第12章7
お待たせしました。
ゼロは王宮を出てからずっと、我王を玉座から引き摺り下ろす手段を模索していた。
気弱な性格の王とは言え、あの皇太后が背後に居る以上、簡単に退位させられるとも思えない。
皇太后の弱みの一つでも握ることが出来たなら、少しは現状も変わって来るのかもしれないと、在職中より前王に嫁ぐ以前からの素行を調べていたが、大きな問題となるようなものは何一つ出で来なかった。
出なければ出るまで探ってやると言う心構えを待ち続け、王宮での職務を退いてからも、今度は我王の出生以前から現在に至るまで、違う目線で物事を捕え調査を開始。
より詳細に調査する事で何かが見つかればと動いてみたが、それは決して容易な道のりでは無かった。
何も出て来なければ出て来ないで、次の策を嵩じなければならないと思って居た時だった。我王の出生について、かつて幾つかの疑念が囁かれていたと言う話を耳にした。
その話は、我王が生まれたのが婚儀から8か月にも満たない時だったと言う事実に遡る。
当時、前王が我王を実子と認めていた為、周囲が口を挟む事は戸惑われたが、それを提言した者は我王即位の際に悉く排除されたと言うのだ。
それが事実であれば、これは忌々しき問題である。
当時皇太后は婚儀の1か月前から王族としての行儀作法を身につける為に、王宮に滞在していたのだが、その時には既に妊娠していたのではないかと言う噂もあったと言うのだ。
婚約は、既に婚儀の3か月前に調ってはいたが、婚約式から2か月は妃となる者は花嫁修業の一環として、時代の王の母方の実家で過ごす事が習わしとなっている。式までの間、妃になる者は清めの儀式が終わるまでは、王と接触は一切許されない事が習わしとなっていると言う。
皇太后も婚約式から婚儀までの間をそこで過ごししている筈である。
外出も許されるのは、王の花嫁となるべく清めの儀式のみで、調べによると皇太后は当時公爵家から一日も休むことなく王宮内にある神殿に足を運んでいたとされていた。
にも拘らず、我王の出生については、早産で生まれたとされているが、目方は標準以上あったらしく、2か月も早い早産で、それは奇跡だ、流石は王のお子だと称賛する声があった一方で、そこに疑念を抱いた者も当時少なくは無かったというのだ。
普通に考えてみて8ヶ月の後期のお産だったとしても調べたところどんなに大きく育っても2000gにも満たない。医術学的にもその説明には無理があった。
それに加えて、我王は外見的な今までの王族の特徴を何一つ持っていなかった。
サザーランド国の建国から180年続くザランドル王家の王族に近しい血縁者の多くに現れると言う特徴。それは薄紫の透明感のある瞳の色。それは王族の殆どに受け継がれていると言うもので、前王の兄弟全員も持っており、ゼロも上の姉、従弟となるライサンドも同じ色の瞳を持っている。所が現王となるライサンドは瞳の色は赤みがかった深い緑色。父である筈の前王に外見も何一つ似ておらず、成長過程においてもその変化は見られなかった。性格においてもどれを取っても王族の親戚筋にすら当て嵌まるものは全く無い。
母方の血をより濃く受け継いだのであろうと当時王が提言した為、表向きは周囲もそれに異を唱える者も無かったらしいと聞き及んではいるが、ゼロが詳しく調べた所、前王の死後、我王即位に際し疑念を口にしはじめた者も居たと言う。
更に我王の国内においては特殊とも言える瞳の色は、現存する皇太后側のどの血縁者にも見受けられず、更に疑念は深まって行ったという説もある。
ブラックナイト内部ではそれは更に強固なもので、我王が王の実子だと唱える者はだれ一人として居ないが、実の所その真相は今も尚確証となるまでには行かず、謎に包まれたままとなっている。
疑念を抱き、色々と当時の皇太后輿入れまでの日程などを探ってみても、現段階では花嫁修業をした公爵家では何の問題も見つかっておらず、何かあるとすれば唯一調べる事が叶わなかった王宮の敷地内にある神殿での出来事となるのだが、現段階ではそれも調べる事は難しい。
更に皇太后については、前王の死直後に囁かれた『王暗殺疑惑』も未だに明かされていないまま。
当時調査していた者は我王の政権下の許既に排除され、今ではその詳細を調べようとする者も居なくなったと聞いている。
自らの意に従順な者しか傍に置かない、現絶対君主制。
王族の一人として……、等と言う程の使命感は持たないが、ゼロは祖父や伯父の守って来た、かつては幸福の象徴とまで呼ばれていたこの国を、これ以上私物化された挙句、衰退化の一途を辿って行く様を、見て見ぬ振りが出来なかった。
全ての疑惑を明らかにするには、やはり再び王宮へ行くしかおそらく手立てはもう残されていない。
それを考えた時、幸いにしてゼロの父は名ばかりとは言え今も宰相の地位にあり、母は多くを王宮内で過ごし、内々的に王政の未来を占うべき役職にある。
ゼロも罷免された訳でははなく、自ら職を辞している。
王への謁見を拒否される言われはないし、我王とは戸籍上従兄弟の間柄。
両親の役職を考えても謁見を拒否される事はありえないだろうし、両親に会いたいと言えば王宮内へ入る事は容易とも思える。
他のブラックナイトの面々の多くも、解任されたのでは無く自ら職を辞した者が殆どで、皆ゼロやその配下の者に賛同して付いて来た者達ばかりだ。だからこそブラックナイトの面々の団結力は揺るぎない。
ただ、皆が皆王宮に入れる筈もなく、名のある貴族は何らかの理由づけで王宮に入れたとしても平民の出の者は難しいし、一度に多くの謁見は返って怪しまれる。
踏み込むことを前提に考えるなら、その前に王宮近くに今ある仮支部を移さなければならない。
場所から探すとなると調査も必要になって来るし、自分以外にそれを指揮できる者は、今はシドかエルしかいない。
他の支部の者を呼び寄せる事も考えたが、そうなれば情報収集が滞るし、何かあった時に打つ手段を絶たれる事にもなりかねない。
呼び寄せるのは、やはり最終手段だと思って居る。
「エルが戻り、シザーレやニックのに頼んだ事が全て済んだら、王宮に行こうと思っている」
「王宮に!?」
ゼロは今までになく神妙な面持ちで話し始めた。
「我らブラックナイト結成の一番の目的は、我王を玉座から引き摺り下ろし、聡明なるザンゾール公を玉座に据える事だった。だが、ライサンドのお蔭でそれも難しくなってしまった……。しかし、このまま我王の政権をそのままのさばらせる訳には行かないと思っている。今我王を玉座から引きずり降ろせたとしても、王は不在となる。当面は宰相に任せるにしても、その先をどうすれば良いのかさえ今の私には考えが及ばない。だからザビーネ様に会って、一先ずその事を相談してみようと思う」
ローレライは絶句した。
今ゼロが一番悩んでいる事の答えは、おそらく自分が知っているかもしれないのだ。
パウリンの事は、他人に話すべき事では無い。
しかし、ゼロになら告げても良いのかもしれない……。
彼は、ザビーネ様の血縁者だ。
それにここには、他に兄ルシオンしかいない。
ローレライは深く目を閉じると、暫く考えた。
やがてその瞳を大きく見開くと、息を整えるために大きく深呼吸した。
「パウリンの……、私の役割について、ゼロにお話ししておきたい事があります」
ローレライの言葉に、ゼロとルシオンは視線を向けると凝視した。




