新イベントのお誘い
病院からへの帰路途中、徹人は携帯電話に不在着信があることに気が付いた。院内ではマナーモードにしてあったのでずっと対応できなかったのだ。父親が運転する自家用車の車中で徹人は通話を開始する。
「もしもし、日花里。電話があったみたいだけどどうしたんだ」
「ようやく出たわね。暇だからすぐ繋がると思ったけど、予想外だったわ」
開口一番失礼なことを口走るのは日花里である。休日はいつもファイトモンスターズをしていると認識されているので仕方ないことではあるが。
「今日はちょうど愛華の退院の日だったんだ。それで、さっきまで那谷戸の病院にいて、今島津まで戻ってるとこ」
「そう、今日が退院なんだ。愛華ちゃん大丈夫そう」
「皮肉をぶちまけるほど元気いっぱいだ」
「何よ、それ。まあ、無事ならば一安心だわ」
ここで徹人が奥歯を噛んだのは、愛華に膝をつねられたからだ。興味本位で通話内容を盗み聞きしたところ、徹人が揶揄しているのを小耳に挟んでしまったらしい。
日花里は苦笑したのち、落ち着き払って本題へと入る。
「ところで、この後って予定ある」
「あるとしたらファイモンをやるぐらいかな」
「ならばちょうどよかった。実は、徹人にお願いしたいことがあるの。それも、ファイトモンスターズに関して」
「ファイモンでお願い?」
徹人が訝しんだのは過去に似たようなことがあったからだ。あの時は田島悟より送られた違法カードで強化したジオドラゴンと戦うことになったが、今回はどうなることやら。
そんな疑念を抱きつつも、日花里の言葉に耳を傾ける。
「父さんからの伝言なんだけど、ファイトモンスターズで新イベントを企画しているらしいの。新要素を取り入れた革新的イベントみたいだけど、それに向けてテストプレイヤーが必要なんですって」
「ゲームのテストプレイか。それなら、社内のデバッグ要員で十分なんじゃないか」
「父さんが言うには、ユーザー目線からも意見を聞きたいそうよ。なにせ、ファイモンへの風当たりが強くなってるから、ここらで巻き返しを図りたいって意気込んでたから」
「あんな事件があった後だから、インパクトのあるイベントでもやらなければ巻き返しは難しいだろうな」
「私もそう思う。で、白羽の矢が立ったのが私。テストプレイを頼めそうな人を探してくれって言われたけど、綾瀬姉さんと、その、徹人君ぐらいしかいないじゃない」
最後の方が口ごもっていて聞き取りにくかった。ただ、繰り返してくれと強要するほど、徹人は野暮ではない。
完全新規のイベントを先行でプレイできるというのはかなり魅力的な誘いである。しかし、徹人は即答できずにいた。主催者が主催者なだけに、きな臭さを拭い去れないのだ。
「前みたいに罠があるかもって思ってる」
見透かされたかのような一言に、徹人は喉を詰まらせそうになる。
「日花里には悪いけど、君の父さんとはあんなことがあったからな。安易にライムを参加させるのは躊躇われる」
「仕方ないことよね。でも、今回はできる限り人を集めてほしいって言っているの。一般にもテストプレイヤーを公募するつもりらしいし。衆目の中でライムだけを狙うなんてことはできないんじゃないかしら」
徹人の既知の間柄が集っているところで、露骨にライムを狙おうとすれば逆襲されるのがオチ。ただでさえバッシングを受けているのに、闇討ちでライムを消そうとしたなんて風評が広がれば更なる痛手となってしまう。用心するに越したことはないが、大っぴらに攻撃してくることはないだろう。
それ以上に、「未知のイベント」という蠱惑的な響きが徹人を揺さぶっていた。ライムに話したら即答で参加を決めるだろうし、田島悟との確執がなければ迷うことなく許諾するところだ。
ひとしきり考えた後、徹人は決断を下した。
「いいぜ、参加させてもらう。怪しい動きがあったら、一斉に反撃すればいいことだし」
「分かったわ。じゃあ、何人か参加してくれそうな人を誘ってみてくれる。それで、人数が集まったらこれから送るメールに書いてあるポイントに向かって。詳しいことはそこで話すわ」
そこで日花里との通話が終了し、徹人はため息とともに背もたれに体を預けた。
タイミングを図っていたのか、いきなり愛華に頬を突かれる。うざったそうに横目をやると、彼女は期待に満ちた眼差しを送ってきた。
「ねえねえ、ファイモンの新イベントやるんでしょ。私も参加していい」
「お前、電話の内容を聞いていたのか」
「うん。丸聞こえだったよ。ねえ、いいでしょ」
そう言いながら激しく体を揺さぶってくる。走行中の車内でそんなことをされては、酔ってリバースしそうになる。
「あ、ああ、分かった。分かったからやめろ。ファイモンのリハビリにもちょうどいいだろ。参加させてやるよ」
「本当! ありがと、おにぃ」
ようやく横揺れから解放された徹人は、ぐったりとドアにもたれかかった。有頂天になってはしゃいで母親に叱られる愛華をよそに、徹人はそのまま酩酊状態と戦っていたという。
とりあえず参加者を一人確保できたものの、愛華だけを連れていくというのも面目が立たない。ただ、他に参加してくれそうな人物で思い当たるのは彼ぐらいだった。
「お、徹人、久しぶり。生きてたか」
「死んでたらどうすんだよ」
「棺桶にファイモンのスキルカードを入れてやる」
「じゃあ、お前の持ってる『恐慌』がいいな」
「おい、やめろ。小遣いはたいて手に入れたレアカードなんだぞ」
家に到着して早々、電話で物騒な会話を繰り広げている相手は悠斗である。いくら自由に参加者を募ってもいいとはいえ、徹人がライムの使い手であることに理解を示している人物の方がいい。その点、悠斗であればそのことを把握しているし、旧知の仲なので下手な画策は起こさないはずだ。
ちなみに、「恐慌」は相手の防御力を大幅に下げ、次に使う技を必中にする激レアカードだ。高威力技と組み合わせれば一気に決着をつけることもできるため、初登場時から市場レートは鰻登りに上昇しているらしい。
「そんで、用件は何だ。ファイモンのバトルならわざわざ電話してくることないのに」
「バトルのお誘いなんだが、ただのバトルじゃない。お前、新イベントに興味はないか」
「それって、年末に開催する予定のイベントか。全然アナウンスがないから、今年はやらないと思ったぜ」
「僕も同感だ。でも、さっき運営から連絡が来て、イベントのテストモニターを募集してるみたいなんだ。僕はもちろん参加するけど、悠斗はどうかなって思って」
「そんなの決まってるだろ。参加させてもらうぜ。一足先にイベントを体感できるなんて、願ってもない。源太郎に自慢したらさぞかし悔しがるだろうな」
「違いない」
あっさりと参戦が決まったことで、徹人は肩の力を抜いて笑いあう。その頃、当の源太郎は寒空の下、母親から頼まれたお遣いに励んでいたという。空っ風に吹かれてくしゃみをしたのは偶然の産物である。
「そんで、そのイベントはどうやって参加するんだ」
「えっと、参加方法について連絡があるはず……お、ちょうどメールが来た。これからそっちにも転送するよ」
そう言うや、徹人は日花里より送られてきたメールを悠斗へと転送する。かなり事務的な文体で集合場所が記されていたので、田島悟が送った内容をそのまま転送してきたのだろう。
「えっと、クラリネス神殿か。ストーリーの後半で行ける、光属性のボスが出るところだよな」
「そうだな。そこにパピヨンマスクをつけた変な男がいると思うから、それを目印にするといい」
「パピヨンマスクって、あの変態仮面アバターを使うやつがいるのかよ。じゃあ、迷うことはないな」
クラリネス神殿はある程度モンスターのレベルを上げないと行くことができないが、徹人はとっくの昔に踏破していた。愛華でさえ、そのエリアはクリア済みである。とはいえ、そこそこ強いモンスターが出現するので、そんな場所を指定するということは、新イベントの相手は一筋縄ではいきそうにない。
悠斗は「先に集合場所へ向かう」と託して電話を切った。二人の参加者を確保できたが、せっかくだからもう少し増やしたい。とはいえ、他に声をかけられそうな人物が思い当たらない。
携帯電話のアドレス帳をいじくっていると、いつの間にかライムが横に並び立っていた。
「テト、参加者は見つかった」
「一応な。他に参加してくれそうなのは……」
「いるじゃん、ほら」
ライムが指し示したのは、つい最近登録したばかりのアドレスだった。名前を目にして、徹人は息を詰まらせる。
「確かにこいつなら参加してくれそうだが。っていうかライム、お前個人的に参加させたいだけなんじゃないのか」
「そうだよ」
「あっさり認めやがった」
彼女、というより、彼女が使うモンスターとはあんな約束を交わしたのだ。イベント内容にも寄るが、早くもリベンジマッチを果たせるかもしれない。
応答するかどうか怪しいところだが、徹人は表示されている番号をダイヤルしてみる。あっさりと電話が繋がり、「まさか電話されるとは思ってもみなかった」と至極当然の反応をされた。
そして、トントン拍子に話が進み、拍子抜けするほど簡単に参加表明を受け付けたのだ。
「あいつって、浮ついたことは苦手だと思ったが、案外食いつくんだな。まあ、地区大会に出場してたぐらいだから不思議じゃないか」
「どうでもいいじゃん。こんなに早く戦えるなんて最高だよ」
「いや、敵はあいつじゃなくて、運営が用意したモンスターだけどな。多分」
対人戦イベントなら直接拳を交えることがあるかもしれないが、十中八九ボスモンスターとの対決だろう。とにかく、参加してみないことには始まらない。
スキルカード紹介
恐慌
次に使う攻撃を必中にするうえ、相手の防御力を大幅に下げる。
威力が高いが命中率の低い「ファイアボム」などと組み合わせると必殺の破壊力を発揮できる。エンハンスを掛けた後に、トドメでこのカードを使うといった戦法が一般的。
その強力さゆえに、超レアカードとして流通している。




