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第7章1

ローレライが部屋へ戻るのを確認すると、サビエルはその足でエルの部屋へと報告へ訪れた。


「ご苦労だった。今日はもう上がっていいぞ」


「有難うございます。では、また明日定刻にお伺い致します」


「宜しく頼む」


「はい。お任せください」


一礼をすると、サビエルは同席中のシドにも会釈をし、ホッと一息をつき部屋から出ようと扉に手をかけた正にその時、シドから声をかけられた。


「サビエル。お前はあの娘について如何思う?」


問われた瞬間、何やら嫌な予感がした。

シドが決まってこう言う意見を求めて来るときはいつも何かを画策している時なのだ。


あの娘と言う問いかけに当てはまる者は一人しかおらず、諦めて瞬時に頭を切り返すと、その者についての話を始めた。


「貴族の令嬢に有りがちな気位の高さを感じさせないお方かと。常識的な考えをお持ちで、一言で申し上げれば、お優しい方とお見受け致します」


「成る程な。で、お二人の様子については如何だ?」


サビエルは少し考える仕草を見せながら、続く言葉を口にした。


「……至って、変わりは無かった……かと」


「変わりは無かったとは?」


「あのままです。シド様とエル様のいらした時のままです。あの後も淡々とお二人で会話をされて……、私の知るゼロ様の反応と致しましては、女に対し珍しいものを拝見させて頂いたと言う印象ですが、状況からするとごく一般的な普通の……我等に対すると変わらぬ対応であったと推察いたします。突発的な出来事に対する反応も淡々としたもので、普段のゼロ様を知る者からすれば頷けるものでしたので、変わらぬ……若しくは普通と言うお答がやはり妥当かと……」


「突発的な出来事があったのか!?」


「ご報告する必要も無い程度の、ほんの些細な事でしたが……」


「いいから話せ」


「はい。実は先程……」


サビエルは少し照れたような仕草でこめかみを掻きながら、先程馬屋でローレライの去り際に起こった抱擁事を話しはじめた。


「即座に切り捨てない所は、反応としては穏やかですね」


女嫌いの主が、女のローレライに抱きつかれてその反応は珍しい事だとフリードルは感じていた。勿論それはシドも同じ意見だろう。


「穏やか所では無いぞ。それは画期的事実じゃないか! ゼロが女と言う生き物に対して我等と同等の扱いをする等、通常では有り得ないッ」


「『有り得ない』って、凄い言われようですね」


フリードルの言葉に、サビエルは唯々苦笑いを浮かべていた。


「あの……、私もゼロ様の女嫌いのお話は伺っておりましたが……、そんなにも酷いものなのでしょうか?」


「酷いなんてものじゃないッ。あいつが通常近付く女に口にする決め台詞は『反吐が出る、散れ!』だ」


「……御気の毒……、ですね」


「だろう?!」


サビエルは段々と如何言う反応をしていいのか分らなくなり、自らの直属の主たるフリードルに視線を送っている。

フリードルは微笑を浮かべると、話の輪の中に本格的に加わる事にした。


「状況から見てローレライに対しては、やはり左程女と言う概念は持っていられない様ですね」


「女と言う事は告げてあるし性別的認識を持っているのにだ。まあ馬の件があるからなのだろうが、それでも微塵も嫌悪感を覗かせる様子も無く、抱きつかれても払い除ける事無くその反応とは言うのは、感覚的にそれを意識させない何かをあの娘が持っていると言う事か? 状況から察するに……」


言葉を口にしながらシドは、先程ゼロの告げた『必然』と言う言葉を思い出していた。


「必然な状況だと、女に対してはああなのか? いや、でも王城では給女に対しても、いつも無言で眼光鋭く睨みつけていていたからな。それは無いか……。あの娘と給女の違いは何だ? 俺はここ何年もあいつが女に対し暴言以外の言葉をかけたのを見た事が無いんだ。やはり、これは特異的状況なのか?」


「特異的って……。確かに今までの女性に対する反応とは違うかもしれませんが、それは単にローレライがゼロ様の素性を何も知らないからかもしれませんし……。まあ、でも知ったからと言って彼女が変わるとは思えませんが、もしかすれば私の親戚筋の娘と言うのも気に掛けて頂いているのかもしれませんね」


「その2点は、ある意味大きな利点だな」


「利点って、やはり何を企んでいるんですか?!」


「人聞きが悪いな。少し女に対するあいつの認識を変えてやれればと思っているだけだ。今のあいつの女に対する態度は、あからさますぎてウザすぎるッ。俺がちょっと横で良い女に見とれただけで憮然とするんだぞ。煩わしくて仕方ない。それにザビーネ様も心配していたしな」


「ザビーネ様が?」


「国屈指の名門オードラル家の跡取りがいつまでも女嫌いでは心配にもなるだろう」


「確かに……」


「お前の親戚筋の娘と言う事は素性もしっかりしているし、何があっても問題は無いと言う事だよな? やはりあの娘……、一番使えるかもしれんな」


シドが揚々と微笑を浮かべ、そう告げた。


「何を思いついたのか知りませんが、変な事にローレライを巻き込まないで下さいよ。彼女は私の妹のような存在です。シドと言えど、彼女を傷つける事は、私は許しませんからね」


「お前に許して貰う必要はない」


「シドッ!」


「すまん。言い過ぎた。だが、傷つくか傷つかないかは結果論だ。人の感情は何者にも左右されるものでは無い。ちょっとスパイスを加えてやるだけだ。後は二人の問題だ。口は出さないよ」


「……ホントに……。程々にして下さいね」


「おう、任せろ!」


意気揚々として、シドはかなり楽しそうだが、フリードルにしてみれば多少の不安は否めない。アシュド伯から二人の事を任されたのは自分なのだから……。



「と言う事で、まず手始めにだがエル。あの子に、もう男のフリをさせるな。ゼロが否定的でないのは事実だ、女として意識させる。戻せ」


突然突拍子もない事を言い始めた。


「それではいきなり唐突すぎませんか? 明らさま過ぎます。それではローレライの護衛も今まで以上に警戒しないと……」


「それはゼロにやって貰う」


シドはニンマリ微笑んだ。


「ゼロ様に!?」


本来一番護衛を付けないといけない者に護衛をさせるとは、シドは一体何を考えているのか?

フリードルは訝しげにシドを見つめた。


「おいおい、そんなに険しい顔をするなよ。いいか。ゼロが性別的に女と認識している者と一緒にいて普通と思わせる素振りをしていること自体凄い事なんだぞ。それを使わない手は無い」


「と言うと?」


「あの娘が一緒にいれば良いカモフラージュになると思わないか? ゼロをブラックナイトのボスと認識している者は先ず怖くて近寄らないからあの娘は守られる。オードラル公爵家の子息と見知った者には女と一緒に居る事で見間違いと錯覚させる事が可能だ。あいつの女嫌いは国中の貴族が知っているからな、一石二鳥だ。俺はこの件でだけでも金を積んででもあの娘に協力要請したい気分だがな」


王宮でも主ゼロの女嫌いは有名だった。確かに良いカモフラージュにはなるのだろうが、事はそう簡単に何もかもが上手く行くものなのだろうか?


「ゼロ様にローレライの護衛を……、ですか……」


「ああ。あの娘の護衛だけならゼロであろうがオードラル家のアイスラントであろうが、あいつの剣の腕を知っている者は、先ず手を出しはして来ないだろうしな。完璧だ」


「知らない者に関しては『身の程知らずなだけ』と言う事ですね」


「そうだ。まあ、そうは言っても一応私も陰から見守るが」


「側近ですし当然ですよ」


「だな」


フリードルが微笑を浮かべそう言うと、シドが豪快に笑った。


「サビエル、聞いていたな!」


「はっ、はいッ」


「この事は他言無用だぞ!」


「勿論です!」(言える筈がないッ)


心中は察するに余りある。

サビエルは大変な時に来てしまった事を少なからず後悔したが、もうそれは後の祭りだった。

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