第13章2
ルシオンは想像もしていなかったローレライの反応に、呆気にとられた。
「……うれ……しい?」
あれだけパウリンを覘く事を怖がっていた妹が、覘いた途端に涙し、嬉しい等と呟くとは万分の一にも思ってもいなかったのだ。
妹のローレライはゼロに恋していた筈で、その気持ちに気付いてらはかなり悩んでもいた。
その者が相手でなければそんな反応はあり得ないと……。
しかし、目の前でパウリンを手にしながら涙ぐんでいるのは事実。
ならばその相手と言うのは!
「まさか……、映っている奴って……ゼロ……なのか!?」
ルシオンはにわかには信じられない出来事に、ゆっくりと言葉を口にする。
涙ながらに微笑を浮かべ小さく頷く妹に、急ぎ駆けより言葉を紡ぐ。
かける言葉は一つしか無かった。
「良かったな、レライ。本当に良かった……」
ルシオンは心からそう思っていた。
生まれた時よりある定めを受けた事で、今まで苦行を強いられてきた可愛い妹。
その妹がやっと共に歩める者を見出し、おまけに恋まで叶うのだ。こんなに嬉しいことは無い。
けれど心の何処かでその事を寂しいと思ってしまっているのも事実だった。
長い抱擁の後、直ぐに報告に行った方が良いと兄ルシオンに温かく励まされ、ローレライは小さく頷くと隣の部屋へと報告に向かった。
ゼロは自室に戻ると食事の席以外で、殆ど口にすることの無いワインを手にしていた。
自室に持ち込む事など滅多にはしないものだが、とても素面な状態でローレライの婚約者が誰であるかと言う結果を待ち続ける事が困難に思えたからだった。
「こんな事で、酒を頼るようになるとは……、もう末期だな」
苦笑いを浮かべながら再びボトルを手にし、グラスにワインを再び注ぎながら思わず言葉を口にしていた。
女がらみでゼロにこのような日が訪れる事を、誰が想像しただろうか?
調査報告に部屋を訪れたシドは、そのゼロの普段あり得ない姿を凝視した。
元々酒は強いのでいくら飲んでも醜態を見せる事は無いが、それでも一人でボトルを空ける程飲むのは珍しい。
既に2本空けている状況に、事はただ事ではないと理解した。
「……何があった?」
「……婚約者を、探していたんだ……。仔馬の件も皆、それに繋がっているらしい」
口にしているのが誰の事かは一目瞭然だった。
ああ、それでヤケ酒か!
当然と言えば、当然だが、今更ながらに己が気持ちに気付き動揺している友の姿にシドが微笑を浮かべた。
「何が可笑しい!?」
「いや、あまりにもお前らしくないからな。即断即決即実行がモットーのお前が、そんな事位で何故酒を煽ってるのかと思うとな。もう自分の気持ちには気付いてるんだろ? だったら何故さっさと行動に移さない?」
「何も無かったら既に言ってる。だが、昨夜の事で予定が狂った。もう少し落ち着いたらと思っていたら……」
「それで、待っていたら今度はその様か!? ああ、情けない。これだから恋愛音痴の奴は……。って、ちょっと待て。何も無かったら既に言ってるって、今までは気付いて無かったと!?」
「悪いか」
「なら、何時気付いた?」
「……昨夜」
「嘘だろう……」
あれだけ二人の世界作っておいて、今まで気付いて無かったと言うのはゼロらしいと言えばゼロらしいが、シドはこれで少し肩の荷が下りる気分だった。
とは言え、あの娘に突然婚約者と言う話は寝耳に水だった。
あの娘もゼロに気があるのではないかと思っていたからだ。
「それで、婚約者と言うのは?」
「……もう直ぐ、……分かる」
「何だ? その言い様。もしかして、相手はあの娘がまだ知らない奴なのか? だったら奪ってしまえよ! あの娘の気持ちは絶対にお前に向いてるってッ」
「出来る事ならばな……。だが、あいつの背負った運命は、そんな生半可のものでは無い。この国の運命がかかっている。私一人が足掻いたからと言って、如何こうできるものでは無い」
「……お前、何言ってるんだ??」
「後になれば分かる……」
何時になく慎重な上、何か奥歯に物でも挟まっているような言い様に、ゼロとあの娘が何かとてつも無い事に関わっているのではないかと言う事を理解する。
しかも、自分にすらにも話せない事とは一体何なのか?
その言い様に、シドは何か大きな歯車が動き出したのではないかという事を予測した。
今までの自分が知り得るゼロのどの姿とも違うその様に、シドはゼロの決意とも受け取れる強い意志を感じ取る。
まさか、ゼロはあの娘との事は終わらせるつもりなのか?
だとすれば、今後如何いった形で関わって行くつもりなのか?
「ではあの娘を、もう女として見る事は止めるんだな?」
「何を言ってる!? 私はあいつを女として見た事等、今まで一度もないぞ!」
ゼロは怪訝な表情を浮かべていた。
「マジかよぉ……」
ゼロの言っていることが、今回ばかりは全くもって理解できない……。
頭を抱え、シドがそう告げた時だった。
扉の外に何か気配を感じ、二人は互いに目配せし黙り込む。
そして、そっと扉に近付くと勢いよく開けた。
……しかし、そこには既に誰の姿も無かった。
ローレライは、ゼロの部屋の前まで行ったものの、思いがけず舞い戻ってしまっていた。
言い尽くせぬ思いを胸に秘め、勇気を振り絞り、扉の前に立った時だった。
中からシドらしき男と会話している声が微かに聞こえて来て……。
流石に今自身が告げようとしている事を、ゼロ以外の他の者に聞かれるのは戸惑われ、出直そうとその場を立ち去ろうとした時だった。
突如ゼロの荒げるような声が聞こえて来て、我が耳を疑う事となる。
おそらくゼロの言う『あいつ』と言う人物が自身である事に間違いはないだろう……。
言葉の意味は、自ずと理解出来た。
それはローレライにとって、衝撃となるものだった。
瞳に涙を浮かべながら、ローレライは瞬時にその場から立ち去ってしまう。
この時のローレライには、ゼロの真意など知る由も無かった……。
かなりお久しぶりの更新となりました。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、先月はアルファポリス様の恋愛大賞にムーン様掲載の作品で参加させて頂いておりました。
結果1091作品中最終8位。
応援頂いた皆様、有難うございました。
また、通常更新を再開します。よろしくお願い致します。




