第3章1
部屋に入った時あまりに表情が強張っていたのか、夫人から笑顔で『肩の力をお抜きなさい』と言って頂いたにもかかわらず、大きく深呼吸するのが精一杯だったローレライは、今も結局客室のソファーに腰を下ろしながらも緊張を緩める事が出来ずにいた。
だが、ザビーネにはその理由が良く分かっているようで、笑顔で見つめながらそれ以上は何も言わずに、優しく囁くように言葉を紡ぎ始めた。
「ローレライ、貴女はご両親からパウリンについて何処までお話を聞いているのかしら?」
ローレライは胸に下げてある絹袋を、勇気を貰うかのように強く握り締めると、強い口調で言葉を発した。
「生まれた時に左手の中にパウリンを握りしめていた事と、それが幸運を呼ぶから大切にしなさいとだけ教えられて来ました」
「そう。そうね。ある意味では間違っていないわ。でもパウリンには、他に役割もあるのよ」
「役割?」
「そう。私も確かにパウリンを所有しているけれど、それは貴方と違って生まれ持ったものではないの。先代のパウリンの所有者だった母から受け継いだものなの。母も先々代の所有者から受け継ぎ、母はパウリンの予言で後継者が私である事を知り、逝く前に全てを話してくれました。私がすべき事と、そして新たなるパウリンの後継者が生まれた時に成すべき偉業についても……」
自分が持って生まれたパウリンの意味について、ただ話が聞けると安易に思っていただけのローレライは、夫人の言葉が段々と重々しくなっていくのを感じて、更に緊張し顔が強張って行くのを感じた。
パウリンの後継者って何?
成し遂げなければならない偉業って??
考えれば考える程訳が分からず不安になって行くローレライは、段々自身の手が極度の緊張で冷たくなり震えて行くのが分かった。
震えるその手を両腕に抱きかかえ、自身を落ち着かせようと強く握りしめた。
「ならば私は……、どうすれば良いのでしょうか?」
「如何すると言うよりも、貴女には自身の定めを受け入れる覚悟が必要ね」
「定めを……受け入れる覚悟?」
「そう。そして、実は貴女には……、パウリンを持って生まれた時から既に定められた婚約者がいるのです」
「こん……やくしゃ!?」
偉業が婚約者って……何!?
では、その方と結婚すればそれは成し遂げられるって事かしら?
貴族社会では、生まれた時から既に親から決められた婚約者がいる事もさして珍しいとは思っていないローレライは、その事を聞いて幾分だが緊張感が解れて行くのを感じた。
「そう。婚約者です」
婚約者が居ると言うのは驚きだったが、そういう方が居るのならば、その方がどう言う方なのかは勿論知りたい。
「それは……如何言う方なのですか!?」
知る事が少し怖い気もするけれど、聞かないままではもっと気になってしまうに違いないのでローレライは恐る恐る聞いてみる事にした。
ザビーネの次なる言葉が気になり、胸の鼓動が耳まで聞こえてくるほどだ。
だが告げられたザビーネの言葉は、笑顔を作りながらもそれとは異なるものだった。
「分かりません。知っているのはパウリンだけなのです」
ハッキリとそう聞こえた。
「はい!?」
いや、そんな筈はない。やはり、空耳だったのか?
『分らない』と聞こえた気がして、ローレライは一瞬『自分は聞き間違ってしまったに違いないと』我が耳を疑った。