第12章1
お待たせ致しました
翌日の朝食は部屋に運んでもらい、ローレライはゼロと二人でとった。
二人っきりでむかえる初めての朝。
給仕をしている侍女は自分たちの事を、どう思っているのだろうか?
ローレライは何だかとても気恥ずかしい思いだった。
「私はこれから少し出なければならないが、一人で待っていられるか?」
「はい……」
本当はとてもまだ怖いし心細いと思っていた。
けれど夕べもずっと傍に居て貰い、今朝も早くからシドやフリードルが何度も部屋を出入りしている事を思えば、ここに居てもらう事でゼロにかなりの負担を強いていることは明らかだった。
ローレライはこれ以上の我儘は言えないと思った。
「護衛はとりあえずサビエルに付いて貰う。お前の兄もここでは客人扱いだ。ずっと傍に居て貰うと良い」
ゼロの配慮にローレライは小さく頷いた。
ゼロはローレライと別れると、茶会までのわずかな時間を利用して公爵と会わせる予定の者達との最終面談行った。
本人が自ら訴え出る者は少なく、殆どがその親兄弟だった。
その中に、まだ歩き出したばかりの幼子を連れた若い女性が一人。
母の足元にしがみつく深緑の瞳に榛色の髪の男の子は、何処となく面差しもライサンドに似ている。
「貴女か? ベルギッタの侍女をしていたと言う者は」
ゼロが女性に声をかけた。
女性は傍に居た伝令を受けたミゲルを仰ぎ見る。
「こちらが全ての手筈を整えて下さいました、ライサンド様のお従兄となりますアイスラント様です」
確かなそうなのだが、ライサンドの従兄と紹介される言葉に、ゼロは少しの憤りを覚えずにはいられなかった。
「アイスラントだ。今回、知り得た詳細は全て叔父であるザンゾール公の耳に入れる事になるが異存は無いか?」
「はい。この度は、この様な場を設けて頂きまして有難うございます。こちらが息子のサンデルクです」
そう告げると、女性は1通の手紙をゼロに差し出した。
「これは?」
「お嬢様が……、今回私がお邸に伺う事になりました経緯を話しました所、持たせて下さいました。アイスラント様にお渡しするようにと預かりました」
ゼロは受け取るとその場で封を開け、中を確認する。
そこにはベルギッタが嫁ぐまでに知り得た兄に対する心苦しい所行についての胸の内が、告白のような形で切々と書き綴られていた。
そして当時の兄の我が侍女に対する執拗なまでの執着を思えば、彼女の産み落とした息子サンデルクは間違えなく兄の子であるだろうと言う事。
そして付け加えるように、今まで真実を告白できなかった事を詫びていた。
嫁いでからもずっと気に病んでいたのだが、父に告白する事で兄の代になり自分の今の嫁ぎ先への援助が打ち切られようになるのではないかと言う恐怖心から告げられなかったと言う事が付け加えられてあった。
「これはこのまま公爵にお見せしよう。貴女にとってもその方が良いでしょう」
「私は構いませんが、お嬢様が……」
「ベルギッタの心配事も分からなくもないが、私から言わせてもらえばそれこそが浅はかな考えだ。この告白文をご覧になられて、何の対処も出来ない程叔父は無能ではありませんよ。優しいですが、叔父は優しいだけではない」
領主とて人間だし人の親だ。家族は大切だろうが、領地と領民を守る義務がある。
色々あったが、今はライサンドを信頼し、領地の管理の半分を後継ぎとして任せていると言う叔父だが、この事実を知れば叔父が何もせずにいられる筈がないとゼロは思っている。
柔らかな日差しの中、茶会の席が厳かに開始される。
やがて開始30分が過ぎた頃、ザンゾール公爵がその場に現れた。
周囲と挨拶を交わしながら先へと進む公爵の目は、やがて母親の側で芝生の上に座り込み、ぬいぐるみを手に戯れている幼い子供に向けられる。
「その子か!?」
「……はい。申し訳ございません、旦那様……」
なつかしい侍女の姿を目にし、公爵は大きく首を横に振る。
「何を謝る必要があると言うのだ?」
公爵は目を細め、愛しげに幼子を見ると両手を差し伸べた。
「……おいで」
幼子は母を見上げると、母に向かって両手を差し出し抱っこをせがむ。
母は息子を抱き上げて目の前にいる領主に向けて小さく歩み寄る。
「サンデルク、ご領主様ですよ」
ザンゾール公爵は視線を少し下げると、幼子を覗き込み目を細めた。
「……まさか、ここまで幼い頃のライサンドにそっくりだとはな……」
「旦那様……」
「息子も幼き頃はこのように純粋に可愛い子だったのに、何処で育て方を間違えてしまったのか……」
公爵は寂しげにそう呟いた。
「叔父上、これを」
差し出されたのは先程受け取ったベルギッタ嬢からの手紙だった。
公爵は子供を母親に手渡し、手紙を広げた。
そこに書かれてあった衝撃なる事実を知ると、公爵は項垂れた。
その後、公爵は領地の者達や屋敷で働く者達数人からもライサンドの所行の訴えを全員から神妙な面持ちで聞き入れた。
領主から頭を下げられ、それでも怒りが収まらずに食い下がる者も居たが、大半の怒りはライサンドにのみ向けられるもので、領主に対しては好意的だった。
「皆はライサンドに……、どのような罰を望むか?」
罷免・流刑・投獄、絞首刑、方々で色々な声が上がる。
この場に呼ばれたランドンとニックからは仇討との声が挙げられた。
「当然だろうな」
ゼロがそう呟いた。
「貴女はどう思われますか?」
そう尋ねたのはフリードルだった。
「個人的にはお恨みしていないと言うのは嘘になります。しかし、ベルギッタ様には本当に良くして頂きましたし、何よりあのような方でも息子にとっては父親ですから、命を取るような事は望みませんが、関わってほしいとは思いません。静かに、息子と二人つつがなく暮らしていければそれだけで……。ただ、これ以上お嬢様にご迷惑をおかけするのも心苦しく思っておりましたので、何処かのお屋敷で働きたいと思っているのですが、何分小さな子供連れでは中々難しく……、出来ましたら、同じ年ごろの子供の遊び相手兼任で一緒に住み込みで侍女として上がれるお屋敷をご紹介頂ければ有り難いと……」
「そうか……」
公爵は深く頷いた。




