが低いものの、それを打ち消す程闘志が燃え上がっていた。
「そんじゃ、公平を期すために私が音頭をとろうかな」
面白そうにあーやんが進み出る。自身の腕先を注視している中、ついに決着の時が訪れた。
「最初はグー、じゃんけんぽん」
この作品には珍しくバトルがないシーンが続いていますが、次回からお待ちかねのバトル開始です。




