第10章7
お待たせいたしました。
晩餐が終わるとライサンドが早速ローレライに声を掛けて来た。
「一緒に庭でも歩きませんか? ご案内致しますよ」
部屋を出た所を待ち伏せされる形で引き留められたが、それは先程のゼロにかけた粗雑な態度からはとても考えられない程、紳士らしく丁寧な物腰だった。
切れ長の凛々しい瞳は柔らかく細められ、印象は決して悪いものでは無い。
先程までの印象とは全く異なる事に驚きながらも、ローレライは否定的な言葉を紡ぐ。
「いえ。折角のお誘いですが、今日は疲れておりますので……。申し訳ございません……」
少し気まずそうなローレライの返答に、ライサンドは何の言葉も返さずにただじっと……、ローレライの瞳を食い入るように見つめ続けていた。
「……あの……」
何を思っているのか、その瞳の奥からローレライは何も読み取る事が出来ない。
ライサンドはただじっと……それはとても優しい眼差しを浮かべ、ローレライを見つめ続ける。
その眼力は、おそらく相手が少しでも好意を抱いている者ならば、思わず気を許してしまいたくなる程の力を秘めているに違いない。
この強い情熱的な視線に、今まで幾人の女性が惑わされ、涙して来たのだろうか。
その事を思うと、ローレライは胸が痛くなって来る。
一方のライサンドは自らの眼力が利かぬと言う認識をローレライに抱いたのか、やがて自嘲気味に小さくほほ笑むと、静かに口を開く。
「そうですか。では、また後日にでもお誘い致します。今日はゆっくり休まれて下さい」
そう告げると丁寧に一礼をし、静かにその場を離れて行った。
最後まで傲慢な振る舞いを見せることも無く、爽やかな紳士的な態度崩さなかったライサンドに、ローレライは小さく胸を撫ぜおろす。
爽やかに身をひるがえし去って行くライサンドの後姿を見送りながら、ローレライは驚きの眼差しを送りながら、呆然と暫くその場に立ち尽くしていた。
ゼロはローレライの返答を聞き、とりあえずライサンドの所行を知らせておいて正解だったと胸を撫ぜおろしていた。
以前の状況を知り得ていたから、このような接触も予測の範囲内だったとローレライは言っていたが、今後も油断はできないからと、更に身を引き締めるようにと忠告をした。
案の定、その後においてもライサンドは、連日のようにローレライに声を掛けて来ていた。
けれどローレライは何らかの理由をつけては上手く断り続けていたらしい。
だがその状況が2日、3日と続いていくと流石にそれも段々と難しくなっていく。
もう断る理由を見つけ出せないとローレライが悩んでいたものだから、先日などはライサンドを出し抜き、皆で早朝から遠乗りに出かけ留守にしてみたりもした。
その翌日は頭痛がするからと仮病まで使ってみた始末。
それには流石にライサンドも、目に見えてイラつきを隠し切れない様子だったようだ。
「どうします? そろそろ昼間の散歩位は認めてやりますか?」
フリードルが苦笑いを浮かべながらそう告げた。
「引き延ばすのも、この辺りが限界だろうな。もう少し情報も揃えたいし、そろそろ機嫌をとっておくのも悪くは無いだろう。俺も兄の特権でついて行くつもりだし、心配もいらないだろ?」
シドの考えは同じのようだ。
「そうだな……」
そろそろ認めざるを得ない状況である事は確かなようだ。
ゼロはこの数日の間に、屋敷の侍女や従者を始めとする者達からそれとなくサビエル、タウリン、クランケの3名に色々な情報を聞き出させていた。
話しの中にそれとなくライサンドの件を匂わせる形で、言葉巧みに話を聞き出そうと試みたが、最初は中々上手く行かずに口を濁す者が殆どだったようだった。これでは、調査も難航するかと思っていたある日、突如突破口が見え始めた。
ここに来てやっと、一人だけだが実際に被害にあったと言う者を見つけ出す事が出来たのだ。
その者に同情の眼差しを向ければ、今まで誰にも告げられず一人で抱え込んでいたのか、急に目元が揺らぎ始め、今までと異なる反応が返ってきたと言う。
その者の話がきっかけとなり、又聞いたと言う話の口を開く者も次々と出て来て、以降調査の進展具合は、急激に進むようになって来たのだそうだ。
聞くところによるとライサンドの女癖は今でもかなり酷いもののようだ。
中でも6年前の妹の侍女に手を出した話は多くの者が知っており、実はその時、一度ライサンドは公爵に勘当された経緯があるらしい事も今回初めて分かった。
それが4年前、病の床に伏していた夫人から一目で良いから息子に会いたいと涙ながらに訴えられて、公爵が死に際に一目会わせてやろうと譲歩したのだと言う。
すると、許された訳では無かったのだが、結局ライサンドはそのままこの地に留まる事になってしまったのだそうだ。
母の死を期に改心したかのように母の墓前に膝まずくと今まで親不孝をした事を詫び、このまま母の墓前を弔う為に屋敷に戻りたいと父に訴えたそうだ。
だが公爵もそこは中々な譲歩しなかったようで、一緒に住んではいるが後目に関しては保留と言う扱いに今もなっているのではないかと言う。
結局の所、呼び戻してからのライサンドは当初、以前のようにあからさまな振る舞いが見受けられなくなっていたと言う事だった。加えて死に際の妻の『息子を許してやってほしい』と言う頼みに絆されて、息子が改心したのだと判断した公爵は、その後もこの地に留まる事だけは認めたらしい。保留と言う地位のまま。
だが、その状況が崩れ始めたのは夫人の喪が明けた頃からで、段々と幾つかの変な噂が蔓延り始めるようになったらしい。
現在の実情を公爵は知っているのだろうか?
親の期待を裏切り、以前と似たような事件がまた幾つかまき起こっているらしいと言うのに。
そんな中で、一番驚いたのはミゲルからの報告だった。
何と、嫁いだ妹の侍女をしていたと言う娘との間に、子が一人いると言う話が出て来たのだ。
だがライサンドはその事実を認めてはおらず、実際には嫁いだ妹が今もその元侍女を援助していると言う話があるから驚きだ。
(この話が本当に事実だとすれば……)
これが自分と血の繋がった従兄弟かと思うと、ゼロは込み上げてくる憤りを抑えるのに難儀する程だった。
「……とりあえず会わせるのは昼の散歩だけだ。くれぐれもライサンドの素行には注意してくれ。頼んだぞ」
状況から言って滞在を引き延ばすにつき、ローレライを使う事は、我等にとってとても都合の良い事だった。
ライサンドが周囲を探っている事に気付けば些か厄介な事になる。
奴は裏でも色々と何かをやっている節がある。それなりの警戒的包囲網も持っているらしく中々にそれを暴くことは難しそうだ。
だが、女に走っている間は獲物を捕らえるハンターのように奴はそれ以外にあまり執着する様子が無いらしい。ならばこれを利用しない手は無い!
ライサンドがローレライに執着する姿を見せている以上、多少予定より滞在が延びた所で奴はおそらく好都合としか思わないだろう。奴には女が間に入るとそういう単純で警戒心が薄くなる所もある。奴にとってもこれは願ってもない事の筈だ。
しかし、だからと言ってローレライを故意に危険な目に合わせる事は不本意だ。
ライサンドに与える餌は当初ローレライに限定していた訳では無かった。
だが、この計画を立てた時からこれは決めていた事なのだ。ライサンドが狙いを定めている女に協力を仰ごうと……。
それが思いがけずローレライとなった訳だが、これが好機を齎すのか?
勿論こちらとしては好都合となる面も出て来たのは確かだ。
だが、ライサンドの傍にローレライを置かなくてはならない事に、何故だかゼロは今まで以上の憤りを感じていた。
これ以上ライサンドの機嫌を損ねては、奴はどんな手を使って来るかも分らない。
こちらの計画道理に駒を進める為には、ローレライの協力は必須だった。
計画が損なわれれば、今後において最悪な状況を回避する術も無くなってしまう。
ならば今は……、仕方がないッ。
だが……、そうは思いながらも何故か奴の所に等行かせたくはないと言う感情が沸々と湧き起って来る。一体それは如何いう意味なのか?
ゼロは自分の感情を持て余しながら、シドに後を託す。
「おう、任せてくれ!」
シドの力強い言葉にゼロは静かに頷く。
今は彼を信用する他なかった。
見直し、300文字程加筆しました。本編に大きな違いはありません。(17:41)




