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第10章5

お待たせいたしました。

室内の煌びやかな調度品の数々に、最初は目を奪われて少し心が浮かれていたローレライだったが暫くして慣れて来ると、自分にはとても不相応なものに感じられて来てしまった。

元々貴族の中でも中流階級、それも田舎暮らしの伯爵家の娘には、似つかわしいものとは思えない。

それに自身の部屋の3倍はありそうな広々とした空間は、ローレライが安心してくつろげるような温かみのあるものではなかった。

ローレライは立ち上がり部屋の扉を開け放つと、隣の部屋の扉を叩いた。


「お兄様、私。何だかあのように豪華で広い部屋に一人でいるのは、何処か落ち着かなくて……、少し一緒にいても良いかしら」


隣の部屋には兄がいると信じて疑っていなかったローレライは、自らの問いかけに反応し、回された扉の取っ手の内側から出て来た人物に驚きの表情を隠せない。

兄とは異なる人物の姿に、思わず大きな声をあげてしまった。


「ゼロ!!」


ローレライの唇に素早く人差し指を軽く押しつけると、ゼロは辺りを見回しローレライを急ぎ中へと向かえ入れた。


「ゼロでは無い。アイスラントだ」


そうだった!

ゼロの本当の名前は、実はアイスラントと言うらしい。


「アイスラントって急に言われても……、何だか違和感が……」


アイスラントと言う慣れない名は、ローレライにはとては新鮮で、そして何故だか少し気恥ずかしい。頬がほんのりと染まって行くのをローレライは感じていた。


「慣れろ。シドはシザーレ、言っておいただろう? 晩餐までに間違えないようにしておけ」


絶対などと言われても、はっきり言ってローレライには自信が無い。けれど……。


「……努力します……」


ゼロから告げられると否定する事も難しく、つい言葉が独り歩きして飛び出してしまった。

ゼロの前で出来ないなどと言う言葉はタブーなのだ。


「でも、どうしてお兄様の部屋にゼロ……、いえ、アイスラントが?」


「変わった。お前の部屋の隣があの兄で反対側が空き部屋と言うのは危険だ。お前を守ると私は約束したからな」


剣を習い始めた頃にゼロとした約束。

今でも忘れずに居てくれる事が、ローレライにはとても嬉しかった。


「有難う」


ローレライは笑顔で言葉を返した。



夕刻になり、晩餐の時間が近づいて来た。

晩餐用の正式なドレスなど持って来ていないローレライは、その事が気がかりでゼロに相談してみたのだが、形式的なものだからそう気にする必要は無いと言われてしまった。

ゼロにとっては叔父と言う身近な関係な故、身軽な服装でもそう気にすることでも無いのかもしれないが、ローレライにとっては初めて訪れる公爵家の晩餐の席。土色の庶民的ドレスと言うのも何処か気まずい。

それ以外の洋服はと言えばどれも、馬にまたがる事も厭わない簡易的な服しか持ち合わせていないから問題外で、思わず小さなため息が出てしまう。

けれど無いものは仕方がない。当初の予定では、このような高家に滞在するなどと言う予定は全く無かったのだから……。

そう思い、せめて髪だけでも部屋に置かれてある花を少しあしらい綺麗に編み込みこんでみようかと鏡に向かって考えていた矢先、思いがけず部屋の扉がノックされ、屋敷の侍女らしい者が声を掛けて来た。


「サンドラ様、お仕度をお手伝いさせて頂きます」


「えっ?」


仕度と言われても、手伝いをして貰うような洋服も持っていないのに、如何答えればいいものか?


「アイスラント様から託っておりますので……」


託るって、いったい何を??

ローレライは不思議に思いつつも、とりあえず侍女に了承する旨の言葉を返す。


『失礼いたします』


そして開け放たれた扉の向こうからは、見るからに高級そうな生地のドレスや、煌びやかに輝くな装飾品の数々。

その状況にローレライは固唾をのんでしまった。


「そっ、それは?」


「アイスラント様がご自分の我儘で急に予定を変えてしまい、お嬢様が晩餐用のドレスを用意しておられない事を気にしておられましたので、主に伝えました所、嫁がれたお嬢様の物で宜しければ自由に使うようにと許可を下さいましたので、アイスラント様に先程見繕って頂きました」


「アイスラントが?!」


侍女が手にしていたドレスは袖と襟元に透かしの入ったエメラルドグリーンの爽やかな色のドレス。

ローレライの好むデザインと色のドレスだった。


「いっ、良いのかしら?」


「はい。旦那様も、晩餐の席が華やぐと、楽しみにしているご様子でしたので……」


「あっ、有難うございます。では、お借り致します」


「では失礼いたしますね」


ローレライがそう告げると、侍女は素早くローレライが着ていた衣服を脱がせると、手慣れた手つきで準備に取り掛かった。

ローレライは自分の事をこうも気にかけてくれるゼロの心遣いを、とても嬉しく思い胸を弾ませた。

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