第8章4
お待たせしました。
ローレライとゼロは毎日地下室での剣の稽古と共に、日に2回ジュリアスの薬の貼り替えを行っていた。
剣の方の腕はまだまだだが、型をリバースだけに絞った成果か、マシと言うランクから何とか及第点を貰える出来になって来ていた。
ここまでくれば、後は毎日の練習あるのみだ。
ジュリアスの足もゼロの貼り薬のお蔭ですっかり腫れも引き、痛みも無くなって来たのか、近頃では終始しっかりと重心を地につけ過ごしている様子が伺えていた。
「本当に良かったわ」
ジュリアスの様子に安堵し、ローレライがそう告げ笑みを浮かべれば、心なしかゼロの口角が少し上がった気がした。
そんな日々を過ごしているある日の事だった。
こう毎日辛気臭い地下室での稽古ばかりと言うのも息苦しいし、ジュリアスの足の経過も見たいと言う事から、練習は外でしようとゼロが言い出した。
「皆さんお仕事しているのに、本当に良いのかしら?」
「ジュリアスの経過観察も我等に与えられた仕事の内だ。それに長い時間走れないのは馬にとってもストレスだ。後々の事もあるしな。問題無い」
「そうそう。行っておいで」
シドからも、快く笑顔でそう告げられた。
ローレライは地下室に残っている黒づくめの面々に、深々と頭を下げながらその場を後にした。
ゼロとの会話も、多少の単調さは拭えないかもしれないが、差し障りのない程度に普通の会話は出来るようになって来ていた。
当初あんなに怖いと思っていたゼロとの時間が最近では全く気にならなくなり、それ所が毎日地下室へ日参する事を楽しいとさえ思えるようになり、ローレライはその事が不思議でならなかった。
馬屋へ向かうと、ローレライは外へ出る準備の為に久方ぶりにジュリアスの背に馴れた手つきで馬具を装着する。
「無理はしなくていいからね。ゆっくり行きましょう。痛かったら直ぐに止まるのよ」
ゼロはローレライのジュリアスへの優しい声掛けと、ジュリアスがローレライへ向けるている信望の眼差しに、かつて自分の育てた馬がこれまでどれだけ大切に育てられてきたのかと言う事を窺い知れて、快い気持ちになっていた。
伯爵の娘だと言うのに人任せにすることなく馬の世話もきちんと出来る娘。
剣に取り組む姿勢も真摯で、納得の出来るものだった。
決して筋が良い訳では無いが、一生懸命取り組んでいるのは良くわかる。
今まで自分が目にして来た女と名のつく無粋者達と違った面を持つローレライの事を、いつしか変な者と言うよりも、物珍しいものでも見た時のような好奇心を覚えるな間隔で目を向けるようになっていた。
ジュリアスの様子を見る為に、ローレライはゼロのイクタシオの背に一緒に乗せて貰うと、ジュリアスの手綱をゆっくりと引きながら馬屋を後にした。
街外れにある草原に、ゼロはローレライとジュリアスを案内した。
少し傾斜もあるが比較的平らで岩場も少ないその場所は、足慣らしに放牧するにはとても良さそうな場所だ。
「ここで暫くジュリアスの様子を見る。大丈夫そうなら帰りは騎乗して帰れば良い」
「はい」
ジュリアスは久方ぶりに訪れた草原で、伸び伸びと美味しそうに草を食みながら、時折気になるのかイクタシオに近付き興味深げな眼差しを向けながら、つかず離れずの位置を保っていた。
その姿がローレライには何だか微笑ましく思えてならなかったた。
「なんだかイクタシオととても仲が良さそうね。何時の間にあんなに親しくなったのかしら?」
馬屋では離れて繋がれていたし、仲良くなる機会なんて何処にあったかしら? とローレライが思っていれば、ゼロから思いがけない言葉を口にされた。
「ああ。あいつらは兄弟馬だ」
「ええッ!?」
「気付かなかったのか? あの風貌だぞ」
「ぁっ……、確かに……。でも、まさか兄弟馬だなんて……」
思いがけない事実に、ローレライは唯々驚くばかりだった。
「では、あの……、ゼロはどうやってイクタシオを?」
「伯母の愛馬の子を譲り受けた」
伯母と言う言葉に、ローレライはゼロの顔をまじまじと見つめると覗き込んだ。
「まあ! では、それって……。もしかして、その伯母様と言う方はザビーネ様って仰らない?」
「そうだ」
更なる驚きの眼差しでゼロを見つめるローレライの姿。
言われてみれば、確かにザビーネ様とゼロはよく似ていた。
漆黒の髪に薄紫の……。
「とっても綺麗な瞳……」
そう、最初に見た時もそう感じた。ゼロの瞳は吸い込まれるように綺麗だと……。
「何だ?」
呆然とその美しさに見とれていただけのつもりが、まさかゼロから話しかけられるとは思っていなかったので、ローレライは少なからず少し慌ててしまった。
「なっ、何でもありません。ザビーネ様に良く似ているので、思わず見とれてしまって……」
「ああ、良く言われる」
何かを思い出したのか?
ゼロが言葉の最後にかすかに微笑した。
端麗なその笑顔が憧れの貴婦人の姿と重なったせいなのか?
ローレライは思いがけず頬が紅葉するのを感じ、恥ずかしくなり暫く顔を上げる事が出来なくなった。




