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第8章3

シドは遠目で二人の姿を気にしつつ、時折目で追っていた。

昨夜ああは言ったものの、本当にゼロが女相手に真面な指導が出来るのかは、ある意味賭けでもあったからだ。

だから、何かあれば自分なりエルなりが、間に入るつもりでいた。

所が蓋開けてみると、そこは『流石にゼロだった』としか言いようのない状況が示されており、愚問だったと何処か安堵した。


剣の指導に入るや否や、ゼロは相手が女であると言う先入観は一切捨て去り、ただ誰もが見捨てた落ちこぼれの不出来者に剣術を教えようとしている。そんな感じだった。


ゼロは騎士の指導者と呼ばれる者の中では一番若く、その実力は武勲の数が示す事と比例していた。

だが、その門弟はかなり少ない事で有名だった。

その理由は、指導の厳しさからでは無いかと言われている。

『師の教えを乞うならば、全てを捨て騎士道を究める覚悟が必要だ』と、かつて弟子の一人が言った話は有名な言葉だ。

師と呼ばれる者がの一般的に好む人材は才が長けている事に相違ない。

だが、ゼロは他の指導者と少し異なる感覚を持っていた。

才だけでは決して弟子には迎えない。それがゼロの拘りだった。

ゼロの場合、弟子に迎える理由は唯一つ。その者が純粋に剣と向き合い誠実であることが出来るか否かのそれだけだった。

『幾ら才があっても、自惚れや過信からは己の騎士道を究める者は現れない』

それがゼロの持論で、自らの厳しい指導に耐え、意思を継いでくれる者と直感した者だけを門弟に迎えていた。

故に勿論、才があって門弟となる者もいればそうで無い者もいる。

だが選り好みして弟子を選んで迎えている他の指導者よりも、彼の門弟は比較的出世が早かった。

その理由は、才の無いと言われた者であっても、その者の持つ唯一の能力を見つけ出し、そこを徹底的に伸ばしてやる。ゼロがそう言う事の長けた指導者だったからだ。

それはゼロのかつての師がそうであった事から、その意思を自分は受け継いでいるに過ぎないと当人は軽く言い放つが、それはそう易々と誰にでも出来るものでは無い。

かく言うシド自身も実際、ゼロとは同じ師の許で修業をしていたが、ゼロ程の師としての才覚には恵まれていないと自負していた。

よっていつしかゼロは多く居る指導者と呼ばれる者の中でもいつしか『落ちこぼれの救世主』と呼ばれるようになっていった。

加えて才のある者にとってはより高みへ登らせる事の出来る師。

多くの若い騎士たちが、ゼロを慕うのには、彼の地位と才を振りかざす事の無い人柄と共にそう言う理由もあるからなのだろうとシドは推察していた。


だが、今回は素人。それもゼロの最も苦手な女で、いかにもか弱そうな相手。

ならば如何言う指導をするのかと思っていれば『剣は生半可な気持ちで握るものでは無い』

そう言う根本的な所からきちんと教えようとしている姿勢が見受けられた。

勿論言葉では何一つ伝えていない。伝えた所で当人が自ら気付けなければそれは何の意味も無い事だとゼロは重々承知していたからだ。

だから指導していく中で、言葉に出さずとも習う側がそう言う気持ちになれる状況をあえてつくり出す。それが出来て指導すべき状況が初めて整うとゼロは思ったに違いない。

それが出来なければ、練習中の怪我も多くなるし、何より早い上達も望めない。

だが元々剣の道を究めてやろうと言う者では無く、何の心根も無いずぶの素人……それも女相手に、そう言う気持ちを持たせること自体容易では無いだろうに、見ていれば既にゼロはそれをも容易にやってのけていた。

やはり色々な意味でゼロに任せて正解だったとシドは納得していた。



ゼロはローレライの様子を見て、究める型を既に一つに絞っていた。

ランドンを見て見様見真似に覚えたと言う逆手持ちだけは、既に持ち方だけはどの型より形になっている。

元々器用な方では無いように思われる相手に、他の持ち手を幾ら教えた所で容易に身に付くようには思えない。

運よくこの短時間で例え型を覚えられたとしても、ローレライには決定的な欠点が見つかっており、とても習得できるとは思えない。容易に解決策が見いだせるものでないならば、ここは切り捨てることこそが肝要だと思っていた。

騎士になる者あれば致命的ともいえる欠点。だが幸いにしてローレライはそうでは無い。護身の為に覚えるだけならば一つを究めそれを生かして行けるように指導する。それで十分だとゼロは方針を固めた。


「お前に3つの型は無理だ。リバースだけ覚えろ」


「でも……、全部覚えたいです!」


ローレライは折角きちんと教えて貰えるならば、良い機会だから全部マスターして、自分の身ぐらい自分で守れるようになって、皆に少しでも迷惑をかけたくないと思いはじめていた。


ゼロは短時間とは言え剣を交える事で、ローレライが生半可な気持ちで居ない事を十分に理解していた。

やる気はかなり感じられているが、それと本人が持っている力量と言うものは異なるものだと知っていた。よって、やりたいからと言っても全てを教える気は最早なかった。だからそれを今回は理解して貰う他なかった。


「まあ聞け。逆手と順手の最大の違いは手首の可動域だ。順手は刺突や斬撃を遠くまで行えるが逆手に持つと可動域は狭くなる。教えた所でどのみちお前には腕も力もないから順手は無理だ」


「そんなっ……」


ローレライは悔しいと思ったが、それは事実だった。

容易に如何にかなる問題ではない事も理解出来る。だからゼロの話の間中、じっと奥歯を噛みしめていた。


「腕力はそう簡単に短期間でつけられるものでは無い。だが可動域が狭い逆手持ちなら、力の無いお前でも、攻撃の際に十分な力を乗せられると思う」


「私が、……防御では無く攻撃を?」


「まさか見た目、お前のような如何にもひ弱そうに思える女が、攻撃力を持つ剣の担い手だとは相手は思うまい。上手く取得できれば相手を怯ませる事も可能だろう。だが身を守るだけの剣よりも危険は伴う。嫌なら辞めて良い。これは私の個人的見解で元々頼まれた身を守る為だけの剣じゃないからな」


まさかのゼロからの申し出に、ローレライは少し途惑っていた。


「私に……、出来ると思いますか?」


「自ら結論を出せないのならば止めた方が良い。これは人の意見を求めるべき問題では無い。そうでなければどんな結論も後で後悔する」


ローレライはゼロをじっと食い入るように見つめた。


(……この人は、出来ないと思う事を、口にする人ではきっとない)


ゼロのあらゆる言葉に、信念のようなものが感じられると……、ローレライはそう思い始めていた。


「私……、やります。やらせて下さい!」


「よし、では最初に体重の乗せ方と動きを主に練習して行く。守りは私が責任を持ってやってやるから、お前は隙あらば突く事を覚えろ」


「はい!」


せめて自分が居る事で邪魔にならないようにしよう。

しっかり覚えなければ!


ローレライは覚悟を新たにした。



シドは遠目で二人の様子を見守りながら満足そうな笑みを浮かべていた。


「どうかしましたか?」


「いや。ゼロが何時になく流暢に話しをして、時折笑みまで浮かべているから、つい目が行った」


話しを聞き、珍しい事もあるものだとフリードルも慌てて目を向けるが、既に主の目には笑みは浮かべられていなかった。

だが確かに、主のローレライに向けられている表情が、以前より少しだけ和らいで見えた。

我等と変わらぬように……、いやそれ以上に言葉は確かに流暢だ発している様子が伺える。

指導をしているのだから、それなりに言葉数も多くなるものなのだろうが、それにしても……。


「あの方が、女性とあのように話されている姿を、私は初めて目にしました」


普段の主からは想像の出来ない現状だった。


「俺だって10年……、いや、忘れてくれ」


「はい」


シドが何かを言いかけて、慌てて言葉を飲み込んだが、敢てその事にフリードルに触れようとはしなかった。

触れてはいけない何かがあるのだと、そう瞬間的に感じていた。



フリードルは予てからゼロとシドの関係には自分が入り込めない何かがあると思っていた。

シドと自分は2年前王城を去る時点では同じような地位を賜っていた事もあり、年は5つ離れているが交流もそれなりにあり、現在は友人且つ信頼を寄せる良き仲間の一人でもある。

自分が騎士見習いに入りゼロを師と仰いだ時、シドは既に騎士の称号を賜っていた。

その後、修業時代の間に指導者としての資格も取得しており、その事もありフリードルはシドに対して一目置いていた。

自らの師であり、今は主でもあるゼロとも1つ違いで、2人の師は現騎士団長のオーラル殿。同じ見習い時期を共に過ごした事もあると聞いている。

自分の知らない主の事をシドは良く知っていた。

敬愛する主との間の決して埋めることのできない距離。それを唯一共有できているシドが、フリードルには羨ましくもあった。

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