真の弟
サブタイトルは「まことのおとうと」と読んでください。
あと、さりげなく、第100話目です。
冬休みに突入して最初の週末。徹人は県内でも最大級の規模を誇る那谷戸総合病院を訪れていた。
ケビンの乱入により、うやむやのまま終幕したファイトモンスターズ東海地区大会。ライムを手に入れるためだけに空調を支配するなどのサイバー犯罪を仕掛けられ、そのせいで妹の愛華が高熱を出してしまったのだ。
会場となった那谷戸ドーム近くで、なおかつ休日急患を扱っているところということでこの病院へと搬送された。
いくつか検査を受けただけで、入院翌日には退院までの日程が組まれた。今日はその退院の日である。両親と一緒に病室に入ると、愛華は片手を振りながら招き寄せた。
「随分元気そうじゃないか、愛華」
「ただの風邪だったもん。ここ最近は元気すぎて暇だったよ。だってここ、ファイモン禁止だし」
「そりゃ病室だからな」
通信機器の使用が制限されているので、オンラインゲームは御法度となっていた。ファイモンができないのなら入院はしたくないなと徹人は思うのであった。
担当医師によると、熱でうなされていたのは搬送されてから二日ほどで、後は快調そのものだという。退院時期を早めても問題なかったが、念には念を入れて予定通りの日付にしたそうだ。
手続きについて話があるということで、両親はともに看護婦に連れられて病室を後にする。しばらく愛華と待ちぼうけすることになった徹人は、来客用の椅子に腰かけ、ベッドの柵に顎を乗せた。
「ねえねえおにぃ、ファイモンに新しいモンスターとか追加された?」
「今のところまだだな。運営もケビンへの対応でてんやわんやになってるんだろう。でも、年末辺りにイベントとかをやるかもな」
「ピクシーみたいな可愛いモンスター出ないかな。最近は機械のサソリとか変なのばっかりだし」
「そう言うなよ。ゼロスティは結構強いからな」
ミスターSTとの確執もあり、トラウマになりかけているモンスターである。大会開始に合わせて、ゼロスティンガーのような機械モンスターが投入されて以降、新規モンスターの追加はない。冬休みはオンラインゲームの稼ぎ時であるので、何らかのアクションを起こすのは間違いないはずだ。
「あれ、珍しいね。愛華ちゃん、お客さん?」
徹人と愛華が談笑していると、隣のベッドから覗き込む顔があった。全体的にひょろりとした体格で、あどけない顔立ちをしている男の子だ。愛華よりも幾分幼く、小学校中学年ぐらいだろうか。患者用のパジャマのサイズが大きいのか、裾をだぶつかせている。
「あ、一樹君。ちょうど私のお兄ちゃんが来てるんだ」
「愛華、その子はお前の友達か」
「うん。同じ病室で入院している一樹君。ちょっと前に知り合ったんだ」
愛華に紹介され、一樹は気恥ずかしそうに一礼する。はにかんでいると女の子だと間違えそうになる。それこそ、長髪のカツラでもつけたら十分に性別詐称できそうだ。
ちなみに、愛華の「おにぃ」という呼び方はあくまで家の中限定である。さすがに彼女も建前をわきまえているようだ。
「ねえねえ、愛華ちゃんのお兄さんってファイモンめちゃくちゃ強いんでしょ」
「そうそう。東海地区の大会で悪いやつをやっつけて優勝したんだから」
「すごいな。僕もライムを生で見てみたいよ」
大舞台でライムを披露してしまったため、徹人が彼女の使い手という情報は全国に知れ渡ることとなった。なので、隠し立てする必要はないのだが、ゲーム自体にログインできないのではどうしようもない。もし、ネット環境が整っている場所であったら、ライムが自ら飛び出してくるところだ。
「見せてやりたいのもやまやまだけど、ここじゃファイモンできないからな」
「だから、元気になってファイモンできるようになったらライムを見せるって約束したもんね」
「うん、そうでしょ、お兄さん」
「おい愛華、いつの間にそんな約束してんだ。まあ、いいけどさ」
彼女らの間でそんな契約が交わされていたとは初耳であった。とはいえ、病気を治すモチベーションになれるのなら、それくらいお安い御用だ。
「そういえば、一樹君のお姉ちゃんもファイモンやってるんだよね」
「そうだよ。お姉ちゃんも結構ファイモン強いんだよ」
「へえ、一樹君ってお姉ちゃんいるんだ」
「前にお見舞いに来てたよね。なんていうかかっこいい人だったな」
「かっこいい? 可愛いならまだしも、女の子でどうしてそんな形容詞が出てくるんだ」
「お兄ちゃんも見れば分かるって。とにかくかっこいいもん」
ボーイッシュというか、凛々しい少女という意味だろうか。徹人はクラスメイトの女子の顔を次々と想起してみるが、しっくりくる者はいない。それどころか、日花里の笑顔を思い出してしまい変な声を漏らしそうになる。
「もしかしたら、お兄ちゃんはどっかで会ってるかもしれないよ。お姉ちゃんって東海地区大会に出場してたんだよね」
「うん。それに、お姉ちゃんの実力なら優勝しててもおかしくないし」
優勝者を前にさりげなく挑発されたが水に流すことにしておく。そこまで豪語するのであれば、大会の中で戦っていた可能性もある。ゲーム大会という性質上、女性の参加選手はあまり多くなかったので、対峙していたなら記憶に残っているはず。
そこでふと、ある選手がフラッシュバックしたのだが、「まさかな」と心に留めておく。ただ、もしかしたらと思い、徹人は誘導尋問をかけてみることにする。
「なあ、一樹君だっけ、君のお姉さんってライムと似たようなモンスターを持ってなかったか」
「どうだっけな。でも、すっごく珍しいモンスターを使ってたよ。なんていうか、ポケモンのヒト〇キみたいなやつ」
徹人はピクリと眉を動かした。それっぽいモンスターを地区大会、それも決勝トーナメントでお目にかかった覚えがある。
「あ、でも、最近はデュラハンも使ってたな」
この時点で九割方正解が導き出された。ただ、心の隅で「こんな偶然あるわけない」と必死に否定しようとしていた。
徹人が強張っていると、病室の扉が数回ノックされた。母親が戻ってきたのかと身を乗り出す。しかし、そのせいであまりにも意外な人物と真っ向から対面してしまうのである。
ニット帽を深々とかぶり、膝下まで隠れるダウンコートを羽織っている。外の寒さからかぶるっと身震いした瞬間、徹人と目と目で通じ合う羽目になった。
「あなた、どうしてここにいるの」
「いや、それはこっちのセリフなんだが」
「徹人、よね。ドッペルゲンガーじゃなくて正真正銘の」
「そんなオカルトな存在じゃなくて、紛れもなく徹人だ。お前こそ真だよな」
「ドッペルゲンガーだったらどうする」
「塩をかける」
「馬鹿」
病室内であほらしいやり取りを繰り広げている相手。それは東海地区大会の決勝で一戦を交えたシンこと霧崎真だった。
徹人と同じ地区の大会に出場していたので、住処がこの近くだったとしてもおかしくはない。だとしても、日常場面で出くわすなんて、偶然としても出来すぎであった。それも、スーパーマーケットとかならまだしも、病院で鉢合わせするなど、まともに九死に一生を発動させようとするぐらいの奇跡である。
どうして彼女がこんなところにいるのか。その答えは三秒後に明らかとなる。
「お姉ちゃん、来てくれたんだ」
「お、お姉ちゃん!?」
真を呼んでいるのは先ほど知り合ったばかりの一樹。この局面で両者の関係性を疑う方がどうかしている。
幼稚園児でも分かりそうな事案だが、念には念を入れ徹人は探りを入れる。
「えっと、一樹君のお姉さんって、まさかこの人か」
カミツキガメの如く首を伸ばして両者に視線を配っていると、一樹が破顔して上半身を揺り動かした。
「そうだよ。真姉ちゃん」
彼が嘘を言っていないことはベッド傍のネームプレートからも明らかだった。一樹のフルネームは霧崎一樹。同じ苗字を持つ真を「お姉ちゃん」と呼んでいる以上、血縁関係があることは疑いようのない事実である。
それに、真であれば愛華が「かっこいい」という印象を持っても無理はない。中性的な顔立ちで、黙っていれば男でも通じそうな真は、同性からしたら頼れる姉御というキャラクターのようだ。一見では性別が判断できないという点でも、真と一樹は似た者同士の姉弟だと言える。




