第7章6
ずっと不安で押し潰されそうだったローレライの瞳に、心なしか安堵の色が見え始めた。
とりあえず、人の話が耳に入ってくるようにはなってきたらしい。
軽い会話に受け答えしながら、時折笑顔も見せている。
傍から見ていたルシオンは本当に良かったと、胸を撫ぜ下ろしていた。
そこに何を思ったのか、シドがグラスを片手にやって来て、ルシオンとは対側の空席だったローレライの隣の席に座った。
何か話があるのだろうかと、ローレライはシドの方に視線を移した。
「なあ、エルの言った事、理解出来たか? さっきから見ていると、あんたは消極的な態度の塊みたいだからな。ゼロがあんな態度だから恐怖心もあったのかもしれんが、あいつもああ見えて決して悪い奴じゃない。基本ヤル気さえ感じられれば奴のあんたに対する態度も少しは変わって来ると思う。だからその為にも低姿勢なのはいいが、消極的になるのだけは止めてくれ。騎士の間では消極的な態度はイコールやる気なしと見なされる。直ぐに行動に移す事は難しいかもしれんが、その遠慮がちな発言と態度は今後気をつけるべきだな」
シドからも、それらしい言葉を念押しされて、ローレライは気を引き締めなければと思った。
「はい。すみません」
「それ! 直ぐに謝るな。その場合もすみませんでは無く『分かりました』か、納得出来なければ『どうして?』だの聞く方が良い。形式的には貴婦人等の間では、謝る事が美徳とされている所もあるようだが、ゼロはそうは捉えない。元より騎士の間ではそれは美徳とされない。口先だけで物を言う輩を我等は今まで散々見て来たからな。あんたがそうは思ってなくても、そこは注意した方が良い」
「そうですね。私も見習いの頃は散々言われた記憶が……。消極的な態度や、無理だろうと思う事があり躊躇していると『遠慮してる内に刺されるぞ』とか『やりもしない内から謝るな』とか『迷う位なら行動するな』等他にも色々とお教え頂きました」
シドから話を振られているローレライに気付いたフリードルも、昔を思い出し苦笑いを浮かべながら話しに加わってくれた。
「ゼロは騎士の中でも即断即決即実行を地で行く奴だからなぁ」
ゼロに視線を向けながら、ため息混じりにシドが告げれば、ゼロはそれを憮然とした態度でただ聞いているだけだった。
肯定もしなければ否定もしない。
「行動力がお有りなのですね。ゼロは……」
ローレライのその言葉に、微かにゼロが視線を動かした気がした。
「まかりなりにも元騎士を名乗っている者に行動力がなければ困るだろう。でも、確かにここに居る誰よりも行動力があるのは事実だがな」
「そうですね。常に有言実行を貫かれる方ですからね」
何処か意味有り気な雰囲気を残しながら、二人は苦笑いを浮かべていた。
「レライ、できる? 言われた傍から直ぐに謝りそうだけど……」
ルシオンが半分顔をひきつらせながら苦笑いを浮かべている。
「確かに言いそうだな」
「言いそうですね……」
フリードルもランドンも同意し、口を揃える。
「そんな事言わないでよ。私だって自信無いんだから……。でも、頑張ってみます。皆さんのようにゼロと仲良くなれるようにッ」
ローレライの真剣な表情に、多くの者は決意のほどが伺えると思っていた。
だが、そうは捉えない者も中にはいた。
「仲良くだと?! 鍛錬は遊びでは無いのだぞ。珍しい輩がいるものだと思っていたが、所詮お前も計算高い女かッ」
ゼロがいかにも煙たそうに、言葉を吐き出した。
「……計算……高い……って??」
ローレライは言われた言葉の意味が全く理解出来ず、小首を傾げていた。
「やばい……、アンチキーワードだったかッ!」
シドが舌打ちしながら言葉を吐き捨てた。
「えっ? アンチ……キー……??」
意味合いの理解出来ぬ言葉が次々と出て来て、ローレライは困惑するほかない。
「お前、その卑屈な考え方は止せよ。どう考えたってこの女はそう言う輩には見えないだろ?」
「会ったばかりで、その者の本質は見極められない」
「確かに仰る通りです。ですが、彼女は私が幼き頃より良く知る者です。決してその様な者ではありません。私が保証致します。それにどちらかと申しますと天然タイプで……」
シドが吠えるように言葉を吐き出した後、フリードルも付け加え説得を試みている。
「お前は信用に足る者だが、今は個人的主観を求めてはいない。私は自分の視感以外信じない」
「そうでした。……言葉がすぎました……」
深々と頭を下げるフリードルの姿に、場が一瞬にして神妙な雰囲気となった。
誰もがこの場を如何とりつくろうかと考えていれば、一人だけその場の空気を読む事も無くイペースを貫く男がそこにいた。
「なんだよ、その言い方。ホント酷いなッ。レライはただ、純粋なだけなんだけどなぁ」
能天気な主に続き、ここぞとばかりにランドンも話にのって来る。
「そうですね。ローレライ様は、計算などがお出来になる方ではございませんので……」
一方のローレライはと言えば、少し身の置き場に戸惑っていた。
皆が揃って口々に自分の事を噂しているから、最初は何処か気恥ずかしくて仕方なく思っていたのだが、途中で何だか納得しがたい話も耳に入って来るようになり、些か腑に落ちないとも思っていた。
だから兄の言葉を幸いとばかりに、自らも今の率直な気持ちをぶつけてみることにしたのだが……。
「あら、それ位なら出来るわよ」
突然のように発せられたローレライの自信に満ちた言葉は、周囲で話を聞いていた者達の視線を別の意味で集中させてしまった。
皆の表情はそれぞれ異なり、驚いた様子の者や、気まずそうな者、はたまた呆れた様にこちらに目を向けるものまで居て、ローレライは更に困惑する事になってしまった。
ローレライは天然なのか?
※かなり長くなりすぎるので分ける事にしました。自サイト「パウリンの娘」の第7章6は、こちらの第7章6、第7章7と分割されます。




