第13章3
お待たせしました。
「悪い。取り逃がした」
聞かれたからと言って支障を来すような話の内容でも無かった事から、そんなに重要視する問題とも思えず、シドは再びゼロの対面側に腰を下ろすと、ため息交じりに呟いた。
「違ったか……。俺はてっきり、お前はあの娘に気があると踏んでたんだがなぁ」
「……あいつは、あいつだ」
そう告げるゼロの眼差しは、何処か遠くを見つめていた。
「……お前っ」
「ただの女等と言う悍ましい生き物と、あいつを一緒にするな」
何処か苦しげにも受け取れるような口調で零れ出たゼロの言葉に、シドは複雑な気持ちになった。
ゼロの女嫌いが周囲に齎す威圧感は半端なく、迷惑だと口にする者こそいないが、それに緊張を強いられている部下はおそらく少なくは無いとシドは踏んでいた。
だから何か対策をとらなければとずっと思って来た。
その時に運よく現れたのがローレライと言う娘の存在。
その者に対するゼロの反応に、あの娘ならゼロを変えてくれるかもしれないと密かに期待した。
事実ゼロは変わった。
自分では気づいていないかもしれないが、女性に対する接し方も、今までの様にあからさまに嫌がる素振りを見せる事も無くなり、人並みと言うにはまだ語弊があるかもしれないが、かなり寛容な対応が出来るようになって来た。
それは、今までの経緯を考えれば、画期的な出来事だった。
女性に対する特異的な価値観で、周囲に害を及ぼすことが無くなれば、これからの対人関係もおそらくかなり変わってくる。敵対する者の数も確実に減って来るに違いない。
もう以前の様に、女性を害する言葉をあからさまに向けるようには思えない。
人や物事に対する価値観は人其々だが、ゼロの女性に対するそれは、とにかく今まで異常だった。
漠然と思った時、そう言えばゼロが以前母親ですら女と認めない発言をしていた事をシドは思い出す。
“母は母であって、決して女等と言う次元で比べるべき存在ではない”と言うのが、確かゼロの自論だった筈だ。
特異的な捉え方だが、ゼロにとって世間一般の言う“女として認めない=特別な存在”とするのが母に対する位置づけだ。
ゼロの言動を見る限り、おそらくローレライはそれに加わる事を許されたのだ。
これはずっとゼロの女性観に悩まされていたシドにとっても喜ばしき事だった。
ゼロの女性観が変わってくれればとずっと願い続け、ローレライと上手く行くようにも嗾けて来た。
それが、まさかこの様な形で悩ませられる事になろうとはシドは夢にも思っていなかった。
こうなって来ると、これはこれで面倒な事この上ない。
ゼロは一度決めた事を、途中で放り出すような者では無い。
気付いた気持ちは、今後何があろうとおそらく揺るぐことは無いだろう。
自らの立てた道筋とはかなり変わっては来るが、ここまで来たら如何なろうとも、もう見守るしかないのだとシドは自身に言い聞かせた。
「まあ、何があるのか良く分らんが、何れは教えてくれるのだろ? お前の気持ちがそこまで固まっているならそれで良い。もう何も言わんから好きなようにやれ。自分が後で後悔しないようにな」
ゼロはグラスを手に取ると、中に入っていたワインを一気に飲み干した。
「……私には、これからもあいつ以外の者を傍に置く事は考えられん。だから何があってもあいつの傍にいれるように騎士の誓いを立てようと思う。私にはもう、あいつにそれ位の事しかしてやれんだろうからな」
そうでもしなければ、この想いを断ち切る事はきっと出来ない事をゼロは自覚していた。
王城を出てからもゼロにとって、どんなに落ちぶれようとも騎士としての生き方は自身の誇りだった。
新王を立て、国を再建する手助けをする事こそが悲願だった。
家臣となり、その者の許で手足となり働く覚悟も出来ていた。
その先に、自身の未来等必要ないと思っていた。
だが、ローレライと出会い、知り行く中で、思いは変貌を遂げていった。
自身の気持ちに気付いた今、ローレライを手に入れる王に等、誠心誠意仕える事はおそらく無理だ。
(ならば、あいつ自身に誓いを立てれば良い!)
王を導くパウリンの所有者を守る事は、国を守る事にもなるのだから。
決断に迷いは無かった。
静かに扉が開かれて、ソファーで紅茶を飲みながら寛いでいたルシオンはとそちらに視線を移す。
想定外の早い妹の帰りに、意外そうに少し驚いたようにローレライを顧みる。
「レライ、早かったな。ゼロの奴、留守だったのか?」
様子を伺いながらルシオンはローレライを覗き込んだ。
「いえ、……シド、……シザーレがね、来てたみたいで……。あの……、込み入った話をしているのが聞こえて来たものだから、明日にしようと思うの。それに私……、今日は疲れたからもう寝るわ。お兄様も、お部屋に戻ったら?私、もう大丈夫だから。おやすみなさい」
早口でそう告げると、さっさと寝室へと入って行った。
「……今のは、何なんだ?」
普段の妹らしくない様子に、ルシオンは呆気に取られた。
部屋を出て行く時にあれだけ上気していた筈の妹の表情が、何処か陰りを含んだ何とも言えない味気のないものに、この時ルシオンには感じられた。
「何か今の……、変じゃなかったか?」
思わず、口から言葉が零れ落ちていた。
体調不良で、暫く更新が滞っていました。
少しずつまた書き始めているので、スローペースですがよろしくお願いします。




